第4章8話 おかしやさん、どこかな?

 思いの外、プーリンタイムが長引いてしまった。

 俺はフユメ、メイティ、ニミーとともに、サウスキア近衛艦隊の輸送機に乗ってボルトアへと急ぐ。

 シェノは故障中のグラットンの修理のため、今回の任務には不参加だ。


 ハイパーウェイを飛ぶこと数時間、ボルトアに到着した輸送機。

 輸送機は針山のごとく天を貫いた高層ビルのひとつに着陸し、俺たちは地上から遠く離れたデッキに立った。


 辺りを見渡せば、数多の船が飛び交う高層ビル群が広がっている。

 目的地は、地平線の果てまで続くこの街の中だ。

 しゃがみこんだフユメはニミーに視線を合わせ、質問した。


「ニミーちゃん、このディスクをどこでもらったのか、覚えてるかな?」


「おぼえてるよ! おかしやさんだよ!」


「そのお菓子屋さんは、どこにあるのかな?」


「う~ん、ごめんなさい、わすれちゃった」


「そっか……」


 ミードンを抱きしめうつむくニミーと、そんな彼女の頭を撫でるフユメ。


 困ったものである。

 あのとき、お菓子屋を訪れたのはニミーただ1人なのだ。

 ニミーの記憶以外に頼れるものはないのだ。


 ゆえにメイティは、静かに提案した。


「……街を歩く……そうすれば、何か、思い出すかもしれない……」


「だな。よし、面倒だがしらみ潰しだ」


 他に方法はないだろう。俺たちはニミーを連れ、街の中心地へと向かう。


 ボルトアの高層ビル街は、地上に降りずとも移動ができるような設計となっていた。

 どこかにあるであろうお菓子屋を探し、高層ビルから一歩も出ることなく、俺たちは街を歩き回る。


 ガラスに覆われた廊下で、姉妹か親子のように手をつなぎ、楽しそうに街を眺めているのはフユメとニミーだ。

 俺の側から片時も離れないメイティは、文明の先端を眺め尻尾をゆらゆらとさせている。

 一方の俺は、人ごみの中でフユメたちを見失わないようにするのに必死だ。


 さて、高層ビルを伝い街を歩く最中、街を一望できる大窓が俺たちの目の前に現れた。

 ここで俺はニミーに聞く。


「何か特徴的なもの、覚えてないか? 不思議な形したビルとか、人が多い広場とか、大きな道がなかったかとか」


「えっとね、たしかね、おくつみたいなかたちのビルのね、なかだったよ!」


「靴みたいな形したビルだな」


 それがどこにあるのか、大窓の向こうに広がる街を見渡し探す。

 しばらくして、メイティがとあるビルを指差した。


「……たぶ、あれ……」


 メイティの指の先には、ブーツのような形をしたツインタワーが。

 間違いない。あれこそニミーの言う靴みたいな形のビルだ。

 フユメは、手をつなぐニミーに確認した。


「あのビルかな?」


「そうだよ! あのビル! あのビルのね、こっち!」


 ツインタワーの片方を指し示したニミー。

 決まりだ。俺たちはフロート・バスに乗り込み、ブーツ型のツインタワーへと向かった。


 わずか数分の移動、ツインタワーに到着した俺たちは、まずはタワーの地図を入手。


「ニミー、お菓子屋さんはどれだ?」


「えっとね、ここ!」


「よし、行くぞ」


 ようやく店の場所は特定できた。

 ホログラム状に浮かんだ地図を見ながら、俺たちはニミーの案内に従い次の行き先へ。


「お店が並んでいるのは、このフロアです」


「……人が、いっぱい……」


「この辺が怪しい――うん?」


 地図とのにらめっこを中断し、ふと人ごみに視線を移した俺。


 すると、空飛ぶドロイドを連れた小さな女の子が視界に入り込んだ。

 ぬいぐるみを片手に、長い髪を可愛らしい髪留めでまとめた、天真爛漫な笑顔を浮かべる天使のような女の子。

 しかし天使ならば俺たちの側にいる。つまりあの天使は――


「げっ! 隠れろ!」


 フユメとニミー、メイティを連れ、俺は近場の柱の裏へ。

 柱の裏から顔を出したフユメは、俺が柱の裏に隠れた理由を知る。


「HBさんと過去のニミーちゃんですね。どうします?」


「待て、ちょっと考えさせてくれ」


 アクシデントに対応するため、俺は再び地図とにらめっこ。

 ニミーが教えてくれた店までの経路は複数存在する。

 俺はひとつの経路を選び、次の行動を説明した。


「店に先回りしよう。それで、ニミーの落とし物だって言って、店員に設計図を渡すんだ」


「なるほど、それなら大丈夫そうですね」


 表情を柔らかくしたフユメと、ぺこりとうなずくメイティ。

 時間はあまりない。

 過去のニミーに見つからぬよう柱の裏から飛び出した俺たちは、お菓子屋への近道を走る。


 人ごみをかき分け、立ち並ぶ店には目もくれない。俺たちはお菓子屋へ一直線だ。

 ところが、廊下を塞ぐ壁が俺たちの前に立ちはだかった。


「あれ、行き止まりだ」


「工事中ですね」


 タイミングが悪いことこの上ない。

 悪態をつきたい気分を抑え、俺は地図に視線を落とし、次の経路を決める。


「仕方ない、こっちから行こう」


 幸い、お菓子屋への道はいくつも存在するのだ。

 来た道を戻り、メインストリートを進み、お菓子屋を目指す俺たち。


 少しして、ついに目的地のお菓子屋の看板が見えてきた。

 同時に、メインストリートに誰かの叫び声が響く。


「泥棒だ!」


「捕まえろ!」


 大声に続き青い光を点滅させたドロイドたちが、廊下のど真ん中で1人の男を捕まえた。

 背中を踏まれ床に倒れた鱗の男に対し、ドロイドは落ち着いた口調で言う。


《警察です。あなたは現在、異常な興奮状態にあります。まずは落ち着き――》


 ちょっとした騒ぎ。それ自体は俺らに関係のないこと。


 問題は、その騒ぎが廊下のど真ん中で起きたことだ。

 泥棒の逮捕劇により廊下を塞がれ、足を止めるしかない買い物客たち。


 そんな買い物客たちによって、廊下はあっという間に埋め尽くされてしまう。


「人ごみで進めないな」


「これでは、行き止まりも同じですね」


「……隠れて……!」


 猫耳と尻尾を立てたメイティは、俺たちを近場の店の中に押し込んだ。

 直後、商品棚を挟んだ先から、過去のニミーとHB274の会話が聞こえてくる。


「えいちびー、みてみてー、ひとがいっぱいいるよ~!」


《泥棒騒ぎか? ったく、もうちっと早く来れば、面白いものが見られたってのによ》


「おかしやさん、どこかな?」


《お菓子屋も良いけど、さっさと帰ろうぜ。こんなところで遊んでたってお前の姉ちゃんに知られたら、おいらがぶっ飛ばされちまう》


「おかしをかったら、すぐにかえるもん!」


《頼むぜ、ったくよ》


 小さな体の2人は、そのまま人ごみの中へと消えていく。


「行ったか?」


「行ったみたいです」


 ほっとため息をつく俺とフユメ。

 一方のメイティは、猫耳と尻尾を立てたままだ。


「……大変、このままだと、先回り、できない……」


 過去のニミーとHB274が向かったのは、紛れもなくお菓子屋の方向。

 俺たちは過去のニミーたちに追い抜かれてしまったのだ。

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