第3章20話 帝國軍兵士を片付けるぞ!

 俺はガラクタを伝い、同じくガラクタの陰で帝國軍の攻撃をやり過ごすアイシアのもとに駆け寄った。


「無事そうだな」


「あなた、死んでいなかったんですの!?」


 幽霊でも見るかのような顔をしたアイシアは、声を震わせ言葉を続けた。


「先ほどの魔術師という言葉といい、もしやあなたは――」


「俺のことは後だ! 帝國軍兵士を片付けるぞ!」


 数では帝國軍が優勢。

 戦力ではこちらが圧倒的に優勢。

 たった一度の大規模魔法で、俺たちは帝國軍に勝利できるだろう。


 だが、あまりに野次馬の数が多い。

 もしここで大規模魔法、例えば噴火魔法を使えば、戦闘とは無関係の者たちが数十、いや数百は巻き込まれ命を落とす。

 真の英雄である俺が、それをやるわけにはいかない。


 止むを得ず、俺はレーザー魔法や氷柱魔法、マグマ魔法を使い帝國軍兵士たちを攻撃した。

 レーザー魔法は銃撃戦によく馴染み、氷柱魔法はガラクタを貫き、マグマ魔法はガラクタを溶かし切り裂く。

 1人2人と帝國軍兵士たちは倒れていった。


 そんな戦場に、ピックアップトラック型のフロートカーがならず者たちを轢き殺し突入してくる。


「機関銃だ!」


「ミンチにされたくなければ、頭を出すなよ!」


 トラックを目にした瞬間、ガラクタの陰で体を丸めるアイシアの兵士たち。

 直後、トラックの荷台に乗せられた機関銃が俺たちを襲った。


 高出力レーザーを毎秒25発程度で撃ち出す化け物を操作するのは帝國軍兵士。

 やみくもに撃たれたレーザーは1本のビームとなりガラクタを粉砕する。

 このままでは遮蔽物などあっという間に消え失せるだろう。


 俺はとっさに土魔法を使い、トラックと俺たちの間に壁を作り出した。

 その土の壁すら、一瞬で穴だらけに。


――やっぱり大規模魔法を使うしかないか?


 覚悟を決めなければならないのか、などと思いはじめたときである。

 崩れゆく土の壁の向こうに、セダン型のフロートカーが迫っているのが見えた。


「あれは……シェノさんです!」


 運転手――ハネた髪を揺らす少女を確認したフユメの叫び。

 過激な希望の光が、戦場に地獄を作り出すためやってきたのだ。


 シェノが運転するフロートカーは、一切の減速もせず、ゴミを吹き飛ばし突撃してくる。

 帝國軍兵士の銃撃を受けようとお構いなしだ。


 そしてそのまま、フロートカーはトラックの側面に激突。

 激突の勢いで荷台から投げ出された帝國軍兵士は、フロートカーの歪んだボンネットに叩きつけられる。

 シェノは運転席に座ったまま拳銃を構え、フロントガラスを撃ち砕き、ボンネットに乗っかる兵士を撃ち殺した。


 さらにシェノはトラックの荷台に手榴弾を投げ込む。

 外れかけたバンパーを引きずりフロートカーが後退すると同時、手榴弾は機関銃ごとトラックの荷台を爆破、炎と黒煙、破片を市場に散らせた。


 後退するフロートカーは近場の帝國軍兵士を撥ね飛ばし、俺たちのすぐ隣へ。

 帝國軍兵士たちの怒りと焦りの銃撃を受けるフロートカーから転がり出たシェノは、普段通りの表情で俺たちに聞いた。


「大丈夫?」


「お前が来てくれたおかげで大丈夫になった」


「あっそ」


 帝國軍兵士の死体からライフルを奪い、敵を狙い撃つシェノ。

 ここでようやく、シェノはアイシアの存在に気がついたらしい。


「アイシアじゃん。なんで一緒に?」


「偶然だ」


 それ以外に答えようがない。

 シェノも俺の一言で全てを理解したらしく、彼女の意識は戦闘に集中した。

 アイシアは、敵を狙うシェノの凜とした横顔を見つめ、ぽかんと口を開けている。


 さて、戦況は再び俺たちに傾きだした。

 あとは勝利を掴むだけ。


「援護は俺がやる。シェノ、お前は好き勝手に暴れろ!」


「はいはい、任せて。得意技だから」


 ニタリとしたシェノの表情はなんとも恐ろしい。

 ガラクタの陰から飛び出すシェノの背中に、俺もフユメもつい苦笑いを浮かべてしまった。


 フロートカーやトラックの残骸、帝國軍兵士の死体を盾に攻め込むシェノ。


 俺は土魔法と氷魔法を駆使しドミノのように壁を並べ、帝國軍兵士の攻撃範囲と移動範囲を限定する。

 加えてマグマ魔法を燃料タンクらしきものに浴びせ、大爆発を起こした。

 邪魔な壁と炎に遮られ舌打ちした帝國軍兵士たちは、壁と壁の隙間に集結。


 それこそ俺の狙いであり、シェノの狙い。


 壁と壁の隙間に集結した帝國軍兵士たちは、連射されたレーザーに焼かれ鼓動を止めた。

 シェノのライフルによって、数人の帝國軍兵士が無力化・・・されたのだ。


「クソ! 壁の外に出るな!」


 銃声と壁の向こう側から聞こえてくる切羽詰まった叫び。

 これで俺たちの勝利は確定したも同然。


 ライフルを捨て拳銃を手にしたシェノは、壁を乗り越え帝國軍兵士たちに襲いかかった。

 壁の向こう側で何が起きているのか、俺たちには分からない。


 ただ、壁の向こう側から響き渡る銃声と悲鳴を聞く限り、目にしない方が良い光景が広がっているのは確実だ。

 俺もフユメも、アイシアの従える兵士たちも顔を引きつらせ、戦闘が終わるのを待つ。


 しばらくして市場に静寂が訪れると、何食わぬ顔をしたシェノが戻ってきた。


「全員片付けてきたけど、他に敵はいる?」


 部屋の掃除でもしてきたかのようなシェノの言葉。

 俺たちは勢い良く首を横に振る。


 帝國軍兵士は全滅し、野次馬であったならず者たちも、先ほどのシェノを見て喧嘩を売ってくるようなヤツはいない。

 市場は平和・・を取り戻したのだ。


 戦闘を目にした者たちは恐怖を胸に口を閉ざし、自然と俺たちから距離をとる。

 そんな中、アイシアだけはシェノの目の前に立った。


「あの、お名前を伺ってもよろしいですの?」


 伏し目がちなアイシアは、まるで想い人に話しかけているかのよう。

 対してシェノはあっさりと答える。


「そっか、アイシアはまだあたしたちのこと知らないんだよね。あたしはシェノ=ハル」


「シェノ=ハルさん……」


 以降、謎の間。

 俺たちは首をかしげた。


 次の瞬間、アイシアはフードを取り去り、明るい色のロングヘアーを風になびかせ、青い瞳を輝かせる。


「シェノ=ハルさん! 美しく強いあなた様に命を救われ、わたくし、感動しておりますの! いつか、いつかこのご恩、お返ししなくてはなりませんわね!」


「あ、ああ、そう……」


 ニミーとはまた違った無邪気さを爆発させるアイシアに、シェノは困惑中。

 困惑しているのは俺とフユメも同じだ。

 やはりアイシアの緩急差が激しいテンションにはついていけない。


 ついていけないのであれば、ついていかなければ良い。

 俺たち3人は、アイシアを放置し話題を変えた。


「これからどうするんだ?」


「帝國軍は追い払いましたから、しばらくは過去の私たちを見守るのが良いかと」


「あたしはフユに賛成」


「そうだな、俺もフユメに賛成だ」


「じゃ、あたしはこれからグラットンの故障した部品を探しに行ってくるから」


「分かった。俺たちは――」


 言いかけて、アイシアがこちらを見つめているのに気づく。

 どうしたのかと思っていると、彼女はシェノに質問した。


「故障した部品とは、なんですの?」


 質問されたからには答えるしかない。

 シェノはぶっきらぼうに答えを口にする。


「エンジンの燃料噴射弁。もうバキバキに吹き飛んでて、とてもじゃないけど使い物にならなくなってる」


「まあ! それでしたら、わたくしたちが修理をお手伝いしますわ!」


「できるの?」


「もちろんですの。実は、宇宙空間にわたくしたちの大型艦がいますのよ。そこに、宇宙船に必要な部品が全て揃っていますわ」


「無料?」


「当たり前ですわ!」


「おお~! じゃ、お願い!」


 即決のシェノ。

 借金まみれの人間は無料という言葉に敏感なのだ。


 ところで、アイシアの言う大型艦とはヤーウッドのことだろうか。

 確かにヤーウッドの格納庫には、あらゆる部品や機材が転がっていた記憶がある。

 無償かつ早期にグラットンを修理できるというのなら、これほど助かる話はないだろう。


 子犬のような目をしたアイシアは、頬を赤らめシェノに向かってつぶやく。


「あの……褒めていただけると、とても嬉しいのですけれども……」


「修理が完了したら褒めてあげなくもないけど」


「大至急ドレッドに連絡ですの!」


 必死の形相で部下たちに命令するアイシアは、少なくとも一国の王女には見えない。

 あれではただのワガママお嬢様だ。

 植民惑星で出会った、気高きお姫様は何処へやら。


「アイシアって、あんなヤツだったっけ?」


「たぶん、あれがアイシアさんの本当の姿なのかと……」


 不思議なものだ。

 俺たちはすでにアイシアと出会っているはずだというのに、初対面のような気分。

 今思えば、メイティが見抜いたアイシアのウソとは、本性を隠しているということだったのかもしれない。

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