第3章27話 せっかくだから魔物の大群を全滅させてやろう

 光が消えると、まずは自分の居場所の確認。


 辺りを見渡すと、俺たちは丘陵地帯にいるのが分かる。

 なだらかな丘と草原、緑の地上と青い空の境界がはっきりとしている、牧歌的な景色。

 羊や牛が似合うであろう光景に、俺もフユメも穏やかな気分。


 しかし丘陵地帯にいたのは羊や牛などではなかった。

 地面を揺らしこちらに近づいてくるのは、筋骨隆々とした立派な馬に跨り、白銀の鎧に身を包み、槍を構えた騎士たち。

 彼らが俺たちの側を駆け抜けていくと、穏やかな気分は一瞬で消え失せてしまう。


「君たち、すぐにここから逃げたまえ!」


 俺たちの前で馬を止めそう叫ぶ1人の騎士。

 対して俺は、騎士を見上げながら単純な質問を投げかけた。


「どうかしたんですか?」


「魔物の大群が迫っている! その数5万とも10万とも聞いている! 魔物どもは我ら騎士団が相手をしよう! 君たちは、その間に逃げるのだ!」


「逃げると言っても、どこに?」


「向こうにある街に聖女マリー=シュペラがいる! 聖女マリーの導きに従えば、神のご加護とともに生き延びることができよう!」


 聞き覚えのある名前が騎士の口から飛び出した。

 マリーがいる街というのが、おそらくこれから過去の俺たちが転移してくる街なのだろう。


 ところで、聖女とはどういうことか。


「あの、聖女って?」


「お主は知らんのか!? マリー=シュペラ、神の啓示を授かりし聖女だぞ! あの方がおわす限り、我ら騎士団に敗北はない!」


「は、はぁ」


 まさかマリーがそれほどの有名人だったとは知らなかった。

 今度彼女に会ったときは、もう少し丁重に扱った方が良いのかもしれない。


 さて、言いたいことを全て言い切った騎士は、馬を駆り戦場へと消えていく。


 俺たちは騎士に言われた通り逃げるべきなのか?

 そんなはずはない。俺たちがやるべきことは、むしろその逆。


「5万から10万の魔物か」


「先ほどの騎士団だけでは、少し厳しい相手ですね」


「少しどころか、かなり厳しい相手だろう」


「もし騎士団が敗北してしまえば、魔物の大群は街に流れ込みます。そうなると、過去のソラトさんが危険です」


「だな。じゃ、解決法はひとつだ」


「騎士団を勝たせる、ですね」


「ご名答。ついでに、せっかくだから魔物の大群を全滅させてやろう」


 それだけの力が今の俺にはある。

 山の一つや二つ更地に変えるだけの大規模魔法を使えば、魔物の軍勢など敵ではないのだ。


――面倒だし、さっさと終わらせよう。


 俺は重力魔法を使って体を宙に浮かせる。

 数十メートルも浮かべば、ゆるやかな丘は足元へ。

 遥か彼方の海まで続く丘陵地帯を眺めると、数キロ先には黒い森が広がっていた。


――いや、あれは森じゃない。


 黒い森の正体に気づき、俺の頬が引きつった。

 森はうごめき徐々にこちらへと近づいてきているのだ。

 あれは確実に森などではなく、生物の集団。


 この状況で考えられる生物の集団は、魔物の大群しかない。

 つまり俺は、一見すると黒い森かのような集団を全滅させようとしているのである。


――狙いを定める必要はなさそうだな。


 どこに魔法を当てようと大勢の魔物を一瞬であの世送りにできるのだ。


 幸い、騎士団はまだ魔物の軍勢にぶつかっていない。近くに村や街もない。人影は見当たらない。

 であれば、大規模魔法をいくら使おうと、人に迷惑はかけないだろう。


 両腕を突き出し、五感に呼び覚ますのは噴火に呑まれたあの瞬間。想像するのは、魔物の大群を吹き飛ばす大噴火。


 魔力は想像を具現化し、地下奥深くからマグマの塊が盛り上がった。

 マグマは勢いそのままに地上を突き破り、天高く吹き上げられる。

 えぐられた地面と流れ出るマグマ、青空を覆う噴煙、木々や空気を揺らす衝撃波。


 魔物たちは地獄を見ることになった。自分たちが踏みしめるその場所が噴火したのだから当然だ。

 今の魔物たちは、まさしく突風に吹かれた粉末のよう。

 噴火魔法によって、黒い森は割られたのだ。


――まだまだやるぞ。


 2発目の噴火魔法、3発目の噴火魔法、なんとなくによるマグマ魔法のなぎ払い、4発目の噴火魔法。

 飽きれば大波魔法を使い、あるいは氷柱魔法を使って氷柱の雨を降らせる。


 どの魔法も見た目はド派手、威力も十分。

 魔物たちは完全に動きを止め、黒いは徐々に引いていった。


「おーい! フユメー!」


「なんですかー?」


「俺、神になった気分だー!」


「本当の神様はそんなことを言いませんよー!」


 きっとフユメは、調子に乗るなと言いたいのだろう。


 彼女は正しかった。

 神様気分で魔法を発動している俺は、魔物が放った1発の土魔法に気づけない。

 俺は、魔物の土魔法――空飛ぶ大岩にぶつけられ、頭蓋骨が砕ける音を最後に死んでしまったのだ。


 蘇生魔法で蘇ると、目の前のフユメは頬を膨らませている。


「もう! 神様を気取るなら、うっかり死なないでください!」


「すまんすまん」


 力に溺れるなかれ。

 相手が魔物であろうと、命を奪う行為を楽しめば天罰が下るということだ。

 反省を胸に、俺は再び魔物の大群を退けるため立ち上がる。


 そのときであった。


「ソラトさん! あれを!」


「空が赤い……あっちは街がある方だよな」


 先ほどの騎士が指差した方角の空は、夕焼けのごとく赤色に染められている。

 時間はまだ昼間。夕焼けには早すぎる時間。そもそも、太陽は俺たちの頭上で燦々と輝いているのだ。


 なぜ空が赤く染まっているのか。

 記憶を辿れば、その答えが見えてくる。


「過去のソラトさんと、四天王の1人であるフロガの戦いがはじまったのでしょうか?」


「きっとそうだ。というか、よく四天王の名前、覚えてたな」


「自分が倒した敵の名前ぐらい、覚えておきましょうよ」


「じゃあフユメは、RPGで最初に倒した雑魚モンスターの名前、いちいち覚えてるのか?」


「魔族四天王の1人を雑魚モンスター呼ばわりですか!? というか、その話はどうでもいいんです!」


 確かに、魔物の名前を覚えているかどうかなど、今は関係ない。

 大事なのは、近くの街で何が起きているのかだ。


 過去の俺とフロガの戦いがはじまったのであれば、空が赤く染められた理由が分かる。


 あのとき、フロガが炎魔法を使い街を火の海に変えた。

 それが今、近くの街で起きているのだろう。


「街が火の海になったってことは、そろそろ――」


 思った通りである。

 赤く染まった空は瞬時に黒く分厚い雨雲に覆われ、豪雨が街に降り注いだ。


 シャワーの壁を眺めながら、勝敗が決するのを待ち続ける。

 数分が経つと、白のワンピースに黒いジャケットを羽織ったラグルエルが現れた。


「お疲れ様。過去のクラサカ君とフユメちゃん、あっさりと魔族四天王の1人を倒しちゃったわ」


 想像以上に早い決着。

 実際に戦っていたときは気づかなかったが、フロガとの対戦がこんなにも早く終わっていたとは、我ながら驚きである。


 驚いているのはラグルエルも同じ。

 彼女はホッとしたように笑って言うのだった。


「クラカサ君は強いのね。私、ちょっと心配しすぎちゃったみたい」


 対する俺は、頭に浮かんだ思いをそのまま口にする。


「とは言っても、あの魔物の大群を俺が抑えてなけりゃ、いくら過去の俺たちでも苦戦したと思いますよ」


「あら、そう。じゃあ、私の心配は杞憂じゃなかったってことね。良かったわ」


「マスター、なんで杞憂じゃなかったことを喜んでいるんですか?」


 フユメにツッコミを入れられ、可笑しそうにするラグルエル。

 しかし彼女はすぐに転移魔法陣を用意し、それをフユメに託した。


「これで『ステラー』に戻れるわ。私はすぐに過去のクラサカ君たちに会いに行かなきゃいけないから、ここでお別れね。バイバイ」


 手を振るラグルエルは、まばたきをしている間に俺たちの前から消えてしまう。

 サボり魔のくせしてせわしい女神である。

 残された俺たちは、風に流された雨に打たれながら、転移魔法陣を地面に敷いた。


「魔物の大群も退却をはじめる頃でしょうし、帰りましょうか」


「ああ」


 もう『ムーヴ』でできることはない。

 1時間と30分後には滅亡してしまう世界、長居は禁物だろう。


 俺たちは地面に敷いた転移魔法陣に乗った。

 狭い転移魔法陣の上、体を密着させなければならないこの状況もすでに慣れてしまっている。

 機械的に作業をこなし、俺たちは光に包まれ、『ステラー』へと戻るのだった。

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