第6章5話 都市部に帝國軍巡洋艦が出現
グラットンに戻った俺たちは、アイシアから銀河連合本部に向かうよう指示された。
なんとも運が良い。今の俺たちは、銀河連合本部にいるのだから。
銀河連合本部の格納庫を後にし、俺たちは本部の会議室へと向かった。
会議室へと繋がる、ガラス張りの広い廊下。
ふと空を見上げると、そこには乱雑な艦影をした軍艦が、薄い雲を抜け地上に降りようとしている。
「お、ヤーウッドが来たぞ」
「ということは、もうすぐメイティちゃんとアイシアさんに会えますね」
あの2人と別れてから、まだそれほど時間は経っていない。
古代兵器を探しに『ムーヴ』へ行っていた時間を含めても、1時間ちょっと。
けれどもフユメは、数年ぶりの親友を待つかのような表情をしていた。
俺も彼女らと合流し、ハオスを叩き潰しに行くのが楽しみである。
ただし、メイティとアイシアよりも早く俺たちの前にやってきた2人の男がいた。
1人は同盟軍アース部隊司令。もう1人は、ベス・グループのボス。
「魔術師ソラト君、サウスキアでの英雄的行動に感謝する」
「ならず者社会に住まう魔術師が英雄と称えられるとは、夢のある話じゃないか」
「グロック大将!? ヒュージーンさん!?」
大物2人組の登場だ。
ただちにかしこまる俺とフユメに対し、グロックは無表情のまま言った。
「君たちは今や、銀河の平和と安定を維持するのに必要不可欠な存在だ。これからもどうか、我々の未来をお願いしたい」
やはり感情らしきものは見えない。
グロックの言葉は非常に冷淡で、だからこそまっすぐだ。
彼は本気で、俺たちに銀河の未来を託そうとしているのだ。
ならば、俺も真の英雄らしく答えなくては。
「任せてください! この真の英雄が、世界を覆い尽くそうとする影を追い払ってみせますよ!」
胸を張り、声を張った俺。
対するグロックは無表情のまま。
フードの合間から小さな笑みをのぞかせたのはヒュージーンだ。
感情の希薄な人々を相手するのは苦労するものである。
ここで、フユメが疑問を口にした。
「あの、どうしてグロック大将とヒュージーンさんがご一緒に?」
誰しもが抱く疑問だろう。
これにヒュージーンは、低い声を響かせる。
「私の職業柄とグロックの職業柄、コイガクボ=フユメの疑問は当然だろうな」
なぜ疑問を抱くのかまで、ヒュージーンは理解しているようだ。
銀河連合本部で同盟軍の司令官とマフィアのボスが顔を合わせるとは、普通に考えればスキャンダルだ。
それでも2人が顔を合わせる理由が、ヒュージーンの口から語られる。
「私とグロックは、30年前の戦争で互いに世話になったのだよ」
「あのときは、私が第四艦隊司令参謀、ヒュージーンが第四二二戦闘飛行隊シェパード隊の隊長だったな。パイロット時代のヒュージーンは、今よりも熱い男だった」
「グロックは変わらず生真面目で、嫌味ったらしい男だった」
「それはドレッドの意見か?」
「さあ、どうだろうかね」
そう言って笑うヒュージーンに、グロックはやはり無表情を貫き通す。
だが今回に限っては、グロックの無表情の底に笑みが浮かんでいるように見えた。
2人が旧知の仲であるのは間違いなさそうだ。
「ともかく、サウスキアの高官たちが帰還すれば、すぐさま会議だ。これから我々は、未知の敵と戦わなければならないからな」
雑談を切り上げたグロックの軍人らしい口調が、俺たちの緊張感を揺さぶる。
おそらく最短であと数時間後には、俺たちはハオスとの決着をつけなければならない。
ここ『ステラー』の未来が、もうすぐで決まるのだ。
そう、俺は思っていた。
ところが、グロックの言葉の次に俺たちの鼓膜を震わせたのは、銀河連合本部に響き渡るサイレンであった。
「まお?」
「今度はなんだ?」
サイレンとともに赤いランプが廊下を照らす。
明らかな緊急事態。
すぐさまグロックは無線機を手に取った。
「どうした? 何事だ?」
《ボルトアに接近する高出力反応を検知しました。おそらくハイパーウェイを航行中の帝國軍巡洋艦です》
「分かった。すぐにアース部隊へ命令を――」
言いかけて、俺たちの視線は窓の外に集中する。
ボルトアの針山のような摩天楼、超高層ビル群の合間に、1隻の軍艦が現れたのだ。
《都市部に帝國軍巡洋艦が出現》
遅れて無線機から聞こえてくる報告。
銀河連合の中枢は、今まさに戦場となった。
どうやらボルトアのコヴ人たちは、自分たちの故郷が戦場になることを想定していたらしい。
巡洋艦の出現と同時、俺たちのいる銀河連合本部を含め、街の広大な範囲が青白い光の幕に包まれた。
《シールドの展開、完了しました》
光の幕の正体を報告した、無線機の向こう側にいる兵士。
直後、光の幕に巨大な爆炎が浮かび上がった。
爆炎を作り出した爆発の衝撃は、炎が煙に姿を変えた頃になって、俺たちのいる銀河連合本部を揺らす。
地鳴りのような爆音の中、無線機からの報告は続いた。
《1隻の帝國軍巡洋艦がシールドに激突》
「シールドの被害は?」
《耐久値12パーセントの減少です》
先ほどの巡洋艦のように、ハイパーウェイを使い中心街上空に現れようとした巡洋艦が、シールドに行く手を阻まれ四散したのだろう。
全長1600メートルの巨大艦が、光速の何倍もの速度で激突したのだ。
未だ波打つシールドの被害が、耐久値12パーセント減で済んだのは、むしろ驚きである。
ただ、帝國の進撃は止まらない。
《ボルトア外気圏に大規模な帝國軍艦隊が出現。ヴィクトル級巡洋戦艦を中心とした二個艦隊です》
世界を破壊し尽くさんとする闇は、数時間も待てなかったらしい。
ボルトアに出現した帝國軍は、間違いなくハオスが率いる帝國軍だ。
ハオスは銀河連合の中枢を叩くことで、『ステラー』を戦争の渦に落とそうとしているのだ。
そうはさせまいと、同盟軍も動き出す。
しかしハオスの電撃戦を前にして、同盟軍は大慌て。
《付近に展開する同盟軍艦隊の到着まで、約30分》
《ボルトアに停泊中の全戦闘艦に出撃命令。グロック大将が作戦指揮を執るようにとのこと》
「分かった。すぐに作戦司令室へ向かう」
《サウスキア王国近衛艦隊から通信です。我々は中立の立場を維持するが、敵対勢力を共有する銀河連合同盟軍とは、同じ宇宙を飛ぶ用意がある、とのことです》
「アイシア殿下とドレッドは相変わらずのようであるな」
「全艦にサウスキア王国近衛艦隊との共闘を伝えろ」
無線は入り乱れ、グロックは部下たちに指示を出し、ヒュージーンは空を見上げる。
赤く照らされた廊下で、俺たちはお手上げ状態だ。
「てんやわんやだな」
「私たちにも、お手伝いできることはないでしょうか?」
「素人が好き勝手するわけにはいかない。俺たちはお偉いの指示を待った方が良いだろ」
「そうですね」
真の英雄は、あくまで戦士。軍隊を指揮する司令官ではないのだ。
俺たちは、ただ命令を待つことしかできないのだ。
窓の外を眺めていたシェノとニミーは、外の景色に苦笑い。
「あれ見てよ」
「おお~!」
2人の視線の先にあるのは、高層ビル群の隙間からのぞく帝國の巡洋艦。
よく見ると、巡洋艦の格納庫から黒い何かが降り注ぎ、また空に昇っている。
滝や煙のように見えるそれの正体が、最初は分からなかった。
それらの正体を知ったとき、俺たちは表情を強張らせる。
「巡洋艦から、大量の無人戦闘機と魔物が……!」
「おいおい、ハオスは虐殺でもはじめる気かよ」
民間人が生活する街に、おぞましいほどの無人戦闘機と魔物を放って何をしようというのか。
攻撃対象は民間人しかいない。帝國が民間人を襲えば、それはもう虐殺だ。
そうはさせまいと、いよいよグロックは俺に命令を下す。
「ソラト君、魔術師の力を借りたい。魔物たちと巡洋艦を始末し、民間人を救ってくれ」
「了解です。おいフユメ、シェノ、使い魔、行くぞ」
「はい!」
「オッケー」
「まお~!」
出撃の合図に胸の前で拳を握るフユメ、拳銃に手を当てるシェノ、羽をぱたつかせる使い魔。
続けて俺はニミーに言う。
「ニミーはグラットンでお留守番な」
「うん! ニミー、みんながかえってくるの、まってるー!」
天使の無邪気な笑顔が、俺の心を落ち着かせた。
俺は真の英雄だ。デスプラネットを破壊し、魔王から銀河連合の高官たちを救った実績のある男だ。
何も心配する必要はない。
ボルトアの民間人を救い、今度こそハオスを始末してやる。
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