第30話 王朗《おうろう》:曹家を支えた生真面目な儒学者

 前回、王元姫おうげんきを紹介したので、今回はその祖父の王朗おうろうを。


 王朗は字を景興けいこうといます。

 儒学者であり、徐州の陶謙とうけんに仕えていました。


 そののち、朝廷に取り立てられて会稽かいけいの太守となります。

 会稽では古来、秦の始皇帝の木像を、伝説の帝王であるといっしょに祭っていたのですが、

「始皇帝は徳のないやつだ。禹とともに祭るなどありえん」

 と取り払ってしまいます。

 また民をよく慈しむなど、儒学者らしいおこないをしていました。


 孫策が会稽に攻めてきたとき、これに敗れて投降。 

 命は助かりましたが、以来困窮な暮らしを強いられました。


 これを知った曹操は、王朗を都に呼んで諫議大夫に任命します。

 王朗は朝廷で昇進していき、曹丕そうひの代になると三公の一つ、司空にまでのぼります。

 

 狩り好きの曹丕を諫めたり、曹叡の代になると、曹叡が宮殿建築に多大な財と労働力を使っていることを諫めたりと、朝廷の良識ともいうべき人物でした。


 また『易(易経)』『春秋』『孝経』『周官(周礼)』の注釈書を著すなど、儒学者としても大いに功績を残しています。


 演義では孔明に舌戦で敗れ、憤死してしまう役ですが、正史では太和二年(二二八年)に普通に亡くなりました。

 孫娘の王元姫を可愛がっており、その子が晋の天子になったの前回述べたとおりです。

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