第216話 新皇帝の初仕事
「フィリーネが皇帝……大丈夫なんですか?」
「ちょっと、レイ。それどういうことですか!? いつの間にか前はつけてくれていた敬称も外れてますし!」
私の言葉にフィリーネが噛みついた。
いや、だって……ねぇ?
私は二人並んでいるフィリーネとドロテーアを視線で見比べながら言った。
「フィリーネが実は出来る人だっていうことは知っていますが、比較の対象がドロテーアだと……うーん。ついでに敬称はもういいかなって」
「何も言い返せない! そして扱いが雑!」
この短期間に反ドロテーア包囲網を完成させた手腕といい、フィリーネは間違いなく優秀な人間だ。
でも、彼女にドロテーアの代わりが務まるかというと首を傾げざるを得ない。
原作の革命ルートでも、彼女の治世には攻略対象たちの助力があった。
彼女は本人の優秀さよりも、周りの人間を使うのが上手なタイプなのだ。
だが、今のフィリーネは攻略対象から好意を寄せられているとは言いがたい。
「いいですよいいですよ、どうせ私はお母様みたいにはなれませんもん」
「それはその通りであるな」
「がーん! 言い切られた!」
「早合点をするでない。余のようになる必要などそもそもなかろう」
ドロテーアがまるでフォローするようなことを言った。
珍しい。
「ドロテーアはフィリーネのことを買ってるんですね。帝位継承者はこの子しかいない、みたいな感じですか?」
「消去法である。余におもねるばかりだった皇太子どもに帝位を任せるなど論外である。その点、このフィリーネは仮にも余を退位させるだけの力を示した。余の子らの中では最も帝位にふさわしい」
「お母様、それ褒めてるんですか?」
「無論だ。帝位を譲り渡す以上の評価があろうか」
「は、はあ……」
今思ったのだが、ドロテーアって天然なんじゃないだろうか。
私は彼女がしてきたことは許されることではないし、相応の罰を受けるべきだと思うが、彼女本人はそこまで嫌いではない。
本人の能力がやたら高いから、被害を受ける周りはたまったものではないが。
「緊急時ゆえ、戴冠式などは後日に順延するが、今、この時よりそなたがナー帝国皇帝であるぞ、フィリーネ」
「!」
厳かに告げたドロテーアの言葉に、フィリーネは背筋を伸ばして姿勢を正すと、ドロテーアとしっかり視線を合わせて言った。
「謹んで承ります」
胸に手を当てて礼の姿勢を取るフィリーネは、ちょっとだけさっきの格好良さを取り戻したような気がした。
うん、ちょっとだけ。
でも、他の皇太子たちが黙ってこれを認めるかなあ。
ドロテーアのことだからその辺りの根回しなんかしてないだろうし、後々禍根を残さないか心配ではある。
とはいえ、これで私たちの帝国籠絡作戦は成ったわけだ。
やれやれ、長かったなあ。
でも、息つく暇もなく、今度は魔族対策だ。
人生波瀾万丈だね。
「それで、魔族をどう迎え撃つつもりだい、新皇帝陛下?」
「え、私ですか!?」
ウィリアム様の言葉に、慌てた様子を見せるフィリーネ。
「そうだよ。ここは帝国の領内だ。地の理は君たちにあるだろう? 別に帝国を同盟の盟主にするつもりはないが、今は人類の危機だ。一時的に君たちに対魔族戦線の指揮を執って貰うことになるだろう」
皇帝になって最初の仕事が魔族による帝都襲撃への対策とは、またなかなかに厳しい状況だ。
おまけにスース、アパラチア、バウアーの三国要人との折衝もしなければならないと来ている。
「わ、私、政治や外交なら少しは出来るつもりですが、軍の指揮はちょっと……」
言いよどむフィリーネに、ドル様が笑いかけてこう言った。
「何も君が全てをやる必要はない。君は帝国の最高責任者ではあるが、実務者ではないのだからね。必要な仕事を出来る者に割り振ればいいのだ。幸い、帝国には武にうってつけの人材がいるだろう?」
「あっ……。なるほど、そうですね。お母様、お願い出来ますね?」
フィリーネがこれ幸いとばかりにドロテーアに軍の指揮を依頼したのだが――。
「断る。それでは示しがつかぬ。余は政争の敗者である。仮に軍に関わるにしても、辺境か最前線の一兵卒くらいが適当であろう」
「そんなぁ」
ドロテーアにきっぱり断られ、フィリーネが情けない声を出した。
おいおい、さっきドロテーアに引導を渡したときのカッコイイフィリーネはどこ行ったの。
「敗者なら敗者らしく、勝者の言うことを聞くべきですわ。この期に及んで何を偉そうなことを言っていますのよ、ドロテーア」
「む……」
二人の様子を見かねたのか、助け船を出したのはクレア様だった。
そうだそうだ、クレア様、言ってやれ言ってやれ。
「大体、最前線はともかく、あなたのような一兵卒がいてたまりますか。戦線が混乱しますわよ」
「しかし……」
「あなたは帝国軍の総司令官にでもなりなさいな。フィリーネ、せいぜいこき使ってやりなさい」
「ありがとうございます、クレア。でも、あなたも私への敬称外れてるんですね……」
「ご不満ですの?」
「いえ、クレアの場合は、距離が近くなった気がして嬉しいです」
だめだこの新皇帝、早く何とかしないと。
「ドルも言うように、ここは帝国だからひとまずボクらもフィリーネたちの指示に従うとするよ。作戦の要は、その砦にあるっていう設置型魔道具でいいのかい?」
マナリア様が同盟を代表するように言った。
バウアーが噴火の後遺症に悩んでいる今、国力から言っても、帝国を除けばスースが一番同盟の盟主に相応しい。
もっとも、彼女が思い描いた新しい国際秩序には、盟主という存在はいないようだが。
「そういう認識で構わん。作戦はその魔道具の範囲内に、上手く魔族達をおびき寄せることになるだろう」
「巻き添えを食わないようにする工夫もいるだろうねぇ」
「敵戦力のデータもできる限り欲しいところだ」
ドロテーア、ウィリアム陛下、ドル様が本格的に作戦会議を始めた。
こうなると、軍事の素人である私などは口を挟むことも出来ない。
「……何だかんだで、帝国の籠絡は何とかなりましたわね」
「クレア様」
「お疲れ様でしたわ、レイ。私たちの当面の目的は達しました」
「そうですね。でも、また新しい問題が浮上してきました」
「そのようですわね。魔族の襲撃に魔王なる存在――いずれも放置出来るものではありませんわ」
力強く言うクレア様の横側は、相変わらず凜々しかった。
惚れちゃう。
いや、惚れてる。
「あなたの予言書知識に、魔王なる存在は出てきませんの?」
「それが全くの初耳でして。魔族に関してはかろうじてその存在への言及があったんですけれどね」
「そうですの……。魔王については帝国もあまり情報を持っていなさそうですし、何かしら手がかりがあるといいのですけれど……」
知らないのであれば仕方ないですわね、とクレア様は残念そうに笑った。
「私は知らないですけれど、知っていそうな人に心当たりはありますよ」
「……それを早く仰いな。どなたですの? ……あ、ひょっとして、トレッド先生ですの?」
クレア様が思いついたように名前を口にした。
「確かに先生も何か知っているかもしれませんが、もっと確率の高そうな相手がいますよ」
「誰ですのよ」
「ほら、トリッド先生の家で会ったじゃないですか。ものすごーく思わせぶりな言い方してた人が」
魔族と同じく、クレア様と私に何かしらの因縁があるようなそんなことを言っていたその人は――。
「使徒、ですよ」
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