第五章 バカンス編

第56話 夏休みの計画

「お前ら、バカンスはどうする?」


 もうすぐ夏休みを控えたある日、学院騎士団の会議室でロッド様がそう尋ねた。


「ほらさ、前に学院祭でバカンスのタダ券獲得したろ? あれ使うヤツどのくらいいんのかって思ってな」


 もうずいぶん前のことなのでお忘れの方もいらっしゃるかもしれないが、学院騎士団は学院祭の際に男女逆転喫茶「キャバリアー」をやって、人気投票一位を獲得している。

 ロッド様が言っているのは、その時獲得した賞品のことである。


「私は……実家に帰省する予定ですので、あのチケットを利用する予定はありません」


 ミシャは淡々とそう述べた。


「わたくしも領地の避暑地を利用する予定ですので、チケットは使いませんわね」


 クレア様も使わないらしい。


「レイ、お前は……聞くまでもないか」

「ええ。クレア様にお供します」


 ロッド様の言うとおり、聞かれるまでもない。

 クレア様の行くところが私の行くところである。

 Revolutionの中ではチケットを利用して特別イベントに参加し、特殊スチルを見るのが定石だった訳だが、私にしてみればクレア様と離れてそんなことをしに行く意味がない。

 バカンスの時期はクレア様との時間を満喫するためにいろいろと手を打ってある。


「ってことは、使うとしてもオレら三人だけか」

「味気ないね」

「……」


 ロッド様がつまらなそうに言うと、ユー様が肩をすくめ、セイン様はどうでもいいというような顔をした。


「野郎三人でバカンスってのもなあ……」

「どなたか誘えばいいじゃありませんの。王族に誘われて断る貴族はおりませんわよ?」

「それはそうなんだが、オレらが声を掛けるとなると、政治的に色々とややこしくなるからなあ……」


 それはそうだろう。

 王族から声がかかるということは、それだけで価値がある。

 王位継承争いとまではいかなくとも、権力争いや派閥争い的なものは貴族の宿命みたいなものだ。

 誰を誘った、誘わなかったと、色々と面倒なしがらみがあるに違いない。


 まあ、私には関係ないことだが。


「まあいい。ところでお前ら、バカンス中の学院生の義務については忘れてないだろうな?」


 ロッド様が確認するように聞いた。


「義務……ですか?」


 私は今一つピンとこない。


「ちょっと、レイ。あなた忘れてますの? わたくしの使用人のくせになんて不甲斐ない……」


 嘆かわしい、といった様子で頭を振るクレア様。


「アンデッドハントの義務のことよ、レイ」


 ミシャが説明してくれたので、私はやっとなんのことか思い出した。


 以前にも少しだけ触れたが、学院には夏の恒例行事としてアンデッドハント――正式名称「アンデッドセンディング」――というものがある。

 この世界では夏になるとアンデッド系のモンスターが現れる。

 学院生には、それを一定数退治して社会貢献を行う、という義務があるのだ。


 ゲームの通常の流れだと、王都郊外にアンデッドの群れが現れたという一報があり、それを退治しに行くのだが、今のところそんな知らせは全くない。

 というか、この先も来ない。

 私がそうする。

 それについてはまた別の機会に。


「なんだ、クレア。不満そうな顔してるな?」

「わたくし、そのアンデッドハントという言い方が好きではありませんの。亡くなったものたちへの弔意が足りませんもの」


 変な所で生真面目なクレア様である。

 科学に慣れきった地球人だった私には持ち得ない価値観だが、私はクレア様の評価をまた一つあげた。


「そうは言うけど、アンデッドセンディングは語呂が悪いよ? 近頃じゃあ、教会の人間くらいしか言わないし」

「それはそうですけれど……。レイ、なんとかなさい」

「えええ……。なんていう無茶ぶり……」


 とはいえ、せっかくクレア様が頼ってくれたのだ。

 期待には応えたい。


「オーボンとか言い換えます?」

「どういう発想ですの?」

「私の故郷に伝わる祭礼を元にしてみました」

「万人に伝わりませんわよ。却下ですわ」


 流石にお盆をもじったとは伝わらないか。

 なら――。


「シンプルにセンディングと縮めるのはどうでしょう?」

「あら。悪くありませんわね?」

「下手に新しい表現を使ってもなんのこっちゃで終わるだけだが、元の言葉の変形ならなんとなく伝わるもんな」


 クレア様もロッド様も異論はないらしい。

 そんな訳で、私たちの間ではアンデッドハントはセンディングと言い換えることになった。


「まあ、それはともかくとして、だ。学院騎士団のヤツがそうそう遅れをとるこたあないと思うが、それでも油断ってのは命取りになる。センディングの時は気を引き締めろよ?」

「仰るまでもありませんわ。アンデッドごときに不覚を取るわたくしではありませんもの」


 ふふんと不敵に笑って見せるクレア様。

 しかし――。


「でも、クレア様、お化け苦手じゃありませんでしたっけ?」

「お化けじゃありませんわ! アンデッドですのよ!」


 食い気味に言い返してくるクレア様。

 その狼狽ぶりからしてもう、色々とダメだなあと思う。

 はい、そんな所もとっても可愛いです。


「レイ、クレアのこと頼んだぞ」

「任せて下さい」

「ちょっとロッド様、どういうことですの!? わたくしは本当にアンデッドなど――!」

「なら、怪談でも披露しようか?」


 いたずらっぽくクレア様の声を遮ったのは、ユー様だった。


「昔、教会から破門されたある若い司祭がね――」

「そういえば! あなたの実家ってどこですの、ミシャ?」


 ユー様の言葉を遮るように、クレア様は強引に話題を変えた。

 ユー様がくすくす笑っている。

 狸め。

 クレア様で遊んでいいのは私だけなんだぞ。


「ユークレッドです。王都から南に位置する港町ですね。レイも同郷ですよ」

「あら、奇遇ですわね。フランソワ家の別荘もユークレッドですのよ?」


 実はこれは偶然でもなんでもない。

 ミシャは主人公の幼なじみなので、ミシャの実家がある町はすなわち主人公の実家がある町である。

 主人公がバカンスで帰省することを選んだ場合にも、クレア様から嫌がらせを受けるように、フランソワ家の別荘が同じ町に設定されているのだ。

 つまり、ゲームの都合上、ということである。


「それならフランソワ家の馬車に乗って行きなさいな。一人くらい増えたところでどうということはありませんわ」

「いえ、それは申し訳ないです」

「なんですの? わたくしの馬車に乗れませんの?」


 よく分からない難癖をつけるクレア様。

 親切なんだか意地悪なんだかよく分からない。

 まあ、素直に一緒に行きたいって言えないだけなんだけどね。


「なんかそっちの方が面白そうだな。オレらもユークレッドに行くか?」

「ダメだよ、ロッド兄さん。ユークレッドは遠すぎる」

「……俺たちには公務もある」


 王子様方は王都からそうそう離れすぎる訳にはいかないのだ。


「ちぇっ、つまんねー!」


 子どもっぽい表情でロッド様はぶーたれた。

 私としては、王子様方に邪魔されずにクレア様を堪能するチャンスなので、願ったり叶ったりである。


「まあ、仕方ねぇ。各々バカンスを楽しみつつ、ついでにアンデッドも駆除ってことだ。繰り返すがくれぐれも気を緩めすぎるなよ?」


 ロッド様の〆の言葉で、その日の会議はお開きとなった。

 三々五々、解散していく。


「クレア様」

「何ですの、レイ?」


 クレア様から荷物を受け取りながら、私はにんまりと笑った。


「バカンス、楽しみましょうね!」

「……なんなのでしょう……。嫌な予感しかしないのですけれど」


 悪寒でも感じたかのようにぶるりと震えるクレア様を尻目に、私の心は早くも浮き足立っていた。

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