番外編6.聖夜祭
クリスマス記念話です。
――――――――――――――
今日は十二の月、二十四の日。
二十一世紀の日本でいうと、クリスマスイヴに当たる日だ。
とはいえ、ここはゲームの世界である。
クリスマスなんていうものはない。
――と、思いきやあるのだ。
聖夜祭というイベントが。
「一説には精霊神が降臨したのがこの日だと言われていますわ。精霊教にとっては重要な祭日ですわね」
「ほうほう」
クレア様の説明を受けるまでもなく知っていたことだが、得意げに語るクレア様が可愛いので大人しく愛でる。
もうお察しのこととは思うが、聖夜祭のモデルはもちろんクリスマスである。
こんなところも、妙に日本の文化――もちろん発祥はヨーロッパだが――が反映されている。
「どんなことをするんですか?」
「そうですわね。貴族ですと盛大にパーティーを開いてお客様を招いたりしていましたけれど、へいみ――ごほん、市民の場合はそこまで派手には祝わないとうかがってますわ」
貴族だった頃はさぞ盛大に祝っていただろう、と思われるクレア様は、頭の中の知識を引き出している様子で続ける。
「市民の場合は、部屋を少し飾り付けてみたり、もみの木を置いてみたり、あとは家族や友人、恋人同士でプレゼント交換をしたりするそうですわよ?」
「へぇ、いいですね」
こんなところもやはり日本風だ。
欧米諸国のクリスマスはあまり騒いだり盛り上がったりはせず、どちらかというと静かに家族と過ごすというのが一般的だからだ。
日本にとってのクリスマスのような盛り上がりは、欧米諸国だと新年のお祝いがそれに当たる。
「うちも市民式ですよね?」
「当たり前ですわよ。お客様を招くパーティーを開くのに、一体いくらかかると思ってますの」
「ですよね」
やるとなれば場所を押さえ、料理を調達し、招待客へのもてなしも考えなければならない。
貧乏からは概ね脱したとはいえ、教師二人の給料で出来ることではない。
というか、そんなことにお金を使うくらいなら、私はクレア様やメイ、そしてアレアにお金を使いたい。
「でも、家族でのパーティーはしたいですわね。内々でのんびり祝いたいですわ」
「賛成です、クレア様」
客を招いたりしなくても、家族と過ごす聖夜はきっと素敵だろう。
大切な人たちと一年を締めくくる。
それはとても幸せなことだ。
「料理も少しくらい贅沢をしましょう。任せてもいいかしら、レイ?」
「もちろんです。腕によりを掛けますよ」
クレア様のお願いに私は胸を叩いた。
パーティー料理か。
腕が鳴るね。
「後、プレゼントも用意しましょう。お互いへと、子どもたちに」
「いいですね。じゃあ、今週末は買い出しですね」
メイとアレアにはお留守番して貰って、二人で買い物デートだ。
決して不純な動機からではない。
メイとアレアには何がプレゼントなのかを秘密にしておくためだ。
「楽しみですわ……」
「楽しみですね」
クレア様と私の間では、若干ニュアンスに違いがあったかも知れない。
◆◇◆◇◆
「はーい、出来たよー」
「すごーい!」
「ごちそうですのー」
聖夜祭当日、クレア様、メイ、アレアは自宅のテーブルを囲んでいた。
私はミトンをした手で、焼きたての鶏肉を載せた大皿をどーんとテーブルの真ん中に置いた。
テーブルには既に他にも料理が並んでいる。
本日の献立は――。
鶏肉の香草焼き
ローストビーフ
枝豆とゴボウのポタージュ
根菜のゴロゴロサラダ
デコレーションケーキ
の五品である。
香草焼きはこの世界の母から直伝の一品だが、塩コショウや香草を多めに使った豪華バージョンだ。
ローストビーフも牛肉を使った料理は久しぶりである。
ポタージュは枝豆とゴボウを煮てからすり潰し、牛乳と混ぜて塩コショウで味を調えた温かいスープである。
サラダはレンコン、ニンジン、ジャガイモ、タマネギなどを温野菜にしてドレッシングをかけた、シンプルだが滋味深い一品。
目玉のデコレーションケーキは、メイとアレアが飾り付けしてくれたため、ちょっと不格好ではなるもの趣のある見かけになっている。
「それじゃあ、頂きましょうか」
「頂きます」
「頂きます!」
「頂きますわ-」
パーティーが始まった。
部屋の壁面には、メイとアレアが頑張って作った色紙のオーナメントがいくつも飾り付けられている。
もみの木は手に入らなかったが、変わりにこちらも色紙を折って作ったミニチュアもみの木がテーブルの上にちょこんと鎮座している。
お金はそれほど掛かってはいないが、手間暇はたっぷり掛けた手作り聖夜祭である。
「おにくおいしい!」
「ぽたーじゅもおいしいですわー」
お料理の方も概ね好評のようだ。
スープ以外はどれも大皿に盛り付けて、各自小皿に取り分けて食べるスタイルにしたのだが、どんどん減っていく。
「本当に美味しいですわ。わたくし、このサラダが気に入りましたわ」
「ありがとうございます。たくさん召し上がって下さい」
「ええ」
クレア様もフォークが進んでいるようで何より。
私もローストビーフを一切れ口に運んだ。
手製のオニオンソースだが、まあまあの出来である。
メイとアレアは今夜のためにお昼を少なめにしていたらしく、食欲旺盛にたくさん食べてくれた。
お陰で作った料理はもれなく完売。
ケーキも今日は少し不摂生して一人二切れずつで、ワンホールを食べ切ってしまった。
綺麗になったお皿を流し台に持っていきながら、私は満足げに笑った。
「レイ、洗い物は後にして、先にプレゼント交換をしましょう。二人が待ちきれないそうですわ」
「あ、はーい。じゃあ、プレゼント取ってきますね」
私は一旦、寝室に戻ると、プレゼントの包みを抱えてリビングに引き返した。
「さあ、メイ、アレア、聖夜祭おめでとう」
「ありがとう!」
「ありがとうございますわー!」
メイとアレアへのプレゼントはクレア様と二人で選んだ。
包みの中身は――。
「くつだ!」
「かわいらしいおくつですわー」
フラーテルで取り扱っているちょっといい靴である。
ウォーターバイソンの革を丁寧になめしてあるので、水やよごれにも強い。
仕立ても子ども向けということで、可愛らしくあつらえてある。
「かるーい!」
「ほんとうですわー」
革製品は通常重たいことが多いのだが、ウォーターバイソンの革は比較的軽い。
動き回る子どもたちの足に丁度いい、絶妙な重さ加減になっている。
「ありがとう、クレアおかあさま、レイおかあさま!」
「ありがとうございますわー」
二人が抱きついてきた。
クレア様も私もそれを喜んで抱き留める。
「レイにはこれを」
そう言ってクレア様が包装された包みを私に手渡してきた。
お互いへのプレゼントは内緒ということで、この中身がなんなのかは私もまだ知らない。
「では、クレア様にはこちらです」
私もクレア様に包みを渡す。
二人で同時にお互いのプレゼントを開けた。
「これは……コームですの?」
「はい。正確には『くし』と言います」
「とても精緻な透かし彫りがしてありますわね」
クレア様に贈ったのは髪をとかす櫛である。
つげという木を木工ギルドのギルドマスターが彫り上げた、ちょっとお高い一品である。
つげの櫛の意味は、恐らくご存知の方もいるだろう。
「私が頂いたのは……、マフラーですね。これ、ひょっとして?」
「ええ、拙い出来で申し訳ないですが、一応、手編みですわ」
クレア様が頬を染めながら言う。
「拙いなんてとんでもないですよ。模様も綺麗ですし、裁縫ギルドの製品と比べても遜色ありません」
っていうか、アーガイル柄とか素人の仕事じゃないし。
「巻いてみてもいいですか?」
「ええ」
「では失礼して……わ、温かい」
「雪穴ウサギの毛糸で編みましたからね」
雪穴ウサギは冬も冬眠しない、ふっさふさの毛をしたウサギである。
その毛糸なら、そりゃあ保温性は抜群だろう。
「ありがとうございます、クレア様。大切にします」
「櫛もありがとう、レイ。大事にしますわ」
二人、どちらからともなく口づけを交わした。
本当に幸せだ。
「ねえ、おそとゆきがふってきたよ」
「ほんとですわー」
メイとアレアの言葉に窓の外を見ると、空から白いものがしんしんと降ってきていた。
「純白の聖夜ですわね」
「ホワイトクリスマスみたいなものですか」
「ほわい……?」
「いえ、こちらの話です」
四人で、しばし雪を眺めた。
言葉はなかったが、それでいい。
全員が全員、家族の繋がりを感じていた。
「今年一年、色々なことがありましたけれど、来年もよろしくお願いしますわ、レイ」
「こちらこそ、です」
もう一度口づけを交わして、私たちはほほ笑み合った。
その夜は色々と燃え上がったのだが、それはまた別の話である。
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