第6章6話 魔術師か! 助かったぞ!

 銀河連合本部と直結する同盟軍の駐屯地で、俺たちはフロートカーゴに乗り込んだ。

 兵士たちを満載したフロートカーゴは、全速力で中心街へと向かう。

 中心街では、すでに現場に到着した兵士や警察が帝國と戦っているらしい。


《――建物の外には、絶対に出ないでください。繰り返します。現在、ボルトアは軍事的な攻撃を受けており――》


 機械的なアナウンスが響き渡る中心街。

 民間人たちはドロイドに守られながら、建物内で息を潜めていた。

 ビルの隙間からは、帝國の巡洋艦の一部が俺たちを威圧する。


 同盟軍艦隊の駆逐艦は、帝國軍の無人戦闘機に阻まれ中心街の救援に来られないらしい。

 今、数多くの民間人の命を救えるのは、俺たちしかいないのだ。


 前線に到着したフロートカーゴは、ハッチを開き俺たちを地上に降ろす。


 銃声鳴り響く大通りで、放置されたフロートカーの陰に隠れているのは、すでに戦闘状態の兵士たちだ。

 こちらへ迫る魔物たちを前に、様々な種族で構成された彼らは銃を握りしめ叫ぶ。


「87番街の部隊が押されている!」


「救援には向かえないぞ! こっちもギリギリなんだ!」


「ドロイド部隊が簡単に潰されてるぞ!」


「あの岩石みたいな敵は厄介だ! できる限り相手にするな!」


 そう言いながら、レーザーを放ち魔物の進軍を少しでも遅らせようとする兵士たち。

 彼らの敵は、数発のレーザーに撃たれようとものともしないガーゴイル、ドロイドを吹き飛ばすサイクロプスの大群だ。


 ヤツらは知能はなくとも、戦い方は知っているらしい。

 体の硬いガーゴイルを盾に突き進むサイクロプスたちに、同盟軍兵士たちの旗色は悪かった。

 ここは真の英雄の出番だろう。


「マグマ魔法!」


 人生ではじめて、ラーヴ・ヴェッセルを口にせず放った魔法。

 突き出された俺の両腕の先からは、五感の経験と想像力、魔力によって生み出されたマグマの糸が暴れ狂う。


 まるで風にそよぐかのようにうねるマグマの糸は、魔物たちを綺麗に切り裂いていった。

 石の体も、巨大な体も関係ない。魔物たちはあっという間に、地面に転がる肉片と成り果てたのだ。

 これに魔物たちも怯えたか、ヤツらは進軍方向を変える。俺の魔法が無事に魔物たちを退けたようである。


 俺は魔法を中断し、近くにいた隊長らしきコヴ人の同盟軍兵士に声をかけた。


「大丈夫ですか?」


「君たちは……魔術師か! 助かったぞ!」


 マグマ魔法と切り裂かれる魔物たちに呆然としていた兵士の表情が、瞬時に明るくなった。

 これが真の英雄パワーというやつか。

 魔物に追い詰められていた兵士たちの命は、なんとか救われたようである。


 ただ、戦いはまだはじまったばかり。

 兵士はすぐに表情を消し、淡々と俺に言った。


「73番街では味方が善戦している。魔術師たちは56丁目の敵を排除してくれ。そうすれば敵を包囲できるんだ」


「包囲殲滅ですね、分かりました。ただ、ひとつだけ質問」


「なんだ?」


「56丁目ってどこです?」


「そ、そこからか……」


 しまった、と言わんばかりの兵士。

 魔物が退き多少の余裕ができていた彼は、小さな何かを手に取る。


「これが地図だ」


「助かります。じゃ、あとはこの真の英雄に任せてください」


 小さな何か――地図を受け取った俺は、少しだけカッコつけてから、56丁目へと向かった。


 ホログラム状に浮かび上がった地図を見れば、目的地は西の方角。

 俺たちは近道のためにも細い路地裏を通る。


 街を駆け抜けるのは、相も変わらず避難を呼びかけるアナウンスと銃声のみ。

 数十分前の平穏などは遠い昔のようだ。


 地図を見る限り、目的地まであと少し、というところで、赤い目を光らせた牛頭がビルの壁を破壊する景色が飛び込む。


「あれは……ミノタウロスです!」


「民間人が襲われてるね」


「させるか!」


 建物内で息を潜めていた民間人たちを、棍棒でもって叩き潰そうとする数匹のミノタウロス。

 その前に、俺の放った氷柱つららがミノタウロスたちの腹を貫いた。

 腹にあいた穴から血を撒き散らしたミノタウロスたちは、ゆっくりと地面に倒れていく。


「魔物なんか、最強の力を手にした俺の敵じゃないな」


 これといった苦労もなく民間人を救った俺は、腰に手をやり胸を張った。


 直後、背後から猛々しく野蛮な咆哮が俺に浴びせかけられる。

 振り向くとそこには、ビルの壁を破り棍棒を振り上げた1匹のミノタウロスの姿が。

 どうやら建物内に隠れていたヤツがいたらしい。


 突然のことに体が追いつかず、氷柱魔法も放てずに地面に尻餅をついてしまう俺。

 代わりにミノタウロスの眉間に突き刺さったのは、シェノの拳銃から撃ち出された赤のレーザーであった。

 倒れたミノタウロスの後頭部に数発のレーザーを撃ち込んだシェノは、ため息まじりに言う。


「クリアリングが甘い」


「すまん」


 俺は謝ることしかできない。

 さっきのは明らかに俺の油断が招いた危機だ。

 気を引き締め、また気を取り直し、俺は再び目的地へと走る。


 空に見えていた帝國の巡洋艦は、船首から船尾へ。

 銃声がだんだんと大きくなりはじめたのは、目的地がすぐそこである証拠。


「地図によると、この辺が56丁目で――」


「ソラトさん! 危ない!」


「え?」


 気づくのが遅すぎた。

 フロートカーの残骸が、俺の真上に落ちてくる。

 なんてことはない。俺はフロートカーの残骸に潰され死んだ。


 蘇生魔法で生き返った俺を待っていたのは、フユメの不満である。


「もう! あんなの、最強の力を手にした英雄の死に方じゃないですよ!」


「すまん」


 俺は謝ることしかできない。

 さっきのは明らかに俺の油断が招いた危機だ。


――あれ? さっきも同じようなことがあった気が……。


 まあ良いだろう。とりあえず目的地には到着したのだから。


「あれです! あれが56丁目の魔物たちです!」


 路地裏から大通りに出て、指をさしたフユメの言葉。


 炎と黒煙、フロートカーの残骸、ガラスの割れた建物に囲まれた大通りには、オークとサイクロプスが跋扈している。

 ヤツらは手近な残骸を持ち上げ、辺り構わず残骸を投げ飛ばしていた。

 先ほど俺を殺したのも、あの残骸のうちのひとつだったのだろう。


 対して残骸の陰に隠れた同盟軍兵士たちは、制圧射撃を行いながら必死の形相。


「デカいのが来るぞ! あいつらを倒せ!」


「民間人の避難誘導で手一杯だ!」


「あいつら、死んだ仲間の体を盾にしてやがる!」


「武装が貧弱すぎて、死体を撃ち抜けないぞ!」


 一方的な銃撃にも関わらず、魔物たちはじりじりと兵士たちに近づいている。

 兵士たちの叫びの通り、ライフル程度では魔物の死体を撃ち抜けず、死体を盾にした魔物に攻撃が届いていないのだ。


「これは俺の出番だな」


 俺は大通りに立ち、おもむろに両手で地面を触れる。

 そして五感を奮い立たせ、想像した。


 次の瞬間、大通りの地面は透明な氷に覆われ、白煙が立ち上る。

 周りの景色を反射するほどに透き通った氷は、魔物たちの足をすくい、ヤツらを転ばせた。


 続けて俺は別の光景を想像。地面に張った氷は槍状に変形、倒れた魔物たちを串刺しに。

 天を突き上げる、魔物たちを貫き血が滴る無数の氷の柱は、なんとも幻想的で暴力的。

 もしや俺は、串刺し王を名乗っても良いのではないだろうか。


 眼前の光景に、同盟軍兵士たちは士気を上げた。


「すごい……!」


「魔術師の援軍だ! これで勝てるぞ!」


「押し返せ!」


 物陰から飛び出し、前進をはじめた同盟軍。

 彼らが氷に足を取られぬよう、俺は地面に張った氷を溶かし尽くした。

 当然、氷の槍も水となり、魔物の死体は地面に放置される。


 魔物の死体を乗り越え突き進む兵士たちの背中を眺め、俺は鼻高々な気分だ。


「やっぱり、この真の英雄を倒せる魔物はどこにも――」


 言いかけて、空からレーザーが降り注ぎ、俺の体は粉々になってしまう。


 死の間際、俺は俺を殺した者の姿を確認した。

 俺を殺したのは、エイのような形をした、黒の機体に赤の一本線が特徴的な、帝國の無人戦闘機である。


 串刺し王、ここに死す。

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