第211話 会談の始まり
アデリナさんの説得から数日後、いよいよ四カ国首脳会談の当日を迎えた。
会場は帝国でも有数の一流ホテルである。
質実剛健がモットーの帝国においては珍しい、流麗な造りの建物だった。
正面の入り口を彩るレリーフ一つ取っても、バウアーの城に負けないかそれ以上の細工がなされている。
国のメンツが掛かっているせいか警備も物々しい。
出入り口には数人の兵士が立ち、出入りする人間を念入りににボディチェックしている。
私もボディーチェックを受けたが、かなり時間をかけて調べられた。
さすがにチェックするスタッフは同性だったが。
なぜ私がこの場にいるかというと、警護のスタッフとして雇われたからだ。
クレア様も私もバウアー有数の魔法使いだ。
それを放っておく手はない、と警護部門から引き抜かれたわけである。
もっとも、ドル様やセイン陛下は最後まで反対していたのだが。
クレア様とともにボディチェックを終えると、係の人が魔法杖だけは返してくれた。
これがなければいざという時に役に立てない。
魔法杖がなくても最低限の魔法は使えるものの、その出力は杖がある状態にはかなり劣る。
帝国に来てからこちら何度か魔族の襲撃もあったため、祝福つきの魔法杖は当然の備えだろう。
私たちに続いて、バウアーの首脳陣もボディーチェックを受けている。
バウアーからは護衛であるクレア様や私たちの他、セイン陛下、ドル様、トリッド先生が参加している。
他にも何人かの事務方スタッフがいるものの、メインとなるのはこの三人である。
バウアーの人間がチェックを終えると、スースやアパラチアの首脳陣も同じくボディーチェックを受けた。
スースからはマナリア様、アパラチアからはウィリアム陛下とレーネが参加している。
もともと才女として名を馳せていたマナリア様はともかく、一時は流浪の民となっていたレーネが一国のブレーンとして国際的な会議に参加するというのは、何だか運命の数奇さを感じてしまう。
もちろん、彼女自身の努力があってこその今だが。
私たち参加国の人間は、帝国のスタッフに案内されて会談場へと移動した。
廊下には花や絵画が飾られており、通る者の目を飽きさせない。
だが、それを愛でる余裕がある者は少ないようだった。
皆、厳しい面持ちで会談に臨んでいる。
「こちらが会場になります」
係の者が扉に手を掛けて開け放った。
明るさに一瞬目がくらむ。
光に慣れてきた私たちの目に飛び込んできたのは、大きな円卓だった。
「よく参った。余がドロテーア=ナーである。此度は実りある会談を望む」
帝国の人間は既に席に着いており、ドロテーアが代表して挨拶をした。
法王様との会談の時もそうだったが、彼女らしい簡潔な言葉だった。
「皆様はこちらにご着席下さい」
係の者に案内されて、バウアー、スース、アパラチアの人間も、それぞれ席に着く。
入り口を南とすると、東がバウアー、西がスース、南がナー、北がアパラチアという配置である。
この世界に上座という概念はないらしい。
まあ、そのための円卓でもあるんだろうが。
「では、早速始めたい。余は無駄を好まん。異論のある者は?」
議場をぐるりと見回すドロテーアの問いに、異議を唱える者はいなかった。
いよいよ、首脳会談が始まる。
◆◇◆◇◆
「ずばり聞こう。貴様らの要求はなんだ? 余の国に貴様らは何を求めている?」
会議の口火を切ったのはやはりドロテーアだった。
彼女は相変わらず彼女なりの合理さで、率直に物事を進めようとしている。
「ボクらの要求は単純だ。侵略的外交から融和的外交への路線変更。これだけさ」
答えたのはマナリア様だった。
学院時代の制服姿ではなく、今はスーツに身を包んでいる。
濃紺のジャケットに灰色のスラックスが良く似合っていて、さながら男装の麗人といった趣だ。
「ふむ」
「いい加減、帝国も限界だろう、これ以上敵を作るのは? ここらで手打ちといかないかな?」
後に続いたのはウィリアム陛下。
おどけ半分、真面目半分といった調子で、ドロテーアに譲歩を迫った。
「余がそれに応じる必要性を感じんな。帝国にはまだまだ余力がある」
「……仮にそちらが応じない場合、こちらは手を組んで貴国と戦う用意がある」
小手調べとばかりに拒否の姿勢をちらつかせたドロテーアに対して、鋭く迫ったのはセイン陛下だった。
いつもの仏頂面で簡潔に言葉を続ける。
「……先の革命の際、貴国が我が国にした仕打ちを、我が国は忘れていない」
「ふん。戦争に綺麗も汚いもなかろう。よもや余の国の国力をあの程度で計れたとは言うまいな?」
両者の間に火花が飛ぶ。
これだから政治とか外交って嫌いだ。
見ているだけでも胃が痛くなる。
メイとアレア、そしてクレア様のことがなければ、絶対に関わり合いになりたくない。
この点において、クレア様と私はスタンスがかなり違う。
「それに……バウアーもどうしてどうして、やるではないか」
「……なんのことだ?」
「余の国の軍人を蜂起させようと画策したであろう? 余の目は節穴ではないぞ?」
恐らく、アデリナさんたちのクーデター未遂のことを言っているのだろう。
アデリナさんたちのことを思って止めたのに、ここでそれをバウアーが焚きつけたかのような言い方だ。
「おや? あなたは自国の軍人の統制すら取れない、未熟な君主だと?」
「……貴様」
「あっはっは、おっかないなあ。冗談だよ。だからそっちも、痛くない腹を探るのはやめておきなよ」
一触即発状態だったセイン陛下とドロテーアの間に、ウィリアム陛下が割って入った。
道化っぽい言動が目に付くけど、この人、空気や議論の流れを読むのが上手い。
ドル様が信頼を寄せるだけのことはある。
「余に反旗を翻すクーデターが、敵国の有力者が国内にいる時期に偶然企図されたと申すか」
「いやあ、偶然じゃないだろうけど、軍人さんたちの狙いはキミだろうよ、ドロテーア」
「余からすれば、敵国に唆された愚か者共が決起しようとしたとしか見えん」
「ああ、適当に誰か拷問して、三国側の手引きです、とでも無理矢理自白強要でもするかい?」
「悪くない手だ。我が国の国民にバウアーへの悪感情を煽れるし、賠償金も請求できるな」
「とんだマッチポンプだねぇ」
迂遠だが一歩踏み外すと奈落真っ逆さまな会話だ。
でも、私は少し驚いている。
ドロテーアにこんな会話をこなす度量があったとは。
彼女を能力が高すぎるただの子どもと評したのは、侮りすぎだったかもしれない。
「戯れはそこまでにして頂きたい、ご両人」
ウィリアム陛下とドロテーアのやり取りに割って入ったのは、ドル様だった。
「貴様は確か、クレア=フランソワの父だったな」
「ドル=フランソワと申します。お見知りおき下さい」
「許す。して、何を申す?」
「申し上げる前に、陛下に不遜な物言いをさせて頂くことの許可を頂きたい」
「面白い。許す」
ドロテーアの顔が楽しげに歪んだ。
さっすがドル様。
ドロテーアの性格把握もばっちりである。
「では――まず、帝国の現状から確認しよう」
ドル=フランソワ――革命の真の立て役者が、初めて表舞台で牙を剥こうとしている。
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