猫を飼う

いつきさと

第1話 猫を飼う

「猫を飼うと思うことにしたわ」


 おかあさんの言葉が耳に飛び込んできた。ふわふわラグの上でうたた寝をしていたオレは、耳をピクッとそばだてる。


「あはは、嫌だ。猫ですか?」


 なんだ? 新入りか?


「そうよー、猫。来週からは一日中家に居るのよ? そうでも思わないとやってられないわ」


「やっぱり、家に居られると大変?」


「そりゃそうよ。お父さんに毎日居られたら、自由がなくなっちゃうじゃない。旦那の定年退職後がどんなに大変かってお友達の愚痴を聞いて、それが我が身に降りかかるなんて想像しただけでも嫌だわって思っていたけど、ついに現実になるのよねえ……」


 おとうさんの話しだったか。


 要するに、あれだ。定年退職ってのは、平たく言えば隠居ってやつだな。

 

 日がな一日、パトロールして、飯食って、日向ぼっこして、寝て……その繰り返し。そりゃあ、そんなのが毎日家に居たら、猫飼ってるのと何も変わんねえだろうな。

 

 その猫の世話をおかあさんがし続けるわけだ。気の毒に、同情しちゃうね。


『あれ? それ、オレじゃねぇか』


「いちー、起きたの?」


『やべ、うっかり声出しちまった』


 まあいいや。


 気を取り直して立ち上がったオレは、前、後ろとゆっくり伸びをしてから、ひとつ大きな欠伸をし、おかあさんの元へ。そして、定番、足元スリスリ。これは効果大。


 『そろそろ飯にして欲しいんだけどな』


 「どうしたの? 抱っこ? いちは甘えん坊ねえ」

 

 軽々と抱き上げられて膝の上。喉元をくすぐられたら、つい気持ち良さについゴロゴロ喉が鳴っちまう。


 おとうさんに無くて、オレが最も得意とする技。それは、ご機嫌取りだ。


 ……頑張れよ、おとうさん。


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