第4章7話 私が迂闊だったばかりに……!

 格納庫に立ちグラットンを眺めた俺は絶句した。

 グラットンは傷だらけ、部分的にはパネルが剥がれ中身が野ざらしになっていたのである。

 無骨な見た目は過去の話、もはや廃船のようだ。


 しばらくして、俺の隣にアイシアとメイティがやってくる。


「……ソラト師匠、無事で、良かった……」


「わたくしも安心しましたの。もし魔術師さんの身に何かあったら、わたくしたちも困ってしまいますもの」


「俺もお前らと同意見だよ」


 壁に寄り掛かる疲れ切ったグラットンを見れば、自分の無事が奇跡のようだ。


 メイティは尻尾をゆらゆらさせ、俺の側から離れない。

 そんな俺たちを眺め、アイシアは小さく笑い、あることを伝えてくれた。


「ドレッド艦長には、過去のソラさんを過去のメイティさんのお師匠様にするため、グロック司令を説得してくれるよう頼んでおきましたわ」


「そりゃどうも。けど、ドレッド艦長ってそんなに発言権があるのか?」


「実は、もしドレッド艦長が同盟軍を退役していなければ、同盟軍の司令はドレッド艦長だったかもしれないんですのよ」


「え!? ドレッド艦長ってそんなにすごい人なのか!?」 


「30年前の戦争の英雄ですもの、当然ですわ。グロック司令も、ドレッド艦長に命を救われた1人ですの。ですから、ドレッド艦長がグロック司令を説得すれば、過去のソラさんは過去のメイティさんのお師匠様に決まったも同然ですわ」


「言い切ったな」


 ドレッドに絶対的な信頼を寄せるアイシア。

 同盟軍時代のドレッドはどのような軍人だったのだろうか。

 英雄と呼ばれるぐらいなのだから、きっと歴戦の勇士のオーラにふさわしい活躍をしたのだろう。


 新たな興味に俺の心は惹かれるが、しかし今はそれどころではない。

 アイシアは王女らしい鋭い目つきをする。


「それで、カーラック艦長は?」


「あいつ、さっきからコターツを出ようとしないんだ」


「まあ! コターツはあの女将校すらも虜にしてしまうのですね!」


 その言葉は間違っていない。

 コターツは立場を超えて万人を幸せにする古代兵器なのだから。


 さて、アイシアはカーラックと話をするためグラットンに乗り込む。


 俺はすぐ隣にいるメイティを見て、しばし考えた。

 メイティの先代の師匠――ロングボーを殺害し、数ヶ月もメイティを独房に閉じ込めたのは、紛れもなくカーラックだ。

 もしメイティがカーラックと顔を合わせた場合、メイティの嫌な記憶が噴出する可能性がある。

 できればそれだけは避けたい。だからこそ俺はメイティに言う。


「なあメイティ、お前は外で待ってても――」


「……わたしは、大丈夫……全部、過去のこと、だから……」


 さすが勇者、すでに覚悟はできているということか。無理をしているようにも見えない。ならば俺は愛弟子を信じよう。


 アイシアの後を追い、俺とメイティもグラットンに乗り込んだ。

 グラットンの客室では、ニミーが気絶したままのフユメを介抱してくれている。


 梯子を上った俺たちは操縦室へ。

 操縦室には、シェノに銃口を向けられ、コターツの中で大人しくするカーラックが。

 俺たちに気づいたカーラックは、メイティを睨みつけ吐き捨てた。


「メイティ=ミードニア!? フン、皮肉だな。私に囚われていた貴様に、この私が囚われることになるとは」


 黙ったままのメイティ。

 続けて口を開いたのは、なぜか鼻息を荒くしたアイシアだ。


「ふわ! シェノさんに見張られるなんて、羨ましいですわ!」


「真面目にやれ!」


 まったく、シェノを前にしたアイシアのテンションは理解不能である。

 これにはシェノも思わず怯えた表情。


 すぐに正気を取り戻したアイシアは、咳払いをしカーラックに微笑んだ。


「ええと、失礼しましたの」


「貴様は……サウスキアの王女か。ここには何人のお子様がいるのだ?」


「勘違いしないでくださいませ。年齢はわたくしの方が上ですのよ」


「フン、下等生物の王女ごときが偉そうに」


 それはこっちのセリフだ、と言いかけたのは俺である。

 帝國に殺されかけ、俺たちに囚われ、コターツから出ようともしないカーラック。

 そんなヤツがよくも偉そうなことを言えるものだ。


 ただ、アイシアは気にしていない様子。


「先ほど、銀河連合と帝國の間で戦争がはじまりましたわ。あの銀河連合に戦争を仕掛けるとは、帝國もいよいよ末期ですのね」


「そうやって笑っているが良い。惑星ゾザークがどうなったのか、貴様は知っているはずだ。貴様らは我ら人間の底力を思い知ることになるぞ」


「魔術師を逃がしておいて、その自信はどこから湧いて出てくるんですの?」


 痛いところを突かれ、カーラックは黙り込んでしまう。

 微笑んだままのアイシアは容赦なし。


「もう帝國に未来はありませんわ。斜陽の帝國で野望を叶えたところで、何になるというんですの?」


 合理的に考えれば、帝國が戦争に勝てる可能性は低い。

 実際、俺の知る未来の帝國は、銀河連合に追い詰められていた。

 もはや帝國での出世など意味をなさないのである。


 沈み行く船からネズミは逃げ出すものだ。

 これまた合理的に考えれば、カーラックはそのネズミになるべきだろう。


「カーラックさん、あなたのお父上は、同盟軍でも優秀な軍人でした。そのお父上の名を、帝國とともに葬り去ってしまうのは、あまりに惜しいことですの。ですから、わたくしは是非ともあなたに――」


「黙れ!」


 お父上、という単語に表情を変え、今までになく大声で怒鳴るカーラック。

 彼女はコターツに乗り出し、微笑んだままのアイシアに感情をぶつけた。


「父の名が帝國とともに葬り去られるだと? 笑止! それこそ父の願い、そして私の願い! 帝國なき世界に名を残して、それこそ何になるというのだ!?」


 己が信念を口にし、カーラックはアイシアの差し出した手を振り払う。

 これにアイシアは戸惑ってしまったらしい。

 彼女は首をかしげると、単刀直入な質問を口にした。


「帝國と心中するつもりですの?」


「我ら人間が理想を目指した証さえ残れば、私はそれで良い!」


「そうですの……やはり人間の感情とは、理解できないものですわね」


 エルフィン族にも人間の感情は理解しきれないらしい。

 同じ人間である俺ですら、カーラックの言葉は完全には理解できない。

 ならばアイシアがカーラックを理解できないのも仕方がないことだろう。


 合理性に則ったカーラックの勧誘は失敗したのだ。

 実際、カーラックはアイシアへの拒否感を隠そうともしない。


「帰れ! 私はここを動くつもりはない! 煮るなり焼くなり好きにしろ!」


 そう言ってコターツに突っ伏すカーラック。

 大げさな言葉とコターツに突っ伏したその姿が、なんともミスマッチである。


 説得に失敗したアイシアは肩を落とし、早くも踵を返した。

 ところが、


「うん? これは?」


 カーラックの軍服のポケットから滑り落ちたディスクのようなもの。

 それを拾い上げたシェノ、足を止めたアイシア。


 一方のカーラックは血相を変える。


「そ、それは……なんでもない! 返せ!」


 必死の形相で返せと言われれば、これはもう調べるしかないだろう。

 シェノはグラットンのメインコンピュータを使ってディスクの解析をはじめた。


 解析の結果が出るまでは数秒。

 にんまりとしたアイシアがシェノの隣に立つ頃には、ディスクの正体が判明する。


「あ! これ、デスプラネットの設計図だ!」


「本当ですの!?」


 誰よりも驚いた様子のアイシアは、なぜかシェノを抱きしめ喜びを爆発させた。


「シェノさん! すごいですの! すぐに銀河連合にお伝えしなくては!」


 ディスクを手に取り、アイシアはそう言ってグラットンを飛び出す。

 残された俺たちの背後では、カーラックが絶望と自己嫌悪の沼に沈んでいた。


「ああ……ああ! 私が迂闊だったばかりに……!」


「お、おい、少し落ち着け」


「終わりだ! 私はもう終わりだ! 帝國に仇なす私に、もはや存在意義など……」


 ネガティブな思いに苛まれたカーラックは、ますますコターツに深く潜り込んでいく。

 これはしばらく、彼女はコターツから出てこられないだろう。


 俺とシェノ、メイティは冷蔵庫からプーリンを取り出し休憩タイムだ。

 熾烈な戦いを終えた後の至福の時間は最高である。


 数分後、プーリンにとろけた俺たちとは対照的に、がっかりした様子のアイシアが帰ってきた。


「ダメでしたの……データを銀河連合に送れませんでしたわ……」


「え? なんで?」


「データの送信ができないよう、設計図は暗号化されているそうですの。手渡しでなければ、情報を伝えることはできませんわ」


 帝國は面倒な仕掛けを施したものだ。


 だが、多少の時間はかかろうと、設計図を手渡しできるだけで十分である。

 今すぐに設計図を銀河連合に届ければ、最長でも半日で情報を手渡しすることができる。

 この程度の仕事は俺たちが出張るようなものではない。


 デスプラネットの設計図はヤーウッドの乗組員たちに任せ、俺はコターツでゆっくりしよう、と思っていたのだが。


「それなら、私たちに任せてください」


「フユメ!? もう大丈夫なのか?」


「はい、ニミーちゃんが介抱してくれましたから」


「えへへ~」


 元気そうなフユメと、フユメに撫でられ嬉しそうなニミーの登場。

 フユメは俺やアイシアを見据え、言葉を続けた。


「過去の私たちは、ボルトアでニミーちゃんが見つけたデスプラネットの設計図をエルデリアさんに手渡しました」


「ああ、そういやそうだったな」


「その過去を再現するためにも、デスプラネットの設計図は、まず過去のニミーちゃんに渡さなければいけません」


 すっかり忘れていた。確かにデスプラネットの設計図は、ニミーがいつの間に持っていたものであった。

 記憶を辿れば、過去のニミーがボルトアで設計図を見つけるのは数時間後。

 状況から考えて、過去のニミーが見つけた設計図は、今の俺たちが手にするもの。


 であれば、全てフユメの言う通りである。

 アイシアもフユメの言葉に賛同してくれたようだ。


「過去を変えてはいけない、ですわね。分かりましたわ。わたくしは未来人さんを信じますの」


「ありがとうございます!」


 わざわざ過去の俺たちを経由させ銀河連合に設計図を渡す。

 随分と遠回りな方法だが、過去がそうなのだから仕方がない。

 むしろ、そうでなければ問題が起きるかもしれないのだ。


 すでに成功した方法があるのならば、それをやる。アイシアの決断は実に合理的だ。

 ただ俺としては、あまり歓迎もできない。


「面倒事の予感がするぞ」


 コターツを出て、ボルトアに向かい、過去のニミーにそれとなく設計図を渡さなければならないのである。

 これは以外と難しい任務になるだろう。

 まあ、現在のニミーはそれどころではないらしいが。


「プーリン、ニミーもたべたーい!」


「……冷蔵庫に、プーリン、まだ入ってる……」


「わ~い! プーリンだ~!」


 目を輝かせ、小走りで冷蔵庫に向かうニミーを眺め、俺とフユメ、アイシアの頬が緩んだ。

 任務は後回し、まずはのんきな時間を楽しもう。

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