第57話 バカンス、その前に

 バカンスの時期を前に、どことなく浮き足だった雰囲気の町並みを歩く。

 太陽の光もそろそろきつく感じ、いよいよ夏だなあと私は感じた。


「どこへ行きますの?」


 そう尋ねてきたのは我が愛しのクレア様である。

 クレア様は私が差す日傘の下なので、その珠のお肌には日焼けなど決してさせない。


「バカンスの前に、ちょっと野暮用を済ませておかないといけないのです」

「野暮用?」

「本当にささいなことですよ。なんというか……厄介ごとを未然に防いでおくというか」

「よく分かりませんわね」


 要領を得ない、といった風にクレア様は首をかくりとかしげた。

 たいへん可愛らしいです、はい。


「それにしても、どういう風の吹き回しですか? 私の私用についてくるなんて」


 今日の私の外出は、完全に私事である。

 クレア様がついてくると言ったのは、完全に私の予想外だった。


「……別に。特に意味はありませんわ。なんとなく外の風に当たりたかったんですのよ」


 そう言うと、クレア様はぷいっとそっぽを向いた。

 あれ?

 なんか機嫌が悪い?


「でも、クレア様、普段は暑いのは嫌だって、日の当たる場所嫌がるじゃないですか」


 日傘を差しても暑いものは暑い。

 まして人一倍我が儘なクレア様が何を好んでこの日差しの中に出かけようというのか。


「い・い・か・ら! あなたはさっさと用向きを済ませなさいな!」

「はあ……」


 よく分からないが、今日はなんとなくそんな気分だったということだろうか。

 クレア様は猫のように気まぐれなので、そんな日もあるのかもしれない。

 私としては、クレア様と一緒にいられる時間が増えるのは大歓迎なので、それ以上は深く考えずにこの時間を楽しもうと考え直した。


「それで、どこに行きますの?」

「もうつきますよ。……ここです」


 そう言って私が足を止めたのは、一軒の建物の前だった。


「トゥル商会……? 何か買い物ですの?」


 看板に書かれた屋号を読み、クレア様が尋ねてくる。


「いえ、そういう訳ではないのです。ここの主人に少し話がありまして」

「ふうん……? まあ、いいですわ。入るなら早く入りますわよ。ここは暑くて敵いませんわ」

「だから学院でお待ち頂ければ――」

「は・や・く!」

「はい」


 さっさと店の中に入ろうとするクレア様を追いかけ、私も店に入る。


「いらっしゃいま……せ!? こ、これはこれは、クレア様。このような場所にどのような御用向きで……?」


 クレア様の姿をみとめると、人の良さそうな老店主が慌てた様子を見せた。

 彼の名前はハンスさん。

 このトゥル商会を一人で切り盛りするやり手商人である。


 ハンスさんの狼狽も無理はない。

 トゥル商会は小さな商会ではないが、決して大きくもない。

 中小の貴族なら別だが、クレア様のような大貴族を迎えることは滅多にないはずだ。


「用があるのはわたくしではありませんわ。ほら、レイ。さっさと用事を済ませなさいな」


 店の隅にあった商談に使うであろうソファに腰を沈めると、クレア様はさして興味もなさそうにそう言った。

 何をするでもなく、店内に視線を巡らせている。


「こんにちは、ハンスさん」

「やあ、レイちゃん。びっくりしたよ。クレア様がご一緒なんて初めてじゃないか?」

「ええ。今日はなんだかそういう気分だったそうで」


 などとハンスさんと挨拶を交わす。

 相変わらず好々爺然とした雰囲気の人だ。

 しかし――。


「それでレイちゃん。今日はどんな儲け話を持ってきてくれたんだい?」


 そう言うと、ハンスさんの表情がそれまでの柔和なものから商人のそれに変わった。


 ハンスさんと私は、実は以前から交流がある。

 実は彼、ゲームではアイテムを売ってくれる商人キャラなのだ。

 今世ではブルーメ関連で色々とお世話をしたりして貰ったりする仲である。

 ブルーメの新作料理で必要な食材を調達して貰ったり、その見返りにブルーメの仕入れ先に一枚かませたりしてきた。

 そんな訳で、彼の中では私が店に来るイコール儲け話という図式が出来上がっているようである。


「申し訳ないんですが、今日はむしろ、儲け話を潰させて貰いに来ました」

「は?」


 ハンスさんがきょとんとした顔をする。

 私は続ける。


「多分ですけれど、ハンスさんの元にとある魔道具の噂が流れて来ていると思うんですよね」

「うん? なんのことだろう?」


 ハンスさんは首をかしげて見せた。

 ひとまずとぼけてみるのは、さすが商人と言ったところだろう。


「とぼけてもダメですよ。その魔道具の効果はこうでしょう。死者を蘇らせる……違いますか?」

「……まあ、レイちゃんを出し抜けるとは思ってなかったよ」


 魔道具の効果まで断定すると、ハンスさんは降参とばかりに両手を上げた。

 これまでにも私はゲームの知識を元にした儲け話を持ち込んでいるため、ハンスさんの中では私は予言者のような存在であるらしい。


「確かにそんな話を聞いてる。安い買い物じゃあないから、仕入れに行くかどうかはもう少し考えたい所だったけど」

「その魔道具、諦めて下さい」

「……理由を聞いても?」


 ぴくりと片方の眉を上げて、ハンスさんは聞いてきた。

 そりゃそうだろう。

 商人が理由もなしに儲け話を諦められるはずがない。


「その魔道具、ニセモノです」

「……どうして分かる?」

「私がその事実を知っている理由は話せません。ただ、この儲け話に乗ると、ハンスさんは大損します」

「……ふーむ」


 断定調で、しかし根拠を示さない私の言葉に、ハンスさんは考え込む様子を見せた。


 その魔道具は実は死者をアンデッドにする魔道具で、ハンスさんからこれを買い付けた下級貴族が使ってしまう。

 結果、貴族の娘が眠る墓地はアンデッドの巣となり貴族は激怒、ハンスさんはその貴族からの取引の全てを失ってしまうことになるのだ。

 ゲーム内のアンデッドハントの一環なのだが、そんな悲劇はない方がいいに決まっているので、フラグを折りに来たというのが今回の来店の理由である。


「これが他のヤツなら追い返すところだが、レイちゃんの場合は言うことが外れた試しがないからなあ……。だが……」

「もちろん、タダで諦めろとはいいません。別の儲け話があります」

「……そうこなくっちゃ」


 ハンスさんはにやりと笑った。


「近々、武器や防具の需要が大幅に拡大します。それも公に出来ない筋で」

「! 穏やかじゃないな。戦争でも始まるのかい?」


 ハンスさんが探るような目を向けてきた。


「戦争ではありませんが、それに近いものです」

「……根拠は教えて貰えないんだろうね?」

「ええ、信じる信じないはハンスさん次第です」


 そうは言ったが、私はハンスさんがこっちの話に乗る方に賭けていた。

 ハンスさんはしばらく考え込んでいた様子だったが、やがて大きくため息をつくと――。


「分かったよ。魔道具の件は諦める。だが、せめてこれだけ教えておくれよ」

「なんでしょう?」

「その公に出来ない筋の需要には、供給していいのかい?」


 ハンスさんの目が鋭くこちらを見ている。

 試されている。


「商人としては乗るべきでしょう。人としては……ハンスさんの政治的信条によります」

「……ふむ」


 ハンスさんの目をひたと見返しながら堪えると、ハンスさんは一応納得したような声を出した。


「いいだろう。どうにもきな臭いが、そういう機会に儲けるのが商人だからね」


 ハンスさんの表情が緩んだ。

 どうやらハンスさんのテストには一応合格を貰えたようだ。


「それにしても……レイちゃん、あんたは一体何者なんだい? 毎度毎度、まるで未来でも見えてるかのようなことを言う」

「以前にもお話しした通り、それについてはノーコメントです」

「そうなんだろうね。でも、気を付けるんだよ、レイちゃん。もし私が儲けるために手段を選ばない人間なら、迷わずあんたをさらって監禁する」


 ハンスさんはさらっと恐ろしいことを言った。


「私がデュアルキャスターであることはご存じだと思いますが」

「もちろん、私だけでどうこうしようとは思わんさ。それでも、人を雇うなり魔封じの魔道具を用意するなり、やりようはいくらでもある」


 それは確かにそうかもしれない。


「まあ、脅かすのはこれくらいにしておこうか。でも、忘れんでくれ。あんたにはそれくらいの価値がある。それは同時に、色んな災いを引き寄せやすいということだ」

「……肝に銘じて置きます」

「そうしておくれ」


 そう言うと、ハンスさんは私に微笑んで見せた。


「用事は終わりまして?」


 ハンスさんと私の話が一段落したのを見て取ったのか、クレア様が声を掛けてきた。


「ええ、ひとまず。ハンスさん、これで失礼しますね」

「ああ、また来ておくれ」

「クレア様、帰りましょう」

「ごきげんよう」


 クレア様の後に続いて、私は店を後にした。


「門限までまだだいぶありますわね。わたくしお腹がすきましたわ」

「寮に帰れば、私が何か作りますよ?」


 日傘を差し出しながら、私はクレア様の話に応えた。


「……鈍感」

「はい?」

「何でもありませんわ。はいはい、帰りましょう。帰ればいいんですのよね!」


 ふて腐れたように言って、クレア様はそのままつかつか歩き出してしまった。


「クレア様、お肌が焼けてしまいます」

「いいんですのよ、そんなこと!」

「よくありません。クレア様の珠のお肌にシミでも出来たらどうするんですか」


 慌てて追いついて傘を掲げると、クレア様は今度は唐突に立ち止まった。


「……そうしたら、わたくしのことを嫌いになるんですの?」

「ありえません」


 文脈もなにも分からない突然の問いだったが、私は即答した。

 いや、だってありえないし。


「そう……ふーん……」


 クレア様はなにやら複雑な顔をした。

 どうしたんだ、今日のクレア様は。


「クレア様、今日はなんか変じゃないですか?」

「誰のせいだと思ってますの!」

「えええ……」


 逆ギレである。

 いや、本当に意味が分からない。


「さっさと帰りますわよ! 帰ったらクリームブリュレを作りなさい!」

「はぁ……」


 表情を見る限り、ひとまず機嫌は直ったようである。

 理由は全く分からないが、まあ、クレア様のことだし。


「……でも、せっかくのお出かけでしたのに」

「何か仰いました?」

「レイのバカって言いましたのよ!」


 あかんべーをされた。

 訳は分からないが、クレア様は相変わらず可愛い。

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