第4章26話 スカベンジャーだな。卑しい乞食どもめ
いつもの通りコターツに潜る俺とニミー。
しかし、グラットンの操縦席にはシェノが、副操縦席にはフユメが座り、ドレッドからの指示を待っている。
俺たちを乗せたグラットンは、無人戦闘機たちとともにヤーウッドの格納庫で出撃態勢をとっていた。
しばらくして、小刻みな揺れが体に伝わる。ヤーウッドがハイパーウェイを脱出したのだ。
同時に無線機から響き渡ったのは、歴戦の老兵ドレッドによる指示。
《こちらサウスキア王国近衛艦隊旗艦ヤーウッドの艦長、ジェイムズ=ドレッドだ。勇敢な死にたがりのならず者諸君、聞け。諸君には先に依頼した通り、帝國の機密情報を盗みとってもらう。機密情報の在り処については、すでに目星がついている。こちらからデータを送ろう》
数ヶ月前、俺はならず者諸君の一員として、ドレッドのこの指示を聞いていた。
まさかあの時、未来の俺がヤーウッドの格納庫にいたなどとは思いもしなかった。
そんな過去の俺が、ヤーウッドの外にいる。不思議な気分である。
《機密情報を守るため、帝國は正体不明の特殊部隊を配置させているようだ。ならず者の諸君がどのようにして彼らを撃退するのか、期待しよう》
ならず者たちは一番乗りを目指し、ドレッドの話など聞いていない頃。
けれどもドレッドが落ち着き払い、話を続けられるのは、彼にとって戦場が身近な存在であるからこそ。
《帝國軍の無人戦闘機については我々が対処する。また、同盟軍は完全な味方ではないが、完全な敵でもない。彼らのことは無視しても構わないだろう。我々から伝えるべきことは以上。あとは、諸君らの好きにしろ》
ここまではならず者たちへの指示だ。
格納庫で待つ俺たちへの指示は、これからである。
《サウスキア近衛艦隊飛行群は出撃せよ。標的は帝國の小型航宙勢力》
《無人戦闘機、全機出撃!》
艦長と航空管制官の指示がヤーウッド艦内に響き渡った。
すると、格納庫に待機していた無人戦闘機たちが一斉に起動、規則正しく列をなし戦場へと飛び立っていく。
感情なき兵器たちの一群を見上げるのはグラットン。
無駄を省かれ戦闘に特化した戦闘機と違い、無骨な機体のグラットンは異質な存在だ。
その異質な存在に話しかけたのは、ヤーウッドのAIである。
《グラットン、発艦を許可します! 発艦後は、ご自由に!》
元気な声に鼓舞され、グラットンのエンジンは唸りを上げた。
重装甲化に対応しエンジンの出力が強化されたせいか、機体の振動は今までよりも激しい。
格納庫内にてわずかに浮いたグラットンは、今にも走り出そうとする猛牛のようだ。
「じゃ、行くよ」
「はい!」
ニタリと笑ったシェノと、覚悟を決めたフユメ。
俺はコターツの中で丸くなるだけ。
シェノはスロットルを全開にし、グラットンを急加速させた。
突撃を開始したグラットンは宇宙へと飛び出し、帝國の無人戦闘機を正面に捉える。
早くも無人戦闘機同士のドッグファイトが繰り広げられる戦場へ、グラットンは一直線だ。
輸送船の機動力と速力は、戦闘機と比べれば劣っている。
だが、改造に改造を重ねたグラットンの耐久力と戦闘力は輸送船のそれではない。
そこに、AIすら予測できぬシェノの操縦が加わるのだから、無人戦闘機とて恐れることはない。
「おいシェノ、まさか敵のど真ん中に突っ込む気か?」
「当たり前でしょ」
「マジかよ」
俺が冷や汗をかいているのを知ってかしらずか、シェノは突撃を敢行。
猛牛の突撃に気づいた帝國の無人戦闘機――敵機たちは、グラットンに向けてレーザーを放った。
しかし、それらの攻撃は全てシールドに阻まれ散っていく。
光の波紋に飾られたシールドに包まれるグラットンは、お返しとばかりにブラスターを発射。
撃ち出された青のレーザーは、1発で敵機のシールドを貫き、機体を切り裂く。
続けて2機の敵機にレーザーが直撃、3つの爆煙が宇宙に散り、消え去った。
敵機とすれ違ったグラットンは、一瞬のホバリングモードを利用し敵機の背後へ。
「捕まえた」
背筋が凍るようなシェノのつぶやき。
彼女の瞳に映った敵機は、青のレーザーに叩きつけられ、残骸の仲間入りを果たす。
「おお~! おねえちゃん! いけいけ~!」
コターツから外を眺めるニミーは、相変わらずのんきだ。
殺伐とした戦場に舞い降りた天使と悪魔によって、敵機は次々と葬られていくのである。
とても輸送船とは思えぬ軌道を描き、敵機を翻弄し撃墜するグラットン。
副操縦席に座り戦況分析に努めていたフユメは、ある地点を指差し叫んだ。
「ならず者さんの宇宙船が追われています!」
彼女の言う通り、真四角な形をした1隻の輸送船が、敵機から逃れようとあがいている。
デスプラネットの残骸を盾になんとか生き残る輸送船だが、いかんせん速度が遅い。
機動力も低く、今にもあの世送りにされてしまいそうな輸送船に対し、シェノは冷たい感想を言い放った。
「あんな船でここに来るとか、死ぬ気満々じゃん」
「シェノさん、早く助けないと!」
「はいはい」
任務を果たせば、これが後に金になる。シェノのことだ。きっとそう考えたに違いない。
操縦桿を捻らせたシェノは、グラットンをデスプラネットの残骸の裏に連れていった。
敵機からすれば機体後方下部に位置する残骸。そこからグラットンは敵機に向かって飛び出す。
一気に距離を縮めるグラットンに、敵機はこれといった反応を示さなかった。
あっさりと敵機の背後を取ったグラットンはブラスターを発射、敵機を蜂の巣にしていく。
僚機の
ならず者の輸送船を追っていた敵機は一時撤退、輸送船は命拾いする。
グラットンはすぐさま別のならず者の援護へと向かった。
宇宙での戦闘で俺にできることはない。俺は混線する無線に耳を傾ける。
《あいつらはなんだ!?》
《スカベンジャーだな。卑しい乞食どもめ》
《さっき現れた軍艦、サウスキア王国の軍艦じゃないか? 中立国の軍艦が、どうしてこんな戦場に?》
《サウスキアの軍艦に対する攻撃は控えろ。問題を起こしたくはない》
《第四巡洋隊司令から通達! スカベンジャーはデスプラネット残骸内で待機する地上部隊に任せ、サウスキアの軍艦は放置、艦隊は同盟軍との戦闘に注力せよとのこと!》
どれが同盟軍の言葉で、どれが帝國軍の言葉かは判別しにくい。
それでも確かなのは、同盟軍も帝國軍も、俺たちにさほどの興味がないことだ。
艦隊の敵は艦隊、ハイエナの相手をする暇はないということだろう。
こうなれば、俺は全てをシェノに任せるだけだ。
船体の壁一枚を挟み戦場と隣り合いながら、俺はコターツの中で映画鑑賞をはじめた。
はじめようと思ったのだが、戦場はあまり楽をさせてくれないらしい。
「ん? 帝國軍から通信だ」
「帝國軍から通信……何が目的でしょうか?」
「さあね。メインコンピューターに繋げるから、対応はあんたに任せた」
「俺が!?」
謎の通信への対応を任せられてしまった俺は、イヤイヤながらコターツを這い出る。
通信に興味を示したニミーと一緒にメインコンピューター前に到着すると、ため息が俺の口から漏れ出した。
「面倒だ……」
「ねえねえソラトおにいちゃん、だれからのつーしんかな?」
「分からないけど、コターツタイムを邪魔するとは許しがたいヤツだ」
そこはかとない怒りを抱えながら、メインコンピューターのモニターを起動。
帝國はご丁寧にも映像付きでの通信を寄こしてきたようだ。
モニターには、軍帽がよく似合う、ボブカットと神経質そうな目つきが特徴の、美麗な女性の顔が映し出された。
《こちら栄えある帝國軍第二艦隊第六巡洋隊司令、ケイ=カーラック大佐だ。まさかとは思うが、そこにいるのはクラサカ=ソラトか?》
想定していなかった人物の登場に、俺の怒りは行方不明となった。
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