第210話 未来
「アデリナ、話を聞いていなかったのか? フィリーネ様はご存命なのだぞ?」
想定していなかった流れなのか、じいやさんの顔にも少し焦りが見えた。
「フィリーネ様が生きていらっしゃるのであれば、なおのこと。帝国にお帰り頂くためにも、クーデターは決行します」
対するアデリナさんは、どこか吹っ切れたような顔である。
言っていることは無謀そのものだと思うが。
「考え直せ。ドロテーア陛下の力はお前たちがよく知っていよう。クーデターなど一網打尽に鎮圧されるぞ」
「覚悟の上です。我々同志はこの国の未来のためなら、死など恐れません」
おいおいおい。
ちょっと待った。
なんか話が変な方向に行ってるぞ?
「ちょっとあなた、少し冷静になったらどうですの。元々、フィリーネ様の不遇を憂いてのクーデターだったのでしょう? フィリーネ様の存命が分かった以上、敢行する意味はなくなったのではなくて?」
「黙れ、バウアーの犬。貴様らに何が分かる」
「……なんですって?」
クレア様の顔色が変わった。
あー、これはキレてるなあ。
私はこの顔大好きだけど、今はちょっと待って欲しい。
「クレア様、落ち着いて下さい。アデリナさんも、少し言い過ぎですよ」
「……ふん」
「……ふん」
二人ともそっぽを向いてる。
ダメだこりゃ。
「どうしてもクーデターを決行するんですか?」
「くどい」
私の問いに、アデリナさんがぴしゃりと言う。
うーん。
「そうですか。ところで、国家反逆罪ってご存知ですか?」
「……無論だ」
「ですよね。軍人であるアデリナさんの方が詳しいと思いますが、確か帝国だと本人から三親等まで男性は処刑、女性と六歳以下は鉱山での重労働による終身刑だったはずですよね?」
「……私だって悩んださ。両親には決行と同時に国を出るよう手紙が届くように手配している」
アデリナさんも考えてはいるのだろう。
でも――。
「出ていくってどこにですか?」
「それは……。わ、私の家族ならきっと自分たちで考えて乗り越えられるはずだ」
「クーデターに加担する人全員の家族がそうじゃないでしょう? それに、帝国の追及が及ばない場所に逃げたとして、そこは帝国の庇護からも外れるということです。この国が諸外国にどう思われているかは、今の貴女なら痛感しているでしょうに。そこから逃げてきた人、どうなると思います?」
「……!」
強気だったアデリナさんの顔に動揺が浮かぶ。
ふむ、やっぱりそうか。
「結局、お前は何が言いたい!?」
「ことはあなた方個人の話ではすまない、ということです」
アデリナさんだって、冷静になれば分かってくれるはずだ。
私はなるだけ淡々と、アデリナさんを刺激しすぎないように言葉を続けた。
「国外脱出に失敗すれば、仮に恩赦などで減刑されるとかで命を拾ったとしても、家族は今まで通りには暮らせませんよね? 反逆者の家系という汚名を背負った相手に、ご友人は今まで通りに話してくれるでしょうか? 職場は雇用を続けてくれるでしょうか? 店は食べ物を売ってくれるでしょうか?」
「そ、それは……」
国に反逆する、というのはそういうことである。
もちろん、国が圧政を敷いた場合などは抵抗することも必要になってくるし、アデリナさんからすれば今がその時ということなのだろうが、それに伴うリスクは正確に知っておく必要がある。
「何より、残された家族はアデリナさんたちを恨まないでしょうか?」
「例え家族に恨まれたとしても、私たちは大義のために――」
「辛いですよ、家族に憎まれるのは」
前世の親友だった美咲のことを思い出す。
自殺した彼女を悼んだのは、小咲や詩子、そして私を始めとする、彼女の問題に理解を示した友人たちだけだった。
美咲の家族は、美咲のことを憎んですらいたのだ。
自殺という行為は本人に同情が集まると同時に、周囲の人間が責められるという事態を生むことがある。
周りの人間は一体何をしていたのだ、というわけだ。
美咲の家族は同性愛に理解がなく、美咲のことを理解することが出来ず、その上周りから責め立てられたこともあって、娘に対してすっかり愛情を失ってしまった。
彼らにとって美咲は、わけも分からないこと言って家族の名誉を貶めた存在になってしまった。
そのことを、私はとても悲しく思う。
「オットーがあなたのことを心配してました」
「……オットーが……?」
「ええ。あのオットーがですよ? 彼は素直な方じゃありませんが、それでも実の姉であるあなたが暴挙に及ぶことを憂いていました。そんな彼の思いを、あなたは踏みにじるつもりですか?」
「……」
アデリナさんは黙り込んでしまった。
家族であればどの家族関係も良好だというのは幻想だが、ライナー家はその点に問題があるわけではないようだ。
ならば、弟のことは無視できないだろう。
「それに私、フィリーネ様もクーデターなんて起こして欲しくないと思うんですよね」
「お前がフィリーネ様を語るのか。フィリーネ様が追放されるきっかけを作り出したお前が」
「その考え方はフィリーネ様に失礼ですよ。彼女は私たちにそそのかされるような軽い人間じゃありません。この国を何とか変えたいと彼女自身が思ったからこそ、フィリーネ様は動いたのです」
クレア様や私に不純な動機があったことは否定しない。
でも、フィリーネは自身が抱えていた問題意識に沿って行動していた。
私たちはきっかけと助力を与えただけだ。
「話を元に戻します。フィリーネ様の髪が届いたでしょう? どうして髪の毛なんでしょうか」
「別に不思議はないだろう。耳や鼻を削ぐわけにはいくまい」
「私にはあの髪は、フィリーネ様からドロテーア陛下へのメッセージではないかと思えてならないんですよね」
「メッセージ……?」
アデリナさんが首を傾げた。
「あなたの知るフィリーネは死にました、みたいな。三行半……っていう言い方はこの世界ではしませんか。いわゆる、絶縁状替わりですよ」
「……!」
「フィリーネ様は多分、まだ諦めていません。彼女はまだ何かしたいことがあるんだと思います」
もちろん、私の推論が見当違いの邪推である可能性も大きいのだが。
「ここで禍根を残して果てるよりも、フィリーネ様の意向がはっきりするまで力を蓄えておきませんか。フィリーネ様がお帰りになったら、あなた方は必ず彼女に必要となるはずです」
「……帰還しなければ?」
「その時こそ、フィリーネ様の後を継ぐのは、あなたたちだけじゃないですか。そのためには、まず軍部で力を付けることをお勧めします。立場があればできることも多いですから」
ナー帝国は軍部が強い力を持つ国家だ。
下士官や兵士という立場にあるよりも、上の立場になって発言力を持てば、それこそ国を変えることだって絵空事ではない。
「それに……これは私個人のワガママですが、フィリーネ様が得た大切なものが、こんなところで消えてしまうのは見たくないです」
「姫様が得たもの……?」
「ええ。あなた方のことです」
私たちと籠絡作戦を始める前、彼女には味方がほとんどいなかった。
そんな彼女にいた数少ない味方がアデリナさんたちだ。
アデリナさんたちは、フィリーネが独力で得た仲間だ。
そんな彼女たちを、ここで失うのはあまりに惜しい。
「……」
アデリナさんは沈痛な面持ちで考え込んでいる。
無理もない。
彼女たちだってクーデターなんて大それたことを、ただの思いつきで決めたわけではないだろう。
各々、様々な苦悩や葛藤の末に決意したはずなのだ。
いくら道理を説かれて止めるように言われても、はいそうですかと首を縦に振るのはなかなか難しい。
「何を考えることがありますのよ」
じれたように、クレア様が口を開いた。
「クーデターを決行すればほぼ失敗で終わり。一族郎党が路頭に迷う。それだけのことじゃありませんの」
「……お前は帝国の人間じゃないから、そんな簡単に言えるんだ」
アデリナさんが恨みがましく言う。
「ええ、私はバウアーの人間ですわ。でも、部外者だからこそ、見えるものもあります」
「それは?」
「あなた方が求めているのは未来ではありませんの?」
「――!」
クレア様の言葉に、アデリナさんがはっとした。
「思いとどまれば未来へ繋がる。それは問題の先送りとは全く違いますわ」
「……」
「あなた方の中には、あのドロテーア陛下すら恐れない強い思いがある。それが消えることはないでしょう?」
「当たり前だ」
「なら、今は耐える時ですわ。少なくとも、フィリーネ様のご意向を確認するまでは、軽はずみな行動は慎むべきですわ」
「……」
アデリナさんはクレア様の言葉に何か感じるものがあったらしい。
言葉を反芻するように思考を巡らせているように見えた。
「私からもお願いしよう。アデリナ、思いとどまって欲しい」
じいやさんも頭を下げた。
アデリナさんはさらにしばらく考え込んでから、
「……分かりました。同志たちを説得してみます」
そう言って、苦渋の決断を下してくれた。
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