第132話 帝国での一日

 初日から色々と波乱のあった国学館への編入だが、その後は落ち着いた学校生活が始まった。

 相変わらず講義は難しくペースも早いものの、クレア様は生来の頭の良さ、私は原作知識でそれほど苦もなくついて行くことが出来ている。

 もっとも、他の編入生は四苦八苦しているようだが。


 国学館は学院とは違い寮制ではない。

 学館生はそれぞれが暮らす家から、学館に通っている。

 地方出身の人間などは下宿先から通う者もいるようだが、それにかかる家賃などの生活費には、帝国から補助金が出ているらしい。


 登館時間は朝の九時なので、学院よりもゆとりがある。

 ただそれは、一般の学生たちの話だ。


「ほら、メイもアレアも早く着替えなさいな。幼稚舎に行く時間ですわよ」

「クレア様、今日は楽器の時間があるそうなので、これも」

「まだごはんたべるー」

「ねむたいですわー」


 私たちの朝は、毎日戦場のような様相を呈している。

 メイとクレアに支度をさせて国学館の幼稚舎まで送り届けないといけないからだ。

 朝食を作り、歯を磨かせ、着替えを済ませ、送り届けるまでやると、もう登館時間ぎりぎりだ。

 自分たちの食事はほとんど食べられないこともある。


 まあ、そんなバタバタした朝を終えて登館すると、大体八時半から九時ぴったりくらい。

 クレア様と私が来る頃には、クラスメイトたちは既に全員そろっていることがほとんどである。


「レイセンセおそーい。クレアセンセもおはよー」

「おはよう、ラナ」

「おはようございますわ、ラナ。でも、先生はもうよしなさいな。わたくしたちはもうあなたの教師ではなく、同じ学生なのですから」

「そうですよね。元々歳だってほとんど違わないんだし」

「えー」


 私たちの言葉に、ラナは不服そうな顔をした。


「だってアタシ、センセたちのこと尊敬してますしぃ。センセはセンセだよ、やっぱ」

「……まあ、好きになさいな」


 よく分からないこと言うラナはとりあえず放置。


「イヴもおはよう」

「……おはようございます」


 イヴに挨拶すると一応返事はしてくれたが、すぐに顔を背けられてしまった。

 相変わらず嫌われてるなあ。


「ちょっとイヴ、その態度はなんですの。尊敬なさいとは言いませんが、最低限の礼儀というものがあるでしょう」

「……すみません」


 礼儀にはうるさいクレア様がイヴを窘めるが、イヴは口先だけの謝罪を口にするだけで、態度を改めるつもりはないらしい。


「まあまあ、クレア様。なんかイヴは私に対して誤解していることがあるみたいで」

「誤解?」

「イヴ、今度ちょっと話せる? 多分、お互い色々行き違いがあると思うから」


 バウアーにいる頃は結局時間が作れず、まだ私はイヴの誤解を解くことが出来ていない。

 これはいい機会だと思って、私は話し合いの機会を持つことを提案したのだが、


「……誤解の余地なんてないです」


 すげなくそう言って、イヴはぷいと向こうを向いてしまった。

 とりつく島もない。


(こりゃ、手強いなあ)


 嫌われてしまうのは最悪仕方ないと思うが、誤解されたままそうなるというのは少し切ないものがある。

 なんとか交渉の機会が得られればいいのだが。


「……おはよう」

「あら、ヨエル。おはようございますわ」


 ぼそっとした声で、ヨエルも挨拶をして来た。

 強面の彼だが、実はそんなに怖い人間ではないことを、クレア様も私も知っている。

 口調はもう同じ学生に対するものに改められているが、私としてはむしろその方がやりやすい。


「毎朝大変そうだな。子どもがいると、やっぱ朝は忙しいか」

「まあ、楽ではないね。でも、毎日刺激的だよ」

「……あまり理解は出来ない」


 まあ、こればっかりは人それぞれだろう。


 講義が始まるのが九時半で、そこから一時間半の講義がある。

 既に述べた通り、講義は中身が濃く、進行も早い。

 実際に講義を受けてみた感じ、クラスの上位層に合わせた内容・進度で講義が行われているようだ。

 この辺りは徹底した能力主義である帝国らしいなと思った。


 少し意外だったのは、オットーのことだった。


「では、この問題を……オットー、答えなさい」

「あ? んなだりぃ問題、他のヤツに答えさせろよ」

「評価を落とされたいのかね?」

「ちっ……」


 教師から指名されると、オットーは舌打ちをしながら立ち上がり、黒板へとつかつか歩いて行く。

 書かれた数学の問題をちらっと見ると、スラスラと解法を書いていった。


「これでいいんだろ」

「結構。オットー、キミは地頭はいいのだから、受講態度を改めたまえ」

「大きなお世話だ」


 ポケットに手を突っ込みながら、オットーは席に戻った。

 そう、オットーは問題児ではあるのだが、劣等生ではなかったのだ。

 ここ数日観察した限り、彼はむしろ成績はいい。

 講義中も態度こそ悪いがちゃんと話を聞いているし、問われた質問に対する答えは全て正解である。

 初日のあれで変な印象がついてしまっていたが、彼はなかなか優秀らしい。


 レボリリに、オットーという登場人物は登場しない。

 なので、彼はいわばモブキャラなのだが、なかなかにキャラの立った学生だ。


 午前中の講義が終わると大体正午である。

 国学館には食堂もあるが、あまり人気がないので、多くの学生がお弁当を持って来ている。

 この辺りの事情についてはまた機会を改めて語ることもあるだろう。

 とにかく、クレア様と私もお弁当だ。

 どちらにしろメイとアレアの分を作らないといけないので、それほど手間ではないが、毎日献立を考えるのは少し大変だ。

 スマホとレシピサイトが恋しい。


「フィリーネ様、一緒にお昼を食べませんこと?」

「あ……、えっと……」


 クレア様がフィリーネに声を掛けた。

 フィリーネはどうもぼっちらしく、いつも大抵一人でお弁当を食べている。

 クレア様も私も、フィリーネと接触する機会をうかがっていたので、これはいい機会だと思ったのだが、


「わ、私……失礼します!」


 フィリーネは怯えたように逃げて行ってしまった。

 机にお弁当箱を残して。


「……レイから彼女は内気だとはうかがっていましたけれど、こんなにですの?」

「うーん……、なんか悪化してますね」


 レボリリでは、攻略対象の女の子とお弁当を共にするシーンもあったはずだ。

 ここまで劇的な反応を見せるのには、何か理由があるのではないだろうか。


「ひょっとして、初日のあれですかね?」

「どれですの」

「ほら、クレア様ってばオットーとやりあったじゃないですか」

「ああ……。でも、どちらかというとわたくし、フィリーネを助けようとしたんですのよ?」


 クレア様が不服そうな顔をした。


「ええ、それは彼女も分かっていると思うのですが、それはそれとしてあの時のクレア様は輝いて――もとい、ちょっと怖かったですから」

「それは言い直し方が逆ではありませんの?」


 おっといけない。

 自分の感覚で喋ってしまった。


「でも、そうすると困りましたわね。私たちの第一目的は、彼女と仲良くなることでしょう?」

「そうですね。まあ、あまり焦っても仕方ありません。じっくり攻略することにしましょう」

「だからその攻略っていう言い方やめなさいな」


 お昼休みが終わるが十三時くらい。

 そこからまた一時間半で一コマの講義が二コマある。

 全ての講義が終わるのが、大体十六時である。

 講義が終わると、クレア様は幼稚舎にメイとアレアを迎えに行き、私は途中買い物などをしつつバウアーにあてがわれた寮に戻り、そのまま食事の支度をする。

 その後の過ごし方はバウアーにいた頃と変わらない。

 双子の相手をしたり、お風呂に入ったりした後、寝るだけである。


「帝国での生活もだんだん慣れてきましたね」

「ええ。でも、肝心のフィリーネとの接触が難ありですわ」

「まあ、それも追い追い。ところでクレア様?」

「なんですの?」


 灯りを消した部屋で、クレア様がこちらを向くのが分かった。


「久しぶりに……いかがでしょう?」

「もう……仕方ない人ですわね。いらっしゃい」


 そんな風にして、夜は更けていくのだった。

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