第26話 北宮伯玉《ほっきょくはくぎょく》:董卓躍進のきっかけをつくってしまった異民族
基本的に字は二文字なので、「伯玉」は字だとする説もあります。
涼州は異民族のいる地域であり、漢王朝はその反乱に頭を痛めていました。
霊帝(献帝の父)在位の中平元年(一八四)、羌族が湟中(青海省湟水流域)義従の北宮伯玉と
北宮伯玉は軍をひきいて金城を攻撃。
涼州の名士である
韓約と辺允は、当時朝廷で権力のあった
北宮伯玉は反乱を指揮してもらうために二人を釈放し、軍の指揮権をあずけました。
これによって韓約と辺允は賊徒とみなされ、賞金首になってしまいます。
そこで韓約は
この韓遂こそが、『三国演義』で、のちに馬超と仲たがいして腕を斬られ、曹操に降伏するあの韓遂です(「この」とかいいながら、ろくなエピソードではありませんが)。
これ以降、北宮伯玉の出番はなくなり、涼州での韓遂の活躍がはじまります。
韓遂は涼州を荒らしまわり、各地の城を焼き討ちしました。
漢王朝は韓遂討伐のため、
董卓は黄巾賊討伐に失敗して免職になっていたので、このチャンスを生かしたいところ。
しかし韓遂の軍は思ったよりも強く、皇甫嵩は撃ち破られ、つぎに送られた
韓遂が有利にたたかいを進めていたのですが、冬になったとき、董卓は韓遂の軍を破って楡中へ敗走させることに成功。
翌年になると、内輪もめがあったのか、韓遂は北宮伯玉、李文侯、辺章を殺して軍権を一手に担います。
北宮伯玉の生涯はこれで終わりです。
のちに韓遂は董卓に撃ち破られ、この功績によって董卓は朝廷に復帰。
以降、董卓は朝廷の権力を手中に収めて献帝を擁立し、恐怖政治をおこなうという、三国志の大筋がはじまります。
そう考えると、結果的に北宮伯玉が董卓躍進のきっかけをつくったといえるかもしれません。
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