第80話 奉納舞について
「一、二、三、四! はいそこで上半身を前に倒して――」
厳粛な曲調の音楽が流れる中、私は必死に身体を動かしていた。
でも、あまり運動が得意とは言えない私には、司祭長の指示は難しすぎた。
「レイさん、遅れています。みなさんも一旦動きを止めて。もう一度、曲の頭からやり直しますよ」
司祭長の言葉で、私を含めたみんなが定位置に戻り、また曲に合わせて踊る。
私が今何をやっているかというと、収穫祭で教会の修道女が踊る奉納舞の練習である。
修道女でもない私がなぜこんなことをすることになったかと言えば、話は数日前に遡る。
◆◇◆◇◆
「ほ、奉納舞にご興味はありませんか?」
今日も今日とて、リリィ様に教会についての知識を教えて貰うクレア様に、私はくっついて来ていた。
リリィ様の講義が一段落した所で、リリィ様が口にしたのがそれだった。
「奉納舞、ですか?」
「収穫祭のあれですわよね?」
最初思い出せずにいた私だが、クレア様の言葉で記憶の引き出しが開いた。
ああ、あれね。
「は、はい。教会が収穫祭の時に行う神事で、精霊神に捧げる舞のことです」
「どうしてそんなことを私たちに訊くんですか?」
私の記憶が確かならば、舞を奉納するのは教会の修道女だったはずだ。
「そ、それが……実は、舞い手に欠員が出てしまいまして……。代役を探している所なんです」
「教会内に代わりはいないんですか?」
「ま、舞い手は誰でもいいというわけではないんです。それなりに魔力が高くないと……」
今、バウアー大聖堂では優秀な魔法使いが出払っているらしい。
教会には優秀な水魔法の使い手が多いはずだが、どうもナー帝国との紛争で治療役として駆り出されているようだ。
「お、お陰で教会にとって重要な神事である収穫祭の舞い手が不足する事態になっています。出来れば、ご協力頂けませんか?」
「リリィ様にはお世話になっていますし、協力するのはやぶさかではありませんが、その舞い手というのは修道女でなくてもいいんですか?」
「ほ、本来であれば修道女である事が望ましいですが、今年は奉納舞そのものが成立するかどうかという瀬戸際なので、一般に広く公募しています」
それほどのピンチということなのか。
「リ、リリィとしましても、大好きなレイさんと舞えるなら願ったり叶ったりです」
頬を染めてくねくねするリリィ様。
なんだか急に俗っぽくなったね。
「どうでしょう。ご協力頂けませんか?」
「うーん……」
どうしよう。
クレア様がものすごくお世話になっているから、協力して恩返しをしたいとは思う。
でも、奉納舞というからにはちゃんと練習が必要だろうし、だとすればその分クレア様と過ごす時間が減ってしまう。
私が迷っていると、
「いいじゃないですの。協力して差し上げなさいな」
「クレア様……」
クレア様が協力を促して来た。
どういう風の吹き回しだろう。
「でも、練習の分、クレア様と過ごせる時間が減るのはイヤです」
「だったら、わたくしも参加すればいいのでしょう?」
「ク、クレア様も参加して頂けるのですか!?」
クレア様の申し出は、リリィ様にとって意外なものだったようだ。
「いけませんの?」
「と、とんでもないです! 大変な栄誉です! はわわ……教皇様にご報告しなければ……」
リリィ様によると、高級貴族かつ高い魔力を持つクレア様の参加は、教会にとって大変に意味のあることらしい。
でも――。
「あまり政治的な駆け引きには使わないで下さいな?」
「そ、それは……気を付けます」
クレア様に釘を刺されて、リリィ様はしゅんとなってしまった。
「そ、それにしても……。クレア様は噂とはかなり違う方だったんですね」
話が一段落した所で、お茶に口をツケながらリリィ様がそんなことを言った。
「どんな噂ですの?」
「あ……。えーと、その……」
「まあ、いいですわ。どうせろくでもないものでしょう。実際、噂は間違っていないと思いますわよ?」
自虐的なセリフを吐きつつ、クレア様もティーカップを傾ける。
「そ、そんなことありません! クレア様は噂なんかよりずっと素敵な方です! 傲慢でもワガママでもいらっしゃいませんし……あっ」
「そんな感じですのね、私の噂は」
思わず口を滑らせたリリィ様に、クレア様が苦笑いする。
どうでもいいが、リリィ様はうっかり属性がすごい。
リリィ様はユー様の秘密を私たちに厳に秘匿するように注意したが、一番危ういの間違いなくリリィ様だ。
この調子でよく枢機卿なんていう地位に就けたなあ、などと失礼なことを考えてしまう。
「リリィ枢機卿こそ、お噂とは随分違いますのね?」
「あ、あはは……。よく言われます……」
クレア様が悪役令嬢らしい人の悪い笑みで言うと、リリィ様もばつが悪そうに笑った。
「リリィ様って、巷ではどんな評価なんですか?」
「聖女」
「……は?」
「だから、聖女と言われいるんですのよ」
私はぽかんとした後リリィ様を見て、またクレア様に向き直った。
「嘘ぉ」
「ちょっとレイ、その反応は流石に失礼ですわよ?」
「あ、リリィ様すみません。つい、本音が」
「フォ、フォローになってないです……」
さめざめとなくリリィ様。
だって、ねぇ。
「リ、リリィだって分不相応な言われ方だって分かってます。リリィは聖女なんていう柄じゃありません」
「その噂の出所は?」
「サーラス宰相ですわ」
ああ、あの人か。
言われてみれば、リリィ様の髪と瞳はサーラス様と同じ銀髪赤瞳である。
「私、あの方にあんまりいい印象ありません」
「どうしてですの? 優秀な方ですわよ?」
「レーネの一件で」
「ああ……。あれは仕方ないですわよ。国の政治を担う者としては、ああ言うのが当然ですわ」
感情としては理解出来ますけれどね、とクレア様は私を慰めてくれた。
どうしたんだ、クレア様。
なんか凄く優しい。
私にとってはクレア様が聖女に見えます。
まあ、私がサーラス様を嫌うのは、レーネの件だけが理由ではないのだが。
大体、サーラスっていう名前、なんか覚えにくくない?
「それに、ご息女の前でお父上の悪口を言うのは感心しませんわ」
「あ、すみません、リリィ様。つい本音が」
「だ、だからフォローになってないです……」
再びさめざめとなくリリィ様。
だって、ねぇ。
天丼は基本。
「と、とにかく、奉納舞の件は受けて頂けるんですね?」
「クレア様が参加なさる以上、私に断る理由はありません」
「わたくしも、これまでのお礼が出来るのであれば、喜んで参加させて頂きますわ」
「あ、ありがとうございます!」
リリィ様が勢いよく立ち上がって頭を下げた。
ウィンプルが
「大げさですわよ、リリィ枢機卿。これくらいのことで」
「い、いえ。収穫祭は教会にとってそれくらい重要な神事なんです。奉納舞が出来ないなんてことになったら、教会始まって以来の醜態となります」
一般人にはどうでもいいことでも、教会にとっては一大事らしい。
その辺りの感覚は、信仰に生きる人にしか分からないだろう。
私にはイノオモで読んだ程度の知識しかないので、正直、理解出来ない。
「本当にありがとうございます。お二人に精霊神のご加護がありますように」
顔を上げてそう笑ったリリィ様は、普段のおっちょこちょいな小動物ではなかった。
私はほんの少しだけ、彼女が聖女と呼ばれるのもあながち間違いではないのかも、と思った。
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