あのぉ、私どうしたらいいの?

も、もうちょっと……。

後数ミリ。

彼女の指に俺の指が触れるまであと数ミリ。


ちょこん!


やったぁ、触れた。俺の指先が一瞬だけど触れた。

もうドキドキもんだよ。


あれ? 何も感じなかったのかな?

彼女黙って映画に夢中になっている。

それならここは思い切って、手を握ってみる。俺の脳内は映画のストリーは何にも入っていない。

もう横にいる彼女の事でいっぱいだ。

どうする。やっぱ手握った方がいいのかな。いや手を握りたいのは俺の方だ。

暗いから周りは気にせずに。

自然に、そっと、ふわりと……。そんなうまくいくかよ。実際!

ああ、でも触れたいなぁ。


あ、さっきちょっと私の指に触れた。

偶然? そんなわけないよね。だって私の手はひざの上。

手伸ばしてこないと、触れられないはずだよ。それでも触れてきた。

次はどうすんだろう。

手、握られるのかな?

え、え、どうしよ。あ、まずい! ラブシーンだ。

タイミング狙ってる? 

じわじわ来るのかな? それともいきなりがっしりと握られちゃうのかな?

どうしよ。顔が熱くなってきちゃった。


「はいカット」

あんずちゃん、いいねぇ、その表情。純情乙女ていう感じがよく出ていたよ」

「は、そうですか。それは良かったです」

「直人君、君さぁ、もう少しなんだろうこの場面のドキドキ感て言うのかな。もっと突っ込んだ演技って言うのかな。出来ない?」

「はぁ、もっと突っ込んだていうと、いきなり抱きつくとかですか? 監督」

「それじゃ台無しだよ君、このシーン」

「あははは、無理無理。直人にそこまで求めちゃいけないでしょ監督。この朴念仁ぼくねんじんがなんで今回私の相手役なのか、ほんと訳わかんないんだけど昔っからそうなのね。いつもオドオドして、声なんか裏返っちゃう事よくあるし。もっといい相手役いなかったの?」

「仕方ないじゃん、スポンサーの意向なんだからさぁ。直人君も一応、プロの役者なんだからちゃんとやってくれるよな」

「ええ、まぁ……」

「おっと、もうこんな時間か。休憩だ。休憩」

監督が大声で休憩と叫ぶと、スタッフ達はぞろぞろと弁当を取りに向かった。


「はぁ~、杏のやつ言いたいこと言いやがって。あいつとは子役のころからよく仕事一緒にやってたんだけど、どうしてもあいつが近くにいると上手く体が動かない。なんでか分かんないんだけど。僕。意識してる? 多分そうだなんだろうな。でも僕にいつも杏は優しくない。むしろけなしてばかりいる。杏は僕の事やっぱり嫌いなんだろ。ああ。でも杏の事好きなんだろな。どうしたらいいんだろ……。僕」


「ん――もうぉ。じれったい直人。どうして分かんないのかなぁ。こんなにいつもきっかけ作ってあげてんのに! そりゃ素直に、直人の事が好き! て、言えればいいんだろうけど、口が裂けても私からはこの言葉は言ってはいけないんだよ。だって昔、直人に『好きだって言われたらどうする?』って聞いたら、直人『分かんない』なんていうんだもの。あの時私決めたんだ、必ず直人から『好きだ』って言わせてやるって。はぁ~でもさぁ、直人の前だとどうしても素直になれないんだよね。もっと優しい言葉かけてやればいいんだろうけど、ついきつくなっちゃうし、あいつの顔見てるとイラついてきちゃうんだよね。どうしたらいいんだろ……。私」


「おーい始めるぞ!」

監督がメガホン片手に開始の合図を、全員にきこえるように叫んだ。

「杏ちゃん、次のシーン、キスシーンだけど大丈夫だよな」

「わ、私は大丈夫ですけど、あっちは? 大丈夫なの」

直人の方を見た監督が、一言私に言った。

「大丈夫さきっと」

がちがちに緊張している直人を見て

「あれのどこが大丈夫なのよ! まったく」


「それじゃ、シーン32……」


「ど、どうしたの? そんなに真面目な顔して」

「う、うん。ぼ、僕」

彼はうつむきながら、とぎれとぎれな言葉を私に向けた。

「ニャァ―」と泣きながら私の足元に子猫が駆け寄ってくる。

「わぁ可愛い」

子猫を抱き上げるとバタバタと手足を動かし、嫌がった。

彼女の手の中から子猫がにげさったその瞬間、僕は彼女を抱き寄せた。

そして長い髪で覆われた耳元でそっと


「あ、……ん。ず、ずっと、好きだった」


次の瞬間彼の口が私の唇をふさいだ。


あ、……ん。ず、! ん?

こんなの台本にあったかなぁ……。

直人の唇が私の唇から離れた時私のセリフは


「直人大好き!」に書き換えていた。


「はいOK!」

え! OKて? 台本と違うのに。


「マジこれ本当にお芝居なの?」

「これ。撮り直しきかないみたいだよ」

「マジに?」

「真面目に!」




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