第6章9話 帝國は正気を失ったのか?

 気づけば俺たちは、グラットンの操縦室に立っていた。

 ニミーの転移魔法により、俺たちは我が家・・・に帰ってきたのである。


 グラットン到着と同時にシェノは操縦席へ、フユメは副操縦席へ、俺とメイティ、ニミーは操縦席の後ろへ。

 操縦席に座ったシェノは早速エンジンを起動、細かな振動と鋭利なエンジン音が俺たちを包み込む。


「管制塔、こちらグラットン。出撃したいからハッチを開けて」


 随分といい加減なシェノの注文。

 これに管制塔は、間を置くことなく答えた。


《了解した。少し待て》


 機械的な返答と、開きはじめる格納庫のハッチ。

 格納庫には太陽の光が差し込み、誘導灯が輝き、誘導員であるドロイドがグラットンの前に立つ。

 ハッチが開ききると、再び管制塔からの声が操縦室に届いた。


《グラットン、出撃を許可――》


 管制塔からの言葉は、グラットンのエンジン音にかき消されてしまう。

 まだ管制塔からの言葉が続いているというに、シェノはスロットルを全開にしたのだ。


 急加速したグラットンは、あっという間に格納庫を飛び出し、大空へと舞う。


 窓の外を見れば、銀河連合本部も川に浸かる巡洋艦も、模型のように小さい。超高層ビル群すら、俺たちの足よりも下に広がっているのだ。

 数十秒もすれば、俺たちは中心街を守るシールドの外側にいる。


 大空を舞うのはグラットンだけではない。

 ボルトアの同盟軍基地から出撃した数隻の駆逐艦が、ボルトアの街を背景に、グラットンと同じく艦首を宇宙に向けているのである。


「同盟軍の艦隊も上がってきたな」


「ヤーウッドもいますよ」


 同じ形をした大勢の駆逐艦の中で、一際目立つ軍艦がいた。

 乱雑な艦影をしたその軍艦がヤーウッドであるのは間違いない。

 魔王の使者ハオスによる破壊を食い止めるため、すぐにでも戦える軍艦の全てが飛び立ったのだ。


 彼らを指揮するのは、地上から戦場を見渡すグロック。


《こちら作戦司令室。戦闘区域を飛ぶ全艦に次ぐ。援軍の到着までは、敵艦隊の側面に位置するよう行動せよ》


 グロックの指示に従い、駆逐艦たちは作戦行動を開始する。


 さて、同盟軍に属さない俺たちに指示を出したのは、サウスキア王国近衛艦隊だ。


《こちらヤーウッド艦長のドレッドだ。グラットン、聞こえるか?》


 鋭く磨かれた老兵の声が無線機から鳴り響く。

 シェノはざっくばらんに返答した。


「聞こえるよ。どうかした?」


《敵巡洋戦艦ヴィクトルにハオスが乗っていることが確認された。さて、この情報を聞いた魔術師たちは、ヴィクトルに乗り込むつもりかね?》


 不思議なことを言うものだ。

 そこは、ヴィクトルに乗り込めと命令するところではないだろうか。

 なんにせよ、俺の答えは決まりきっている。


「乗り込むしかないですよ。ハオスをぶっ倒して、『ステラー』を魔の手から守らないといけないんですから」


「はい、ソラトさんの言う通りです」


「……みんなの命、誰にも、奪わせない……」


「まお~」 


 俺もフユメも、メイティも使い魔も、考えていることは同じ。

 ミードンを抱きしめるニミーも、グラットンをヴィクトルに向かわせるシェノも、その思いは俺たちと同じはず。

 とにもかくにもハオスをぶっ飛ばし、大勢の命を救う。それが俺たちの目的だ。


《まったく、君たちの大胆さには驚かされてばかりだ。しかし、私は君たちを信じよう。君たちがハオスを倒すことを信じ、私は君たちがヴィクトルに乗り込むのを援護しよう》


 そう言うドレッドが、ヤーウッドの戦闘指揮所で苦笑いを浮かべている姿が容易に想像できる。

 これから俺たちは、帝國の人々の命までをも救い、ハオスを倒すという無謀な作戦に打って出なくてはならないのだ。

 この無謀な作戦に、百戦錬磨の老兵が苦笑いを浮かべぬはずがないのだ。


 とはいえ、ドレッドとヤーウッドの援護は非常に助かる。

 ついでに俺は、率直な質問をドレッドに投げかけた。


「で、どうやって乗り込めば良いですかね?」


 実のところ、作戦の詳細は決まっていない。

 そんな俺の質問に、ドレッドはやや考えてから口を開く。


《敵艦隊は艦首を地上に向けたまま動く気配がない。この状態ならば、ヴィクトルの背面に回り込み、敵の防空網に針を刺すよう突撃すれば良いだろう。だが、どうにも敵の考えが読めないのが不気味だ。帝國は一体――》


 ドレッドが不穏な空気に思考を巡らせた瞬間であった。

 ボルトアの中心街を守るシールドに、巨大な爆炎が浮かんだのである。

 爆炎と同時に発生した衝撃波はグラットンを揺らし、俺は目を見開いた。


「うわ! なんだなんだ!?」


 波打つシールドと、空に消えていく炎、立ち上る黒煙。

 あの光景には見覚えがある。


《敵の巡洋艦が1隻、急加速してシールドに体当たりした。おそらくハイパーウェイ用の燃料を機関に流し込んだのだろう。シールドの耐久値は残り70パーセントだ》


 やはり、というべきか。

 まさかあの光景をもう一度目にするとは思わなかった。


 だがそれ以上に驚いたのは、再びシールドに爆炎が浮かび上がったことである。

 衝撃波に揺れるグラットン内で、俺は思わず声を引きつらせてしまう。


「また爆発!?」


「もしかして、今のも……」


 驚きを通り越し、恐怖すらも瞳に滲ませるフユメ。

 彼女の予想が正しいことを示したのは、グロックからの報告であった。


《もう1隻の敵巡洋艦がシールドに激突。先ほどと同じ攻撃方法だ。シールドの耐久値は残り57パーセント》


 さすがのグロックですら、その声にわずかな戸惑いが混じる。


 帝國軍の巡洋艦によるシールドへの体当たりは、偶発的なものでなく、故意によるものだ。

 彼らは自らの命を投げ捨て、怒りと憎しみをボルトアにぶつけているのだ。


《いくらボルトアのシールドでも、あと数隻の体当たりで完全に破壊されるぞ》


《信じられない。帝國は正気を失ったのか?》


《帝國め、そこまで我々が憎いか》


 理解の範疇を超えた狂気の沙汰を目にして、同盟軍兵士たちは一様に当惑していた。

 人間の感情を理解しきれぬ彼らが、帝國の行いを理解する日は来ないだろう。


 同じ人間である俺ですら、帝國の捨て身の攻撃は理解ができない。

 彼らは何を望んで、そこまでするのだろうか。


 同盟軍全体を、重い沈黙が包み込む。

 そんな中、余裕に満ちた低い声が無線機に響いた。


《この手の敵に遭遇するのは久々であるな》


 それは同盟軍でもなく、サウスキア王国近衛艦隊でもない人物の言葉だ。

 それは最も俺たちに近い存在、ならず者の長の言葉だ。


《その声は……ヒュージーン!? なぜ君が!?》


《私がヤーウッドに乗せたのだ》


 声を張り上げたグロックに対し、ドレッドの短い答えが返される。

 おそらくヒュージーンは、ドレッドの招きでヤーウッドに乗っているのだろう。

 ならず者が戦場に紛れ込んだ。これにグロックはため息をつく。


《ヒュージーン、君はなぜ余裕そうにしているのだ?》


《30年前の戦争で戦ったマレク中佐と比べれば、この程度はまだ序の口であると思ってな》


《あれはイレギュラーな存在だ。比べること自体が間違っている》


《それもそうか》


 ヒュージーンはおかしそうに笑った。

 俺たちの知らない、彼らの過去。


 なんとも興味深い話だが、残念ながら今の戦場に必要な話ではない。

 気を取り直したグロックは、ヒュージーンを無視し同盟軍に命令を下す。


《全艦、敵艦隊とシールドの合間に弾幕を張れ。光速で移動する敵巡洋艦に1発でも攻撃が当たれば、敵巡洋艦はシールド到着前に砕け散るだろう》


 その指示に従い、全ての駆逐艦が高度を上げるのを中断し、大砲を動かした。

 砲の先にあるのは、何もない空間。


 これは何かを狙い落とすための砲撃ではない。これは帝國の狂気を網にかけるための砲撃である。

 全ての駆逐艦が艦砲射撃を開始した。

 優に百を超える緑のレーザーは、ボルトアの中心街上空を横切り、二枚目のシールド・・・・・・・・を作り上げる。


 もちろん、帝國も反撃に出た。


「無人戦闘機が来たよ」


「また随分とワラワラ来たな」


「まお~」


 レーダーは赤い表示に支配されている。

 窓の外に目を向ければ、見なかったことにしておきたいほどの無人戦闘機の群れが見えた。

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