第6章23話 おいハオス! ここで決着をつけよう!

 格納庫へと向かう最中、俺はハオスを倒す方法をフユメに伝えておいた。

 戦闘指揮所から格納庫までの距離は約8キロ。準備のための時間はたっぷりあったのだ。


 艦内列車を乗り継ぎ格納庫までやってくると、俺たちは慎重に格納庫を覗き込む。

 シュトラール級巡洋艦が停泊する、ほとんど無人の広い空間には、マグマの糸とツタ、赤のレーザーが飛び交っていた。


「いました!」


「よし、助けるぞ!」


 艦長の言葉通りの光景。

 ハオスと戦うシェノとメイティの援軍として、俺たちは格納庫に飛び込んだ。


 飛び込んだと同時、氷柱魔法でハオスを攻撃だ。

 残念ながら全ての氷柱はツタに払われてしまったものの、ハオスへの牽制にはなっただろう。

 俺に気づいたハオスは、分かりやすく顔をしかめる。


「救世主!? ええい! もう絶望の淵から帰ってきたというのか!?」


 爆弾が炸裂したように怒りをあらわにするハオス。


 だが、彼には怒りを表明する暇もない。

 シェノのレーザーとメイティのマグマ魔法がハオスを狙ったのだ。

 これにハオスは即座に対応。強化されたツタを駆使し自らの身を守る。


 3人が戦っている間、俺は氷の壁を作り出した。


 氷の壁を遮蔽物としてグラットンに向かうのはフユメ。

 そんな彼女を見つけ、ハオスはさらに表情を歪ませていく。


「あの女……まだ生きていたのか!?」


「トドメを刺さないから、こういうことになるんです! あなたは自分の力に溺れ、墓穴を掘ったんですよ!」


「言ってくれる……!」


 強烈なフユメの説教に、いよいよハオスの怒りは頂点に達した。

 今度こそフユメを殺そうと、ハオスはフユメにツタ攻撃を仕掛ける。


 だが、ヤツの相手は俺たちだ。

 殺到するレーザーとマグマ、氷柱がハオスの動きを止め、フユメを救う。


「シェノさん、メイティちゃん、大丈夫ですか!?」


 グラットンの向かうフユメの呼びかけ。

 それに対する返答はいつもの通り。


「まだまだ余裕」


「……ソラト師匠、フユメ師匠、助けてくれて、ありがとう……」


 2人は苦戦していると聞いていたが、そうでもなさそうだ。

 多少は息が上がっているが、2人の戦意は高い。

 思わず俺は頬を緩めてしまった。


「なんだ、お前ら元気そうじゃないか」


「当たり前でしょ。あたしたちがあんなヤツに負けるわけない」


「……ハオス、怒りで、戦いに集中、できてない……だから、わたしたち、負けはしない……」


「ということは、俺が加われば勝ち確か」


 むしろ苦戦しているのはハオスの方。


 フユメはグラットンに到着したようだ。

 ハオスを倒すための準備は整った。

 俺は両腕を突き出し、シェノとメイティに言う。


「2人とも、援護頼んだぞ」


 うなずくシェノとメイティ。

 続けて俺は叫んだ。


「おいハオス! ここで決着をつけよう!」


 世界を救うための宣言。

 怒りに満ちたハオスは、俺の宣言に乗ってくれたようだ。

 彼は格納庫に大声を響かせる。


「良いだろう魔術師! ここでお前を殺し、魔王様の、俺の望みを叶えてみせる!」


「悪いな! 叶うのは俺の望みだ!」


 先手を取ったのは俺だ。

 とっさに打ち出した氷柱は、寸分の狂いもなくハオスの喉元へ。


 しかし、ハオスは一切の回避行動を見せず、片腕を振るだけ。その腕の動きに合わせ、禍々しいツタが氷柱を地面に叩き落とした。

 怯まず俺は氷柱魔法を連射するが、結局はひとつの攻撃も標的に当たらない。


 それで良い。ハオスを狙うのは、俺だけではないのだから。


 氷柱魔法への反撃として、ハオスが大樹のようなツタを振り上げたときである。ハオスを断続的なレーザーが襲った。

 振り上げたツタを盾としレーザーを遮ったハオスは、さらなる怒りを爆発させる。


「小賢しい!」


 怒りの矛先はシェノである。


 シェノは格納庫に放置された輸送機を盾に、隙あらば銃撃を加えているのだ。

 その攻撃は立派な牽制。的確な銃撃はハオスの攻撃を大いに抑制している。


 だからこそ、シェノに対するハオスの怒りは大きかった。

 先ほどまで俺を潰そうとした大樹のようなツタは、今度はシェノに襲いかかる。


 すかさず俺とメイティは魔法を放ち、ハオスの集中力を削いだ。

 おかげでツタはシェノを逸れ、シェノが身を隠していた輸送機がなぎ倒されただけで済む。


「シェノさん! 大丈夫ですか!?」


「あたしは平気。ただ、ちょっとイラっとしたかな」


 本音がだだ漏れだ。

 表情は変えず、シェノは武器を変えた。


 彼女が手にしたのは、輸送機に備え付けられていた機関銃。

 本来は装甲車や戦闘機を攻撃するための機関銃を、シェノはハオスめがけてぶっ放す。

 毎秒25発前後で撃ち出されるレーザーの束に、ハオスは完全に動きを封じられた。 


「魔法も使えぬ弱き人間が、なぜ俺を相手に戦えるのだ!?」


 ツタに隠れレーザーの束から身を守るハオスの怒り。

 ただ、機関銃にも限界はある。機関銃はオーバーヒートし、射撃が止まってしまったのだ。

 ここぞとばかりにハオスはツタを振り上げた。


「……やらせない……!」


 メイティの強い意志が、マグマ魔法となりハオスのツタを切り裂く。

 またしても攻撃を邪魔されたハオスは、歯ぎしりしながらメイティを睨みつけた。


「勇者の力を持ちながら、人一人も殺せぬお前が、魔王様の邪魔をするなど許さん!」


 そんな叫びと同時、ツタは冷気をまとう。

 冷気を纏ったツタは、明確な殺意を代理し振り下ろされた。

 マグマ魔法では、あの攻撃に対応できない。そのはずだった。


 どうやらメイティの思いはハオスの怒りや殺意よりも強かったらしい。

 振り下ろされた冷気を纏うツタを、メイティのマグマ魔法が切り裂いてしまったのだ。

 鈍い音を立て床に落ちたツタに、ハオスは放心状態。


「……あなたは、私たちには、勝てない……」


「なんだと!?」


「……破壊を望む力は、強い……でも、創造を望む力は、もっと強い……!」


 静かながらも力強いメイティの言葉。

 ついにハオスの目は充血し、彼は唾を飛ばした。


「ふざけたことを! お前らが世界の破壊を望むよう、絶望させてやろう!」


 やれるものならやってみろ。


 勇者メイティに怒りをぶつけたハオスに対し、俺は風魔法を使い突進した。

 ハオスとすれ違う瞬間、俺はナイフ魔法を発動する。

 もちろん、これはヘイトを集めるための攻撃。


 ナイフをツタで振り払ったハオスは、怒りの眼差しを俺に向けた。

 彼は数本のツタを足代わりに、俺のすぐ側までやってくる。


 グラットンの目の前までやってきたときだ。ツタと同化したハオスの左腕が、俺の体を縛りつけた。


「捕まえた!」


 恨みにまみれた醜いハオスの顔が、俺の目と鼻の先に。

 まあ、こいつの表情もすぐに変わるだろう。


「ニヤけてる場合か? 俺がお前を捕まえたんだぞ」


「何を言って――」


「ニミー! 今だ!」


 俺の合図を聞き、フユメがグラットンのハッチを開けた。


 ぴょんとジャンプしハッチから出てきたのは、ミードンを頭に乗せたニミーである。

 彼女は俺とハオスの間に立ち、無邪気に腕を伸ばした。


「いくよー! ピュー!」


 次の瞬間である。

 まばゆい光が俺とハオスを包み込んだ。


 そして、数秒もすれば、俺たちの視界からヴィクトルの格納庫は消えていた。

 代わって俺たちの視界に入り込んだのは、分厚い灰色の雲に覆われた、火山とマグマの川の景色である。


「こ、ここは……!」


「ファロウか。なかなか良いところに転移させてくれたな」


 以前に魔法修行をした地。メイティがはじめて魔法を覚えた、思い出深い惑星だ。

 転移先にここを選ぶとは、ニミーはお利口さんである。


「ここならお前を思う存分に吹き飛ばせる」


「待て……やめろ! やめてくれ!」


「さて、どの魔法で吹き飛ばしてやろうかな」


「こんなことはあり得ない! あり得ないんだ!」


 左腕とツタで俺を巻きつけながら、絶望に彩られるハオスの表情。

 知ったことか。他人に絶望を味わわせようとしたのだから、自分が絶望を味わう羽目になっても文句は言えないだろう。

 それよりも、今はどうハオスを始末するかである。


「この魔法、なんて名前だ? エネルギー生成装置暴走魔法? 長いけど、まあ良いか」


 帝國のタイムマシンを吹き飛ばした魔法だ。

 いくら魔族とはいえ、これならハオスも確実に葬り去れるはず。


 早速、俺は五感の記憶を呼び起こし、想像した。

 想像している最中、ツタが俺の体からほどけていった。


「ふざけるな!」


「おい、逃げるなよ」


 この後に及んで悪あがきをするものだ。

 ハオスを逃さぬため、彼のおかげで覚えたツタ魔法を使い、俺はハオスを縛りつけた。


 これで一安心。俺はようやくエネルギー生成装置暴走魔法を発動する。

 俺たちの周囲には、暴走するエネルギーの光がちらつきはじめた。

 自分の得意とする魔法に縛られ、死を目前にしたハオスは半ば発狂する。


「お、俺たちは、偽の神たちが作りし贋作! 哀れな出来損ないだ! 出来損ないの俺たちが救われる方法は、魔王様による贋作の破壊だけだ! 偽の神の使いなどに殺されてたまるか! 贋作などに、殺されてたまるか!」


 大声が俺の鼓膜にダメージを与えてくる。正直、うるさい。


「はいはい。で、最期の言葉は?」


「魔王様が贋作を破壊し尽くすのだ! 俺は、そのときまで――」


 残念なことに、ハオスの最期の言葉は途切れてしまう。

 エネルギー生成装置暴走魔法による、俺たちの体は放出されたエネルギーに吹き飛ばされてしまったのだ。

 それこそ、俺たちは姿形も残らずにあの世へ吹き飛んだのだ。


 ただ、ハオスとは違い、俺は再び目を覚ます。


「ソラトさん、終わりましたか?」


 首をかしげたフユメの質問。

 俺は体を起こし、喜びとともに口を開いた。


「ああ、終わったよ。ハオスは消え失せた」


 間違いない。ハオスはファロウの地で、綺麗さっぱり消え失せた。

 魔王の側近として『ステラー』を混乱に陥れようとした魔族は、この世を去った。

 大勢の人間を殺害した元凶の一端は、俺たちが始末したのだ。


 そんな俺の報告に、ニミーやシェノ、メイティ、使い魔は胸をなでおろす。


「おお~! やっぱり、ソラトおにいちゃんはすごーい!」


「ま、当然の結果だと思うけどね」


「……これで、悲しむ人、たくさん減った……」


「まお~」


 それぞれの感想をそれぞれに口にするニミー、シェノ、メイティ、使い魔。

 対してフユメは、小さく笑うだけだ。


「どうした?」


 思わず俺はフユメに聞いてしまう。

 彼女の小さな笑いは、一体何に対するものなのか。

 フユメは素直に答えた。


「いえ、ソラトさんが最初、真の英雄になるだとか言い出したとき、正直バカなんじゃないかと思っていたんです。でも、ソラトさんは本当に真の英雄になろうとしています。それがなんだか、すごいなと思って」


「おいおい、ちょっとバカにしてないか?」


「ちょっとだけです」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたフユメに、俺も自然と笑みがこぼれる。


 ようやく、俺たちはここまで来たのだ。

 バカみたいな毎日を過ごしながら、なんやかんやと、俺たちはここまで来たのだ。


 ボルトアも帝國軍兵士たちも救い出し、ハオスを打ち倒した。

 そう、俺たちは『ステラー』を魔王から救い、バカみたいな言葉を実現させたのである。

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