第12話 王子様ゲーム~ロッドの場合~
午後の社交の時間、貴族の子弟たちがあふれる学院のロビーで、男性たちの一団がなにやら盛り上がっていた。
その中心にいるのは、ロッド=バウアー。
この国の第一王子である。
以前にも書いたが、その性格は一言で言えば俺様系。
折れず曲がらずひたすら前へ前へ。
私の苦手な人種でもある。
そんなロッド様の周りには人が絶えない。
平民や半端な貴族では恐れ多くて近づくことも出来ないが、上級貴族は少しでも縁故を繋ごうと誰もが必死である。
ただ、たくさんの女性に囲まれていることの多いユー様と違って、ロッド様は同性と一緒にいることが多いようだ。
異性とのロマンスよりも、まだ同性と悪ふざけをしていることの方が面白いお年頃らしい。
「おー、レイじゃないか。お前もこっち来いよ」
とはいえ、例外も存在する。
彼は自分が面白いと思った人間は、性別に関係なく近くに置きたがるのだ。
私は先の試験で興味を持たれてしまっている。
クレアさまのおつきでロビーへとやってきた私だが、今日は運悪く捕まってしまった。
「いえ。私にはクレア様のお世話がありますので」
「いいですわよ? せっかくロッド様に声をかけて頂いたのですから、いってらっしゃいな」
などと言うクレア様の本音は、あなたはどっか行って下さる、である。
レーネも苦笑している。
「いえ。私は常にクレア様のおそばに。どうですかこの忠誠心。なんかご褒美下さい」
「自分で言い出すことじゃないですわよね!?」
うん、クレア様は今日もツッコミが冴え渡っている。
「いいじゃねぇか、クレアも一緒で。今ちょっとチェスやってんだ」
「ロッド様が強すぎて、誰も相手にならなくてね」
同席している貴族とおぼしき青年がそう言った。
チェスか。
周りの貴族たちは接待対局をしている訳ではない。
ロッド様は本当に強いのだ。
幼い頃から軍の指揮をすることも視野に入れた教育を受けているため、チェスはその基本としてたたき込まれている。
「クレアはそこそこ強かったよな? どうだ、一局?」
「ご遠慮しますわ。ロッド様には敵いませんもの」
負けず嫌いのクレア様だが、そんな彼女が匙を投げるほどにロッド様は強い。
こう言うと、その強さが少しはお分かり頂けるのではないだろうか。
「レイはどうだ?」
「私は……まあ、たしなむ程度に」
「一局、遊ぼうぜ。興味がある」
「はあ、構いませんけど」
などという流れで、ロッド様とチェスをすることになった。
「……」
「チェックです」
「平民……あなた……」
クレア様がロッド様の前で蔑称を使ってしまっている辺り、動揺が伝わってくる。
周りの貴族たちもざわめいているようだった。
試合展開はほぼ一方的に私が押していた。
ロッド様のキングは先ほどから窮地に立たされている。
「……」
ロッド様はと言えば普段の余裕は消え失せ、真剣な顔で盤面を見つめている。
次のルークの動きいかんで、勝負は決まる。
「レイ……お前、強いな」
「それほどでも」
「謙遜はよせ。オレがここまで苦戦したのはユー以来だ」
当然だが、ユー様もチェスをたしなんでいる。
そして、ロッド様ほどではないが、とても強い。
「降参されますか?」
「ちょっとあなた! 不敬ですわよ!?」
クレア様が気色ばむ。
けど、私には分かっていた。
「いや、確かにお前は強いが……それでも、オレほどじゃあない」
そう言って、ロッド様はルークを動かした。
ロッド様のルークは彼のキングと私のキングのちょうど間あたり――チェックをかけていたクイーンを取るように動いた。
「チェックメイトだ」
分かっていた展開だが、一応、数手先を検証する。
ここでルークをビショップでとっても、その位置のビショップではナイトの餌食でさらに数手先でキングが取られる。
キングが逃げても、ルークがそのまま暴れてこちらの囲いはズタズタ。
やはり数手先でクイーンにプロモーションしたポーンに取られる。
詰んでいる。
「負けました」
「おおお!」
華麗な逆転劇にギャラリーが湧く。
ロッド様は満足げな笑みを浮かべていた。
「いや、本当にギリギリだったな」
「いえ。中盤からずっと、この読み筋で動いていらっしゃいましたよね?」
「なんだ、気づいてたのか」
「ええ。敗着は中盤でルークがビショップに取られた所かと」
「だな。あれはちょっとうかつだった」
などと感想戦をしていると、何人かの貴族の私を見る目が変わっていることに気づいた。
しまった。
調子に乗りすぎたかな?
「お前、強いな!」
「ロッド様を追い詰めるなんて、ユー様並みじゃね?」
「俺とも指そうぜ!」
危惧は杞憂に終わったようだが、なんだかよく分からない反応が返ってきた。
なんとなく、ここに集まってる青年たちは、ロッド様に似た匂いがする。
「まあ待て。これだけの一戦の後に連戦はきついだろ。今日はこれくらいにしといてやれよ」
珍しくロッド様が大人びた発言をした。
激戦を制して気分がいいということもあるのだろうが、こういう大局的で客観的なものの見方が出来るのは、ロッド様の天性の性質である。
「しかし、本当に強いな。平民でもチェスを指すことがあるのか?」
「いえ、自宅では一度も指したことはありません。ルール自体は知っていましたが」
「……なんだと?」
ロッド様の目が据わった。
私は嘘は言っていない。
レイとしての自宅にチェスボードなどなかったから、指す機会など一度も無かった。
もっとも、先に説明した通り、私の前世の趣味はゲームであり、ボードゲームの一種であるチェスもその例に漏れずかなりやりこんでいた。
さらに、今回ここまで善戦出来たのには訳がある。
RevolutionのミニゲームにもAIチェスがあり、私はそれもやりこんでいたのだ。
AIには何パターンかがあり、一番弱いセイン様AIから、一番強い裏ユー様までがある。
それぞれのAIには攻め方守り方に特徴があり、裏ユー様以外は、やりこんでいれば大体勝つことが出来る。
だから実は今回、私はロッド様に勝つことも出来た。
ただ、それをするとまたロッド様の私への好感度が上がってしまいそうなので、華を持たせて勝ちを譲ったのだ。
私の目的はクレア様を愛でることであって、俺様王子様を攻略することでは決してない。
余談だが、実はチェスが一番強いのは本気を出したユー様――通称、裏ユー様である。
ゲーム内ではロッド様に続く二番手に甘んじているユー様だが、本気を出せば一番強い。
ミニゲームの裏ユー様も、乙女ゲーのミニゲームとは思えない完成度で強いのだ。
「ほとんど初めてでその強さか?」
「いえ、指した経験自体はあります。別のところで」
「……?」
「さて、クレア様、そろそろお食事の時間です。ロッド様、失礼しますね」
そう言って席を辞そうとしたのだが、
「また指そうぜ。……今度こそ、本気でな?」
と、人の悪い笑みで言われてしまった。
あ、これ、手を抜いたのばれてるヤツだ。
「機会がありましたら」
私はあくまでとぼけ通してロビーを後にした。
「平民……あなた、本当に何者ですの?」
食堂に向かう道で、クレア様がそんなことを聞いてきた。
「何者って、クレア様のかわいい愛の奴隷ですよ?」
「またそうやって誤魔化す……。いいですわ。いずれその化けの皮を剥いでやりますわ」
「期待してます」
別に隠していることなんて何もないのだが、クレア様が私に興味を持ってくれるならそれに超したことはない。
そういう意味では、きっかけをくれたロッド様に感謝かな。
「ところで、さっきの忠誠心のご褒美は?」
「ありませんわよ!」
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