とにかく何か違う事をしてみよう

@yokuwakaran

序章

俺は料理人を夢みて、商店街にある定食屋でアルバイトしていた。


商店街自体は近所にショッピングモールが出来て以来、シャッター商店街として閑古鳥が鳴いていたが俺がアルバイトしていた定食屋は常連客も付いており、そこそこの繁盛店だった。


定食屋の大将の奥さんが出産育児の間、大将一人では客は回せない。


店員募集のチラシは店の入口付近に貼られた。


しかし、商店街はほとんど誰も通らない。


チラシを見るのは店に来た客だけだ。


客は店員になる気はない。


 俺は商店街を高校の通学路にしていた。


 商店街を通ると高校に行くバス停に近い。


俺は学校帰りの夕方、定食屋の扉に貼ってある「アルバイト募集」というチラシを見た。


この定食屋の評判は聞いている。


「美味い」「安い」これで「早い」が揃えば文句がない店という話だったが、とにかく人手不足で店内には『夫婦二人でやってる店です。


出来るだけ急いでいるつもりですが、お急ぎの方は別のお店に行かれる事をおすすめします』と貼り紙がしてある通り、「あまり早くない」というのだけが欠点・・・という話だった。


俺は料理人の修行が出来る店を探していた。


だが、店で足りないのは間違いなく下働きだろう。


料理に関われて、良いところ『じゃがいもの皮むき』現実的には『皿洗い』が主な仕事だろう。


しかし高校生に料理をさせてくれる店などある訳がない。


大体俺は調理師免許は当たり前だが持っていない。


調理を出来るかじゃなくて『調理の修行になるか』がポイントだ。


これから開店、店を開けるために暖簾を出そうと店先に出てきた大将と俺は目が合った。


「アルバイト募集」のチラシを見ていた俺を見て大将は「面接希望か?」と言った。


俺は首を振り「いや、この店が俺の料理人の修行になるかはまだわからないから、働くかどうかは決めてない。


この店のアルバイトは料理人の修行になるのか?」と言った。


「知るかよ。


坊主の料理の腕も知識も知らなきゃ、坊主の学習能力も知らねー。


どんだけの調理技術を学ぼうとしてるのかもわかんねー、修得方法もどんな方法を望んでるのかわからん・・・坊主が調理したいのか、調理技術を見たいのか、聞きたいのか・・・皆目見当もつかねーよ。


この状態で『おう、俺にまかせとけ!』って言えるヤツがいたとしたらとんだ詐欺師だぜ」と大将。


「じゃあこの店で俺が学ぶものがあるかどうか今から見させてもらって良いか?」と俺。


「やれやれ・・・俺がアルバイトのテストするんじゃなくて、俺がアルバイト候補生にテストされるのかよ」と大将は愚痴った。


「アルバイト雇ってすぐに『俺が思ってたのと違った』って辞められるよりはマシだろ?」と俺。


「違いない。


だけど定食屋ったって客商売なんだ。


坊主、口のきき方だけ何とかなんねーか?


いや俺に言われたかないだろうけどよ、もし坊主を雇って『大将も口悪い、バイトも口悪い』じゃ客が減っちまう。


今まではよ、俺が口が悪くて無愛想な分、女房が丁寧な接客で愛想が良かったんだよ」


「こればっかりは直ぐには直らねーよ。


大将の言葉遣いが乱暴なように俺の言葉遣いも意識して悪い訳じゃねーや。


これでもだいぶマシになったんだぜ?


やっぱりこんな言葉遣いじゃ、料亭やホテルに勤めるのは無理だろうけど定食屋や洋食屋には勤められるんじゃねーか?」


 「定食屋舐めてやがるな・・・まあ良いや。


 俺の店だけだからな、無愛想が通用するのは。


 店先でグダグダくっちゃべってたって物事は進まねーし、口で勝負するのは俺の性分じゃねーし坊主、お前の性分でもないんだろ?


 料理人は口じゃなくて料理の味で勝負しねーとな。


 まあ小さい店だけど入りな」


 そう言われて俺は『定食屋古田』でアルバイトを始めた。


 成り行きで俺は『定食屋古田』で働き始めたのではない。


 大将の作っただし巻き卵を食べて「この人が俺の師匠だ」と思ったのだ。


 俺が『定食屋古田』でアルバイトを始めて数か月、大将は俺の料理をよく見てくれた。


 だけど「お前の料理はまだ客に出せるレベルのもんじゃねー」と俺には開店前と閉店後しか料理させてくれなかった。


 その日は大将は俺に天ぷらの揚げ方を教えてくれていた。


 「天ぷらを美味しく揚げれる温度ってどんくらいなんだよ」俺は大将に聞く。


 「知らねーな。


音で覚えな、ホラこんくらい油がパチパチいい始めたら美味しい天ぷらが作れるんだよ。


 だけど調理設備と調理器具によっても変わってくるな。


 味で覚えな。


 そんでその味を再現出来るようにするんだよ」


 「ったく・・・そんないい加減な教え方があるかよ!


 『油の温度は170℃が良い』とかそれらしい事言えないのかよ?」


 「食品工場じゃねーんだ、いちいち油の温度を測る温度計なんてついてねーよ。


 保健所の指導ってヤツでこの通り油ものの中心温度を測れる温度計はある。


 その鉄製の温度計なら油の温度も測れるぜ?


 でもなそんなん作業ペースに乗らねーんだ。


 面倒くせーとかそんな話じゃねーぞ。


 たとえ面倒くさくても美味くなるなら手は抜かねーべきだ。


 そうじゃねーんだ、温度測ってると美味しいタイミングを逃しちまうんだ。


 それに余熱で温度上げたほうが美味しくなるもんでも温度測ってると温度上がるまで熱を加えないと温度測る意味が無くなっちまうんだ。


 それにな・・・最大の問題は170℃の油に揚げ物を投入した瞬間に油の温度は下がって170℃じゃ無くなっちまうってこった。


同じ条件を再現するのはな『勘』に頼るしかないんだよ。


全てが同じ条件だと思っても外気温や湿度なんかが微妙に違うんだ。


条件を何とか合わせたとしても揚げる物の順番や揚げる物の量で変わってくるんだ。


同じ状況を再現しようとするなんてのは不可能なんだ」


「じゃあ美味しい天ぷらを再現するのなんて無理じゃねーか」


「だから勘に頼るんだよ。


俺は『勘』と『音』を目印にしてるな。


大体天ぷらの適正温度一つにしても『160℃』って言ってる人もいるし『170℃』って言ってる人もいるし・・・結果美味しければどうでも良いんだよ」というように大将の教えは適当だった。


しかし「見て覚えろ」とは大将は絶対に言わなかった。


だが聞いても『勘だ』『経験だ』『そんなもん適当だ』としか言わなかった。


「『見て覚えろ』なんて言うのは説明出来ないヤツらの逃げだ」と大将は言う割りには『知らん』『わからん』『そんなもんは適当だ』と言う答えが圧倒的に多かった。


俺はそんな大将の飾らない性格が好きだったのかも知れない。

 


 そんなある日の事、俺はバイト前に店に入ろうとした。


大将は店先の掃除をしていた。


掃除は奥さんの仕事だったという。


俺が早く行ければ掃除くらいはした。


でも学校が終わってからバイトに行くんじゃ夕方の開店前の掃除するには間に合わない。


結局、掃除は奥さんが帰って来るまで大将の仕事になった。


「ちゃーす」


「・・・おう」いつも通りの挨拶が交わされる。


だがその日はいつも通りのバイトは始まらなかった。


定食屋の店に向かって1台のトラックが突っ込んで来たのだ。


スマホを見ながら運転している運転手はまだ店に突っ込んできている事に気付いていない。


魔が差したとしか言いようがない。


俺には赤ん坊を抱いて時々店に来る大将の奥さんが頭に浮かんだ。


「本当にこの人そっくりね。


しゃべり方もぶっきらぼうなところも料理が大好きなところも・・・。


この人の事よろしくね。


誤解されやすいけど本当に優しい人だから・・・」


背中を向けて掃除している大将はまだトラックが突っ込んできている事に気付いていない。


俺は必死で大将を突き飛ばした。


俺はトラックにはね飛ばされたらしい。


「おい、大丈夫か!


返事しろ!坊主!」大将が俺を揺する。


知ってるか?こういう時って頭は動かさない方が良いんだぞ?


まあ料理バカはそんな事も知らねーんだろうけどな。


まあ良いや、俺が死んだらヤク中のクソ親父悲しんでくれるかな?


悲しまないだろうな。


香典はどうせシャブの代金になるんだろうな。


死んでも誰も悲しまない俺が大将の代わりに死んで本当に良かった。


こうして俺の日本での人生は終わりを告げた。

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