第6章11話 あたしはあたしの戦い方でやるから

 俺が帝國軍人であれば、きっとカーラックの演説に感動していたはずだ。

 世界の端に追いやられた者たちに、ようやく日の目を見るときがきたのだ。

 もはやハオスに従う帝國軍人などいない。


「帝國の巡洋艦がヴィクトルに砲を向けてるよ」


「真実を知った帝國軍の兵士たちが、ハオスを見限ったみたいですね」


「たまにはカーラックも活躍するもんだ」


 ションリを中心とする三個艦隊、ヴィクトルの周囲に展開する二個艦隊。その全てが、ハオスの乗るヴィクトルに砲を向けた。

 皇帝ハオスの威光は、早くも地に落ちたのである。


 いよいよハオスとの対決のとき。その前に、グラットンの無線機が女将校の言葉を伝えた。


《魔術師クラサカ=ソラト、聞こえているか?》


 口調だけでも上から目線の嫌な声。

 対して俺は、面倒なのでテキトーに答える。


「ようカーラック提督・・。野望が叶うまでもう少しだな」


《それについては、礼を言おう。貴様がハオスの化けの皮をはがしたからこそ、今のこの状況があるのだから》


 やけに素直なカーラックである。

 正直、カーラックの野望を手伝ってしまったことは、あまり嬉しくない。

 とはいえ、今回ばかりはカーラックに助けられた。


「こっちからも礼を言わせてくれ。カーラック提督のおかげで、俺の皇帝殺しの容疑も完全に晴れたからな」


《フン、貴様の容疑を晴らそうと思ったわけではない》


「あっそ。ところで、よく皇帝殺しの現場を写した映像なんかあったな」


《サウスキアに放置されていたデイロンの残骸に、映像記録データが残されていたのだ》


「へ~、最後の最後にデイロンが役に立つとは」


 散々に俺たちを苦しめた存在に救われる。

 それはそれで胸糞が悪いものだ。

 やはりデイロンのことは、さっさと忘れてしまおう。


 これからはハオスを倒さなければならない。今はそちらが最優先だ。


「ま、これからは味方としてよろしく頼むぞ」


《魔術師クラサカ=ソラト、勘違いするなよ。私がいつ、貴様の味方になったというのだ? 大逆人もろとも、ここで我ら帝國の最大の敵となりうる貴様を葬り去ってやろう!》


「は!? ちょっと待て! おい!」


 聞き捨てならぬセリフが聞こえたが、カーラックからの通信は切れてしまった。

 続けて、操縦席のシェノがぶっきらぼうに言い放つ。


「帝國の無人機が撃ってきた。全力で逃げるよ」


「あの女将校……!」


 大量の帝國の無人戦闘機は、俺たちの行く手を遮るようにレーザーを撃ってくる。


 結局、カーラックは俺たちの敵ということだ。

 まったく、どこまでも面倒なヤツである。

 幸いだったのは、カーラックら帝國軍に、俺たちを狙う余裕などなかったことであろう。


「見てください。ヴィクトルが帝國の巡洋艦を攻撃しています」


「ついに仲間割れか」


 はじめから、ハオスは帝國を道具としてしか見ていない。

 ゆえに、彼は自分に逆らう道具を排除するのに躊躇しない。


 この銀河で最大規模を誇る巡洋戦艦ヴィクトルの攻撃によって、早くも数隻の巡洋艦が宇宙の塵と化した。


 もちろん、カーラックたちも負けていない。

 ヴィクトルと同型艦のションリは、大逆人に容赦なくレーザーを浴びせるのだ。

 最強の軍艦同士の戦いは、熾烈を極める。


「これって、チャンスじゃないか?」


「はい。シェノさん、ヴィクトルに乗り込む準備はできていますか?」


「当然でしょ」


「おお~! おっきな『おふね』にとつげきだ~!」


「まお~!」


 俺たちの目的地はすでに決まっている。

 あとは、いかにして無人戦闘機の群れを突破し、ヴィクトルに強制着陸するかだ。


 ここで俺たちに救いの手を差し伸べたのは、ドレッドであった。


《こちらヤーウッド、殿下の命に従い、君たちを全力で援護する。無人機20機をグラットンの子機として使ってくれ》


「どうも」


 簡単な感謝の言葉を口にするシェノ。

 窓の外に目をやれば、サウスキアの無人機たちが、ぴったりとグラットンの側を飛んでいるのが見える。


 あの無人機たちは、すでにグラットンのメインコンピューターにリンクしていた。

 つまり、シェノの武器が20も増えたということ。


 無線機からは、ドレッドに続きヒュージーンの言葉が聞こえてくる。


《シェノ=ハルよ。無人機を相手に戦うならば、味方の無人機を利用し自らを脅威でないと、敵のAIに誤認させるのだ》


「簡単に言ってくれるけどさ、それって難しいと思うんだけど」


《だがシェノ=ハル、君ならできるだろう》


「まあね。ただ、あたしはあたしの戦い方でやるから」


 せっかくの元同盟軍パイロットのアドバイスも、シェノには届かなかった。


 無人機たちにグラットンを守らせ、ヴィクトルに針路を向けるシェノ。

 当然、帝國の無人戦闘機たちの狙いはグラットンに集中する。


「来るぞ」


 凶悪な鳥の群れへの突撃に、俺は思わず言葉を震わせてしまう。

 フユメも副操縦席に座ったまま、両手で目を覆った。

 メイティは表情を変えず、ニミーは目を輝かせている。


 グラットンの操縦桿を握るシェノは、俺たちの恐怖心などお構いなし。


 正面から叩きつける青のレーザーの束は、グラットンのシールドを傷つけた。

 これだけの数のレーザーに当たってしまえば、普通の輸送船なら墜落は必至である。

 それでもグラットンが墜ちないのは、無人機たちが盾になってくれているからだ。


「味方の無人機が次々に墜とされています!」


「大丈夫。無人機なんて消耗品だから」


 引きつったフユメの報告も、シェノにとっては気にすることではないらしい。


 レーザーに撃たれた無人機たちは四散し、大小さまざまな部品を散らす。

 それらを振り払い、グラットンはひたすらに前へと進んでいった。


「あと少しだ!」


 敵無人機の切れ目が見えてきた。

 相も変わらず降り注ぐレーザーの数は凄まじいが、ゴールは近い。


 残った随伴無人機はわずかに5機。

 その5機すらも、敵の放ったレーザーとグラットンの間に滑り込み、炎に包まれてしまう。


 最後の1機が部品をばら撒いたときだった。

 先ほどまで前方に群れていた敵無人機たちは、全てがグラットンの背後へと飛び抜ける。


「突破しましたよ! あとは格納庫に強行着陸するだけです!」


「さすがシェノ!」


 20機の随伴無人機を犠牲にして、シェノは帝國軍の無人機の防衛網を突破したのだ。

 これには俺もフユメも表情を明るくする。


 裏腹に、無線機からは嘆息が漏れ出していた。


《まるでマレク中佐のような飛び方を……》


《シェパードのヒュージーンをうならせるとは、これでシェノ君も凄腕パイロットの一員だな》


 戦場の住人たちからのお墨付き。

 これにシェノは堂々と胸を張り、グラットンは突撃を続ける。


「よし! 突っ込め!」


「まお~!」


 ヴィクトルの格納庫入り口まで、あと少し。

 帝國艦隊からの攻撃と、ヴィクトルからの攻撃に挟まれながら、しかしシェノは恐れない。

 恐怖も慎重さも置き去りにして、グラットンは目的地へ一直線だ。

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