第230話 繰り返す世界
「……使徒? リリィ=リリウム元枢機卿ではないのか?」
セイン陛下が怪訝な顔をしながら問うた。
「初めまして、セイン=バウアー。はるばるバウアー王国からようこそ」
「……どうやら本当に別人のようだな。リリィ元枢機卿はそんなふざけた物言いはしない」
「お褒めにあずかり光栄です」
役者のように大仰に一礼する使徒。
「クレア、説明しなさい。使徒とは何だ? お前たちは何を知っている?」
ドル様は当惑するように解説を求めた。
クレア様が私に視線を寄越してきたので、頷いて先を促した。
これからのためにも、皆にも知っておいて貰った方がいい。
「彼の者は使徒と呼ばれる存在です。精霊神に連なる者を名乗り、この世界を裏側から調整する役目を負っている、と言っています。どの程度事実かは分かりませんが」
「百パーセント事実ですよ、クレア=フランソワ」
クレア様の少し棘のある説明に対して、使徒は面白がるように注釈をつけた。
「皆さん、魔王について知りたいのでしょう。私なら答えることが出来ます」
「へーえ? それが本当ならぜひ教えて貰いたいところだね。もっとも、鵜呑みにするつもりもないけど」
ウィリアム様がいつもの調子で言う。
「疑うのは構いません。でも、私は真実だけを語ります。心配なのは、私がこれから述べる真実を、あなた方がどの程度理解出来るか、ということです」
「……私たちの知的レベルに問題があるとでも?」
ドル様が少し不愉快そうに使徒を咎める。
「知的レベルというよりも、文化レベル――いえ、文明の違いですね。もっとも、レイ=テイラーは間違いなく理解出来るでしょうから、問題はないのかも知れませんが」
使徒がそう言うと、皆の視線が私に集まった。
いや、そんなこと言われても。
「使徒。魔王やあなた方使徒は、どうしてクレア様や私を特別扱いするんですか? いい加減、思わせぶりな言動はやめて欲しいんですが」
喉に何かつかえたような言い方は、もううんざりだ。
「それは失礼。では説明を始めましょう。しかし、どこから説明したものか……」
「ならわたくしから質問しますわ。あの魔王を名乗る者は、やはりレイなのですわね?」
逡巡する様子を見せた使徒に対して、クレア様が質問を投げた。
「いい質問です、クレア=フランソワ。ですが、その問いに対する答えは簡単ではありません。魔王はレイ=テイラーですが、レイ=テイラーは必ずしも魔王ではありません」
「……あなた、わたくしたちをからかうつもりですの? 真面目に答えなさいな」
クレア様は苛立ちを隠そうともしない。
「からかうつもりなど微塵もありません。申し訳ありません。私は仕様上、論理的な整合性を無視できないのです」
「しようじょう?」
耳慣れない単語だったのか、クレア様が聞きとがめた。
「設計上とか設定上のような意味合いです、クレア様」
「聞き慣れない単語ですわ。よく知っていましたわね、レイ」
「ええ、まあ。ですが、その単語はどちらかというと、人ならざるもの――人工物に使われる表現です」
「……なんですって? なら、使徒。あなたは――」
「勘が良いですね、レイ=テイラー。そうです。私は生命体ではありません。人工物です」
「!?」
会議室が騒然となった。
「生命体ではない……? バカを仰い。あなたはどう見たって人間じゃありませんのよ」
「それは私にとって最高の褒め言葉です、クレア=フランソワ。ですが、私は嘘を言っていません。私は科学という高度な技術によって生み出された、紛れもない人工物なのですよ。レイ=テイラー、あなたなら私の正体に、そろそろ予想が付いているのではないですか?」
そう言って、使徒はニコニコとした表情のまま私を見た。
科学によって生み出された、人間によく似た非生命体――。
「AI――人工知能ですか?」
「正解です、レイ=テイラー」
使徒はぱちぱちと拍手した。
使徒が人工知能?
正体を当てることは出来たが、依然として分からないことばかりだ。
「えーあい? えーあいとは何ですの?」
「えっと、人間の心によく似たものを人工的に生み出したものです。純粋な人工物なのですが、高度な人工知能はその振る舞いが人間と区別が付かないと言われています」
もっとも、私が生きていた時代には、そこまで高度なAIは存在せず、飽くまでフィクションの中の存在だった。
「どうしてそんなことをレイが知っていますの?」
「以前お話しした、私が元々生きていた世界では一般的な知識なんです。その世界では魔法ではなく科学という文明が発達していました」
「さっき使徒も言っていたね」
ウィリアム様は興味があるらしい。
「はい。その科学によって生み出された人の心の機能を人工的に再現した存在――それが人工知能AIです」
私なりに精一杯かみ砕いて説明したつもりだが、果たして皆に伝わるだろうか。
「何となくですが分かりましたわ。なら、そのえーあいであるあなたがここにいる、ということは、レイがいた世界とこの世界には何らかの関係があるということですの?」
「あ」
それは盲点だった。
言われてみればそうでなくてはおかしい。
科学の産物である使徒がここにいる以上、私がいた地球とこの世界には、何らかの繋がりがあるのだ。
「その通りです、クレア=フランソワ。レイ=テイラー……正確には大橋零がいた世界と、この世界は厳密には同じものです」
「!?」
今日一番の衝撃だった。
この世界は異世界では……ない?
「使徒、私は異世界転生をしたわけではないということですか?」
「それは正解でもあるし不正解でもあります。異なる世界の間で転生を繰り返していることに変わりはありませんが、飽くまで同じ地球での出来事なのですよ」
使徒の言うことはよく分からないが、単純な異世界転生ではないらしい。
今の今まで漫然と信じ込んでいた前提がガラガラと崩れていく。
「なら、私はどうしてここにいるんですか? 社畜OLだった私が、どうして突然この世界に来ることになったんですか?」
「順を追って説明する必要があります。まずは落ち着いてください、レイ=テイラー。心拍数が異常値を示していますよ」
この使徒はこの期に及んでまだそんなことを言うつもりか。
私がさらに使徒に詰め寄ろうとすると、
「レイ、落ち着いて。あなた、見たこともないような怖い顔をしていますわよ」
クレア様の声にはっと我に返った。
振り返ると、そこには心配そうな表情をしたクレア様の顔があった。
クレア様にこんな顔をさせてしまうなんて、私は何をしていたのだ。
「……失礼しました。少し取り乱したようです」
「無理もありませんわ。あなたの出自に関わることですもの」
そう言うと、クレア様は私を抱きしめてくれた。
柔らかな感触と甘い香りに、心に立ったさざ波が凪いでいく。
「そうですね。ここまで説明したのですから、皆さんに体験して頂きましょうか。きっとその方が早い」
「……何をする気ですの、使徒?」
私を抱きしめたまま、クレア様が使徒に鋭い視線を送った。
「ここから先は、口で説明しても理解が追いつかない可能性が高いと私は判断しました。皆さんには、事の発端と経緯を追体験して頂きます」
「追体験? どうやってですの?」
「こうやってです」
使徒が宙に指を走らせると、光が複雑な文様を描いた。
「レイ=テイラーには分かるかも知れませんね。これから皆さんに見て頂くのはバーチャルリアリティと呼ばれるものです」
その言葉とともに、私の意識はブラックアウトした。
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