第6章8話 あれが魔術師の戦いか……凄まじいな……

 兵士たちは広場から退き、防御態勢をとった。


 メイティは俺の存在に気づいたのか、俺のすぐ近くまでやってくる。

 ちょうどいい。今回はメイティの助けが必要不可欠だ。


「メイティ! 氷魔法で魔物たちを凍らせてやれ!」


 ぺこりとうなずいたメイティ。

 彼女はすぐさま両腕を突き出し、大規模な氷魔法を放った。


 広場は鋭く冷えた氷に覆われ、魔物たちの脚にも氷が這い上がる。

 魔物たちの動きは鈍り、ヤツらの意識は地面に向けられた。


 肌寒さに鳥肌を立て、白い息を吐く俺は、両腕を勢いよく突き出し叫ぶ。


「よし、覚悟しろ魔物ども!」


 同時に俺が発動したのは、艦砲射撃魔法。


 巡洋艦と地面の合間に現れた何百もの緑のレーザーは、豪雨のごとく魔物たちに降り注ぐ。

 強力なレーザーの雨に降られ、魔物たちは瞬時に肉体を失い、広場は耕された。

 轟音と炎、煙に包まれた広場を眺め、兵士たちは銃を構えることすら忘れる。


「魔物たちが一瞬で……」


「あれが魔術師の戦いか……凄まじいな……」


 魔物たちに埋め尽くされ、コンサート会場の様相を呈していた広場には、もう何もない。

 わずか数秒のうち、魔物たちは影も形もなくしてしまった。

 俺の艦砲射撃魔法によって、魔物たちは完全に駆除されたのだ。


「やりすぎじゃない?」


 そう言ったのはシェノである。

 これには同意しよう。艦砲射撃魔法は魔物だけでなく、広場をも破壊し、周囲に立つ建物の表面すらも吹き飛ばしているのだから。

 広場を覆う煙が去れば、俺たちの前には壮大なクレーターができているはずだ。


 けれども、俺は攻撃の手を緩めない。


「魔物相手ならやりすぎかもしれないが、巡洋艦相手ならこのぐらいしないとな」


 すぐに俺は艦砲射撃魔法の標的を巡洋艦に定めた。


 直後、青空から緑のレーザーの束が降り、巡洋艦のシールドを叩きつける。


 数百の艦砲レーザーを受ければ、シールドも長持ちしない。

 巡洋艦のシールドは程なくして崩壊、巡洋艦の本体にいくつもの爆炎が浮かんだ。

 中でも、巡洋艦の艦尾から上がった炎は強烈であった。


《帝國軍巡洋艦の機関部破壊を確認》


 無線機からの報告に、俺は内心でガッツポーズ。

 機関部が破壊された巡洋艦は、重力装置の機能までも停止させたのだろう。巨大な戦闘艦はゆっくりと地上に近づいていく。


 巡洋艦の撃墜・・に喜んだのは俺だ。一方のフユメは、慌てた様子で俺に詰め寄った。


「ソラトさん! 巡洋艦が街に墜ちたらとか、考えなかったんですか!?」


「……このままだと、ボルトアの街、大変なことに、なる……」


 フユメの尖った口調による指摘。妙に落ち着いたメイティの悲惨な未来予想図。

 しかし俺は堂々と答えた。


「だ、大丈夫だ! お、おお、俺とメイティが、ままま、魔術師が2人もいるんだぞ! なんとかなるさ!」


「何も考えてなかったんですね!」


 残念ながらフユメのツッコミの通りだ。

 どうしよう、このままだと全長1600メートルの巡洋艦がボルトアの中心街に墜落、地獄絵図が作られてしまう。

 民間人は避難を済ませているが、損害賠償を請求された場合、俺の人生はそこで終わりだ。


 そんな俺に救いの手を差し伸べたのは、頼れる愛弟子メイティである。


「……ソラト師匠、あれ……」


「あれ? どれだ?」


「……近くに、川が、ある……」


「川? ああ、なるほど」


 中心街と銀河連合本部の間に流れる大河を見て、メイティの言いたいことが理解できた。

 そして、これから俺がやるべきことも自ずと決定した。


「風魔法で巡洋艦を川に墜落させる。メイティも手伝ってくれるよな」


「……うん……!」


 力強くうなずいたメイティとともに、俺は大空に両腕を掲げた。


 そうして発動した風魔法。

 風速100キロを超える竜巻並みの暴風が、地上へと墜ちる巡洋艦に吹き付ける。

 暴風に吹き付けられた巡洋艦は、巨人に押されたかのごとく川の方向へと動き出した。


「もっと強い風を吹かせろ!」


 想像力をさらに働かせ、魔力をさらに込める。


 竜巻をも超えた暴風は巡洋艦のアンテナ類を吹き飛ばし、艦体の鉄板を歪めた。

 地面と巡洋艦の距離があとわずか、という頃には、巡洋艦はビルの合間をすり抜け、川には巡洋艦の影が覆いかぶさる。


 もう十分だろうと判断した俺とメイティは、風魔法を止めた。


 その巨大な図体を運ぶ風が止むと、巡洋艦はついに川へと墜ち、盛大な水しぶきの中に消えていく。

 とてつもない質量を持つ巡洋艦によって溢れ出した水は、街の中心街に勢いよく流れ込んだ。


「うおっと! 土魔法!」


 俺はとっさに土の壁を築き上げ、溢れ出した水をせき止める。


 そり立つ土の壁の向こうでは、着底した巡洋艦の艦橋が力なく傾いていた。

 先ほどまで巡洋艦に支配されていた頭上には、今は青空が広がっている。


「帝國軍巡洋艦、撃沈。街への被害は軽微」


 指揮官と思わしき兵士による戦況報告。

 これを耳にした兵士たちは、一様に肩の力を抜いた。


「同盟軍本部に伝えろ。魔術師たちが魔物たちを排除してくれた」


「地上はひとまず安全だ。魔術師、感謝するぞ」


 ボルトア中心街での戦闘は、同盟軍の勝利で終わりを迎えた。

 ひとまず、帝國の虐殺行為を防ぐことに成功したのだ。


 ただ、喜ぶには少し早い。

 空に浮かぶ豆粒の集まりを見上げ、フユメは苦々しそうにつぶやいた。


「まだ宇宙には、帝國軍の艦隊がいるんですよね……」


「だな。きっとハオスもいる」


「じゃあ、私たちも艦隊を倒しに行かないと」


「面倒だが、そうするしかないな」


 ひとつの戦いが終われば次の戦いへ。

 戦いは早く終わらせるに限る。


「シェノ、この広場にニミーを連れてきたことは?」


「なんかの仕事で客と待ち合わせしたとき、ニミーもここに来たと思う」


「好都合だ。じゃあ、ニミーをここに呼んでくれ」


「それって、ニミーに転移魔法を使わせろってこと?」


「そうだ」


「はいはい」


 そんな会話から数十秒後、俺たちの背後にニミーが現れる。

 当たり前のように転移魔法を使ったニミーは、辺りを見渡すなり表情を驚きに染め上げた。


「おお~! へいたいさんがいっぱいだ~!」


 無邪気に笑ってそう言うニミーに、兵隊さんたちはにんまり。

 今までの戦場の雰囲気は何処へやらだ。


 けれども俺たちは、これから次の戦場へと向かわなければならない。


「なあニミー、俺たちをグラットンのところに、ピューっと連れていってくれ」


「いいよー! それじゃあそれじゃあ、みんなでおててをつないで!」


 ニミーはシェノとミードンの手を握り、俺はシェノの、フユメはミードンの、メイティはフユメの手を握った。

 これで転移魔法の準備は完了らしい。

 普段通りに笑うニミーは、普段通りの調子で声を張り上げる。


「いっくよー!」


 彼女の声が俺たちの聴覚に届いたとき、俺たちの視覚は光に包まれていた。

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