第6章12話 ハオスをぶっ飛ばしてやりましょう!

 前方スラスターを全開にし、急減速するグラットン。

 次いでグラットンが手荒く地上・・に降りると、俺たちはグラットンの外に飛び出した。


 俺たちが立つ場所は、ヴィクトルの格納庫である。

 格納庫で俺たちを待ち構えていたのは、銃口をこちらに向ける帝國軍兵士たちであった。


「ソラトさん」


「ああ、分かってる。頼んだ」


 帝國軍兵士たちと戦うためにヴィクトルに乗り込んだわけではない。

 銃口を恐れず、フユメは一歩を踏み出した。


「帝國軍人の皆さん! 皆さんからすれば、私たちは人類の裏切り者、打倒すべき敵かもしれません! でも、今は同じ敵を共有する者同士です! お願いします! 今だけは銃を降ろしてください!」


 彼らもカーラックの演説は聞いていたはずだ。真の敵がどこにいるのか、自分たちが何をするべきなのか、彼らも知っているはずだ。


 それでも、フユメの言葉は状況を変えられなかった。相も変わらず、帝國軍兵士たちは死人のような顔して、俺たちに銃口を向けるのである。

 どうにか彼らを説得できないかと、今度は俺が一歩を踏み出した。


「ハオスは俺が片付ける! お前らは――」


 そこまでで、俺の言葉は途切れる。

 深い諦めの沼に沈んだかのような帝國軍兵士の言葉が、俺の言葉を遮ったのだ。


「我々は銃を降ろすことはできない」


 ひどく単純なセリフ。

 けれども、ひどく複雑な声音。

 人の心を読むメイティは、帝國軍兵士たちを気遣うかのような表情をしていた。


 これは訳ありだと、俺の直感が叫んでいる。

 と同時に、格納庫にハオスの声が響き渡った。


《歓迎するぞ救世主! さあ、俺のところまで来い! 愚かな人間どもを殺し尽くし、我ら魔族の精強さを知り、絶望しろ! それが、俺のもとに降るための条件だ!》


 何やらおぞましいことを言っているが、ハオスの言葉は無視して構わないだろう。


 無視できないのは、ハオスの言葉とともに魔物が現れたことだ。

 オークにミノタウロス、ガーゴイル、コボルドの群れ。今の俺たちからすれば、瞬殺も可能な相手である。

 そんなヤツらの登場を無視できないのは、ヤツらの登場に呼応した帝國軍兵士のセリフが理由だ。


「我々の意思など、ここにはない。もし我々に銃を降ろさせたいのであれば、奴らに直談判してくれ」


 そう言う帝國軍兵士の瞳には、魔物たちへの敵愾心が浮かんでいる。

 この時点で、俺たちは帝國軍兵士たちの立場を理解した。

 拳銃を魔物に向けたシェノは、ぶっきら棒に言う。


「なるほど。こいつら、魔物に脅されてるみたいだよ」


「……この人たち、私たちに、殺意、向けてない……魔物を倒せば、きっと……」


「そうかよ」


 シェノに加えて、メイティの状況分析が俺の脳に届いた。

 そして、俺の脳は決断する。


「じゃ、やることはひとつだけだ」


 俺は帝國軍兵士たちに背を向け、仲間たちに伝えた。


「メイティ、シェノ、魔物どもを駆除しろ! 1人の帝國軍人も死なせるな!」


「はいはい」


「……うん……!」


「それと、どうにも嫌な予感がする。助けた帝國軍人は、ニミーの転移魔法で安全なところに連れていってくれ」


「分かった。ニミーにはあたしから言っておく」


 これで帝國軍兵士たちの救出と魔物たちの排除は大丈夫だろう。

 勇者、悪魔、天使が力を合わせるのだ。彼女らに負けはない。

 残るはハオスの処理だ。


「フユメ、俺たちはこいつらに背中を任せて、ハオスを倒しに向かうぞ」


「はい! 今日こそ、ハオスをぶっ飛ばしてやりましょう!」


 胸の前で拳を握ったフユメの、力強い返事。

 彼女の珍しいセリフに、思わず俺は目を丸くし、そして笑ってしまう。


 ハオスの打倒を手伝ってくれるのは、フユメだけではないようだ。

 俺の肩で、使い魔が羽をぱたつかせている。


「まお~」


「使い魔も手伝ってくれるのか?」


「まお~!」


「頼もしいな。よし、行くぞ!」


 やるべきことは決まった。ここからは行動あるのみ。


 帝國軍兵士たちと魔物はメイティたちに任せ、俺とフユメは走った。

 土魔法と氷魔法を使い、魔物たちの横をすり抜け、格納庫から廊下へ。

 飾り気のない暗い廊下はどこまでも続き、俺たちはどこまでも走り続ける。


 道中、帝國軍兵士が襲ってくるようなことはない。魔物もいない。俺たちはただ、走り続けるだけだ。

 格納庫から聞こえてくる轟音も聞こえなくなってきた頃、俺たちはふと思う。


――ハオス、どこにいるんだ?


 目的地も分からぬまま、俺たちは走っていたのだ。

 それどころか、俺たちはヴィクトルの内部構造など知らない。

 もしかするとだが、俺たちはヴィクトル艦内で遭難しているのかもしれない。


 全長16キロの巨大艦を、直感だけを頼りに走り続ける。

 結果、とある光景が飛び込んできた。


「あ! 帝國軍の兵士が魔物と戦っています」


「全員が全員、魔物に屈してるわけでもないのか」


 壮大な吹き抜けが特徴的な駅のような空間に、レーザーと魔物が飛び交っている。

 必死の形相で銃を撃つ帝國軍兵士たちと、空から突撃を繰り出すガーゴイルの熾烈な争いの光景だ。

 これだけ大きな軍艦には、多くの兵士がいることだろう。その全員が、ハオスの恐怖に支配されているわけではないのである。


 俺は腕を伸ばし、マグマ魔法を発動した。

 煮えたぎったマグマは網目状に空間を覆い尽くし、突撃するガーゴイルの行く手を遮る。

 網目状のマグマに突撃したガーゴイルは、サイコロステーキとなり床にばら撒かれた。


 魔物を排除した俺は、兵士たちのもとへ。


「大丈夫か?」


「お前は……魔術師!?」


「クソ、裏切り者に命を救われるとは……」


 命の恩人に対する言葉と視線ではない。

 これには俺もイラッとしてしまうが、今は怒りを抑えよう。


「ハオスはどこにいる?」


 その質問に、帝國軍兵士たちの表情が厳しくなった。

 裏切り者・・・・と敵を共有するのが、彼らにとっては不満なようだ。

 しかし、裏切りの内容的には俺よりも遥かに悪質なハオスを、彼らは許しはしない。


「あの大逆人なら、戦闘指揮所か艦橋にいるはずだ」


 少しだけ曖昧さの残る答え。

 今の俺にはそれだけの情報で十分だ。


「たぶん艦橋だな。ああいう悪役は、暗い部屋よりも見晴らしの良い場所を好む」


「そんな性格診断みたいな方法で行き先を決めるんですか!?」


「まあ、俺を信じろって」


 胸を張る俺に対し、心配そうなフユメは諦めたように小さくため息をつくだけ。

 同じくため息をついた帝國軍兵士たちは、不快そうに言い放つ。


「艦橋ならこのルートが最短距離だ」


 そう言った帝國軍兵士の1人は、ヴィクトルの地図が映し出された端末を俺に投げつけた。 

 あとは任せた、などと彼は言わない。

 兵士の1人は俺を睨みつけ、帝國軍人らしく尊大な態度を示す。


「救世主、貴様に大逆人の処罰を任せるのは癪だが、貴様が人間であるのが唯一の救いだ。この際、帝國の一員にならないか? カーラック提督も歓迎するだろう」


「お断りだ。俺は自由でいたいんでな」


 即答である。

 帝國軍兵士たちが青筋を立てているのも気にせず、俺とフユメは先を急いだ。


 ヴィクトルは超がつくほどの巨大艦だ。艦橋までの移動は、艦内列車とエレベーターを利用する必要がある。

 近場から艦内列車に乗り込み、俺たちは艦橋の付け根へと向かった。


 艦内列車には窓が存在せず、代わりに惑星アースの景色を映したモニターが備え付けられている。

 緑豊かな森、その向こうにそびえる雄大な山脈の映像。

 宇宙に放り出された流浪の帝國が望む景色の映像を眺め、俺たちは目的地への到着を待つ。


 まるで街を移動するかのような艦内列車が目的地に到着すると、そこはもう艦橋の根元だ。

 艦橋の根元からはエレベーターに乗り込み、上へ。


 エレベーターのパネルに表示された数字が止まると、扉がゆっくり開いた。

 扉の向こう側に広がるのは、レーダー類やモニター類、帝國軍の航海士たちが並ぶ、ヴィクトルの操舵室。


「ここです! ヴィクトルの艦橋です!」


 フユメの言う通り、俺たちは艦橋にやってきたのだ。

 そして俺の言う通り、艦橋にはあの男が立っていたのだ。


「早かったではないか、救世主」


 行き交うレーザーと無人機、こちらへ攻撃を仕掛けるションリを眺めた、白のマントをひるがえすハオスの言葉。

 打倒すべき男、『ステラー』に潜む魔王の影が、俺たちの前にいるのだ。

 見晴らしの良い場所で、ハオスは何もかもを見下していたのだ。


「ほらな、言った通りハオスは艦橋にいただろ」


「魔族の思考って、意外と単純なんでしょうか……」


 驚きと少しの呆れを隠すことなく、フユメはハオスを凝視していた。

 一方のハオスは、おもむろに振り返り、やはり俺たちを見下す。


「困ったものだ。愚劣なる救世主、お前は大勢の人間を殺さなければならないのだぞ。お前は、帝國の醜い感情を刺激し、この戦争を世界の破滅の引き金としなければならないのだぞ」


「あっそう。悪かったな、俺が魔王の救世主になってやれなくて」


「謝る必要はない。最初からお前には期待などしていない」


 それはありがたいことだ。ハオスに期待されるなど御免である。

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