第3章21話 宇宙船って喋るんだな

 宇宙から降りてきた輸送機の積荷は、着脱式の反重力装置。

 グラットンの荷台に取り付けられた反重力装置はグラットンを宙に浮かせる。

 宙に浮いたグラットンは、輸送機から伸びるワイヤーに引っ張られ、俺たちを乗せたまま宇宙へと上って行った。


 エンジンも起動せず宇宙にやってきたグラットンが収容されたのは、ヤーウッドの格納庫。

 傷ひとつない格納庫には、小型の無人戦闘機が所狭しと詰め込まれている。


 賑やかな格納庫に、不覚にも俺の心が躍った。

 装甲を開き機関部を見せる無人機、食料を運ぶ輸送機、部品を点検する整備士たち、床に置かれたホース、油に汚れた壁、歩き回る各種ドロイド。

 男の子の夢を実現させたおもちゃ箱と言っても過言ではない光景である。

 魔法も良いが、機械文明も良いものだ。


 グラットンを降りると、ローブを脱ぎ捨てフォーマルな服装に身を包んだアイシアが、俺たちの鼓膜を震わせた。


「自己紹介がまだでしたわね。わたくしはサウスキア王国の王女、アイシア=フォールベリーですの。今は訳あって――」


「知ってる。今は家庭の事情でヤーウッドに住んでるんだろ」


「まあ! 驚きましたわ! あなたは魔法だけでなく、超能力の持ち主なのかしら? これは是非とも、あなたのお名前を知りたいものですわね」


「俺はクラサカ=ソラト。救世主、真の英雄、伝説のマスター、哀愁漂う主人公、ならず者、魔術師をやってる。俺いろいろやってるな……」


「魔術師、ですか。ますます興味深いですわ。ソラさんと呼んでもよろしくて?」


「ああ」


「ではソラさん、よろしくお願いします」


 胸に手を当てお辞儀をするアイシア。

 続けて彼女は、フユメたちを見つめる。


「皆様も、お名前を教えていただけますか?」


「はい。私はコイガクボ=フユメです。ソラトさんの補佐をしています」


「あたしはさっき名前教えたから、もういいでしょ」


「……メイティ……メイティ=ミードニア……」


「ニミーだよ! このこはミードン!」


「まあ! 可愛らしい方ばかりですわ! これははかどりますわね!」


 何が捗るのかは聞かない。


 思った以上に俺たちを歓迎してくれるアイシアを前に、裏切り者という俺の怒りは彼方に消えていった。

 メイティも警戒心を見せることなく、尻尾をゆらゆらと揺らしている。

 念のため信用はしないが、アイシアを味方と思っても問題はなさそうだ。


「では、わたくしについてきてほしいですの」


 人差し指を上げ、アイシアは上機嫌に歩き出す。

 俺たちも彼女を追うため、グラットンを背後に一歩を踏み出した。


 一切の無駄を省いた無骨な廊下を進み、エレベーターへ。


 エレベーターが到着したのは、ヤーウッドの艦橋に設けられた操舵室。

 大小様々なモニターと座席が並んだ広い部屋だ。


 部屋の端では、大窓の向こうに浮かぶ惑星エルイークを背景に、2人の男が話し込んでいる。

 1人は歴戦の勇士の雰囲気を纏った老人、1人は白のフードをかぶった長身の男。

 どちらも俺の知る人物だ。


「ただいまですの、ドレッド」


「おかえりなさいませ、殿下。ご無事で何よりです」


「ヒュージーンさんも来ていらしたのね」


「突然の訪問、失礼致しました。旧友が近くに来ていると知って、居ても立っても居られず。それにしても、アイシア殿下はお美しくなられた」


「まあ! 嬉しいですわ!」


 親しげに会話する3人。

 俺とフユメは顔を向き合わせ、脳内の相関図を更新させた。

 まさかアイシアとヒュージーンに繋がりがあったとは意外である。


 ヒュージーンとドレッドは俺たちに興味を持ったらしく、2人の鋭い眼光が俺たちに向けられた。


「皆さんはアイシア殿下のご友人かな? 私の名はヒュージーン=ベス=ジャーリア」


「サウスキア王立近衛艦隊旗艦ヤーウッドの艦長、ジェイムズ=ドレッドだ」


 彼らにとっては初対面であっても、俺たちにとっては2度目の自己紹介。

 タイムスリップ特有の事態に戸惑い、返答に遅れてしまう俺たち。

 すると、その隙を狙ったかのように、活力に溢れた女性の声が響き渡った。


《艦長! 私にも自己紹介をさせてください!》


「自己紹介に私の許可は必要ない。好きにしたまえ」


《ありがとうございます!》


 どこからともなく聞こえる女性の声は、一体誰の声なのか。

 辺りを見渡しても、それらしき女性の姿はない。


《はじめまして! 私はヤーウッド! この軍艦のAIにして、この軍艦そのものです!》


「ヤーウッド!? は、はじめまして」


《分からないことがあれば、なんでも聞いてください! なんでも頼ってください!》


「おお~! ヤーウッドさんがしゃべった~! ニミー、うちゅーせんとおはなしするの、ひさしぶり~!」


 声の主は、なんとヤーウッドのAIであった。

 俺たちは軍艦ヤーウッドと会話をしているのだ。

 いかにもSFといった展開である。


「宇宙船って喋るんだな」


「まるで人間みたいですね。驚きました」


《2人とも、何を驚いていらっしゃるのですか!? AIを積んでいる宇宙船は、みんな喋るのが普通ですよ!》


「へ~そうだったのか」


 数ヶ月も『ステラー』にいてはじめて知る情報。

 首をかしげたのはフユメだ。


「あれ? でも、グラットンは喋りませんよね?」


「あたしが音声機能を切ったからね」


「ちょっと待て。ってことは、音声機能をオンにすれば、グラットンも喋るのか?」


「喋るは喋るけど、音声機能を切ってるのはそれなりの理由があって……」


「理由?」


 なぜか口を閉ざすシェノ。

 代わりに答えを口にしたのはニミーであった。


「グラットンの『えーあい』はね、すっごくおっしゃべりさんなの! それでね、おねえちゃんがね、『うるせ~! あたまがおかしくなる!』っていって、おんせーきのーをきっちゃったの!」


《あ! そういったうるさいAIって少なくないんですよ! 私も、よくドレッド艦長に『音声機能を切ってやる!』って脅されてます! 実は『クルーの緊張状態を解く』というプログラムに従って、これを実行するためにクルーと無駄話をしているんです! それが――》


「なるほど」


 確かに音声機能はうるさい。

 ドレッド艦長が頭を抱えるのも納得である。

 もしヤーウッド以上にグラットンのAIがお喋りなのであれば、音声機能はオフのままで良いだろう。


 ところで、今はまだ自己紹介の最中だ。

 ヒュージーンとドレッド、ヤーウッドの自己紹介に返す形で、俺たちは自分たちの名前を口にした。


 俺たちの名を聞いたヒュージーンたちは、どこか表情に疑念を滲ませる。


「シェノ=ハル……ボッズ・グループの猟犬か?」


「えっと、それに関しては答えにくい事情があるんだけど」


 ここにいるシェノは未来のヒュージーンの部下だ。

 タイムスリップをしたことでねじれた俺たちの関係は、簡単に説明できるものでもない。


「殿下、こちらの皆様とはどのようなご関係で?」


「先ほど、帝國軍兵士に襲われたわたくしを救ってくださった、命の恩人である魔術師の一行ですわ」


「魔術師……」


 あらゆる段階を飛び越したアイシアの言葉。

 当然だが、ヒュージーンとドレッドの疑念は深まるばかり。

 突如として現れた魔術師など、王女のお墨付きがあったとしても、お墨付きを与えた王女の方がおかしいと思われるだけ。


 このままでは、俺たちはおとぎ話に登場する怪しい僧侶の一団のようだ。


 しかし、俺たちが怪しいのは事実。

 何を言おうと怪しまれる可能性があるのなら、もう隠し事はせず、正直に全てを話そう。


「フユメ、説明は頼んだ」


「え!? 私がやるんですか!?」


「面倒事は人に任せるのが俺のやり方だ」


「そんな堂々と言われましても……分かりました」


 呆れ顔を浮かべるフユメだが、説明を彼女に任せた俺の判断は正しかった。


 まるで事前に説明内容を用意していたかのように、フユメはよどみなくこれまでの出来事を語る。

 魔法修行、タイムスリップ、帝国とサウスキア国王カムラの関係、ハオスの正体、異世界の存在であるはずの魔物たち。

 包み隠さず、話せることは全て話す。


 そんなフユメの説明を聞いて、アイシアたちは驚愕した様子だ。


「まあ! 魔術師さんはなんでもお見通しですのね!」


「戦争にデスプラネット、タイムマシン、か。銀河連合の諜報機関が掴んだばかりの情報を、君たちの口から聞くことになるとはな」


《私のデータにしかないような情報まで出てきて、びっくりです!》


「あのハオス提督自身が魔物というのは、にわかには信じられぬ。しかし、否定もできぬ」


 魔法や魔物、魔王といった話をあっさりと受け入れたアイシアたち。

 彼女たちがどこまでの真実・・を知っているのかは分からない。

 ただ、3人の反応を見た俺の心には、新たな疑問が生まれていた。


「魔王だとか魔物だとか異世界だとかは前提みたいに話してますけど、なんでみんな、それを受け入れてるんです?」


 普通ならば、出来の悪い冗談と蹴飛ばされてもおかしくはない話。

 ところがアイシアたちは、俺たちの話を当然のように受け入れている。

 俺にはそれが、異世界や魔物を知っている者たちの反応であるように感じられたのだ。

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