第2章14話 そんな不良品、早いうちに僕が処分します

 再びエレベーターに乗り込み、俺たちはグノスのボスのもとへ向かう。

 先ほどとは違い、ケイナとグノスが会話を交わすことはなかった。

 エレベーター内に流れる軽快な音楽も、今となっては不協和音のようだ。


 緊張感が溶け込む吐息とともに、エレベーターを降り、岩の廊下を進むと、コンサートホールのような広い空間が俺たちを囲む。

 空間の奥には、縦長の頭に黒い目、筋肉質の体を持つ大男が、まるで玉座に腰掛けるかのように座っていた。


 男の前には、半裸の奴隷が3人、地べたにひれ伏している。

 あの男がロクでもないヤツであるのは明白だ。そんな男に、グノスは頭を下げた。


「ボス、連れてきました」


「待っていたぞ。やはりお前は優秀な男だな」


 片頬を上げて笑う大男――ボスの反応を見て、グノスは破顔する。よっぽどボスに褒められたのが嬉しかったのだろう。


 絶望と衝撃に崩れ落ちそうになっているのはケイナだ。

 幼馴染みの知りたくもなかった側面に、彼女は息をすることすらもままならない。


 だが、グノスはさらにケイナを失望させる。


「ボス、その3人の奴隷が、何かしましたか?」


「顧客から返品された不良品だ。主人の言うことを聞かないどころか、主人に怪我を負わせたらしい」


「それは大変だ。ボスの信用度にまで傷をつけられては、たまったものではありませんね。そんな不良品、早いうちに僕が処分します」


 おもむろに内ポケットから銃を取り出したグノスは、奴隷の頭に銃口を突きつける。

 まだ未成年と思わしき3人の奴隷は、怒りと恐怖による涙で顔を汚していた。


「あのクソが俺たちの仲間を殺したんだ!」


「そうよ! 先に手を出したのは、あのクソ主人よ!」


「私たちは、その復讐としてあの主人を――」


 俺は3人の奴隷を救うため、腕を突き出し魔法を使おうとしたが、間に合わなかった。

 奴隷の言葉は、グノスの放った銃声によって途切れてしまう。


 グノスは3人の奴隷の頭に、胸に、腹に、次々とレーザーを撃ち込んだ。

 まるで、ボスへの絶対の忠誠心を示すかのように。

 流れる血を目にしたケイナは、悪魔を見つめるかのような表情で、グノスに語りかけた。


「……グノス、なぜ? ……なぜ私を、ここに連れてきたの?」


 心の底から現状を理解できぬ様子のケイナ。

 対してグノスは、奴隷を撃ち殺した直後とは思えぬ笑顔で、ケイナの疑問に答えた。


「僕の仕事を手伝ってもらうためさ」


「手伝うって……何を……?」


「ボスが、僕をファミリーの一員に加えてくれると約束してくれたんだ。でも、条件があって、僕にとって大切な女性の命を差し出さなければいけないんだよ」


「まさか……グノス……私を……」


「僕にとって大切な女性は、ケイナ、君しかいない。だから、頼む。僕のために、ボスに命を差し出してくれ」


「……そんな……そんなことって……」


「どうしてもケイナの命だけでは足りないというのなら、ボス、あの人間の女とニャアヤの女の命も差し出しましょう。人間と希少種を殺せば、気分も晴れます」


 あの男は、どこまでケイナを苦しませるつもりなのか。

 挙げ句の果てに、フユメやメイティまでをも傷つけるつもりなのか。


 怒りを蓄える俺を横目に、ボスはグノスの言葉に満足げに笑う。


「愛する女、人間の女、希少種ニャアヤの少女、か。最高だ。誰かの大切な存在、美人や希少種、憎しみの対象を殺すのは人生最大の楽しみだ。グノスよ、お前を我がファミリーに加えよう」


「あ、ありがとうございます!」


「さあ、銃を」


 とんだサイコパスの集団だ。

 誰かを殺すのが人生最大の楽しみ? そんなことを言うヤツのファミリーに加えられて喜ぶ? 何もかもが理解できない。


 俺はもう我慢の限界である。

 グノスもボスも、そろそろ黙ってもらおう。


 魔法を放つために、俺は躊躇なく腕を突き出した。腕を突き出し、五感の感覚を呼び起こし、想像する。

 直後、俺の魔法によって生み出されたレーザーが、ボスの部下3人を撃ち抜いた。

 しかし俺の胸も、1発のレーザーに撃ち抜かれてしまう。


「主人に噛み付く奴隷は不良品。そうですよね、ボス」


「ああ、その通りだ。グノス、お前は我がファミリーに加えるにふさわしい」


 ボスのためにと理性も倫理も捨てたグノスと、それを喜ぶボス。


 ちょっとした油断が、グノスに俺の胸を撃たせる隙を作ってしまったらしい。

 真っ赤な鮮血とともに、魂が体から抜けていく。


 それでも俺は死ぬことなく、痛みと怒りに感情を支配され、グノスやボスに鉄槌を下そうと足掻いた。

 必死で足掻くのだが、痛みと怒りが想像力を阻害し、魔法が使えない。

 フユメもボスの部下に銃を向けられ、治癒魔法が使えず歯ぎしりしている。


「まずは、ケイナの大切な女からだ。想い人に裏切られ絶望したその表情、たまらない」


 快感の海に浸るボスは、おもむろに玉座を立ち、銃を片手にケイナの前にやってくると、ニタニタと笑う。

 銃口を向けられたケイナは、虚ろな瞳をグノスに突き刺し、崩れるように膝をついた。


「殺し甲斐がある、良い女だ」


 趣味の悪い光景を破壊してやろうと、俺はいまだ足掻く。

 ところが、今の俺に魔法を使えるほどの余裕はないらしい。

 それがまた、俺の怒りを増大させるのだ。


 引き金にかけられたボスの指は、ゆっくりと動きだす。


「……ダメ……!」


 空間に響いた叫びは、銃を構えたメイティの叫びであった。

 彼女は俺が倒したボスの部下から銃を奪い、ボスに銃口を向けたのである。


 ここでボスを撃ち殺せば、ケイナの命は救われるかもしれない。

 だが、メイティにそれはできない。


「どうした? 撃たないのか?」


 震えるメイティの銃を、ボスは嗤う。

 今、メイティは怯えているのだ。


「……誰も、殺したくない……」


 敵を殺すことも、ケイナが死ぬことも、自分が死ぬことも恐れ、どれからも逃げられる道を、メイティは探しているのだ。

 そんな道がどこにもないと知りながら、彼女は善悪の曖昧な境界線を彷徨うのだ。


 ゆえに彼女は、ボスを撃つことができなかった。

 もちろん、ボスはメイティの心情など知ったことではない。


「可愛らしい希少種だ。この女を殺したら、次はお前を殺すとしよう」


 気味の悪い笑みを浮かべ、楽しそうにそう言ったボスは、ケイナをじっと見つめる。

 そして彼は再度、引き金にかけた指を動かした。


 岩の壁に包まれた空間に、1発の銃声が反響し、響き渡る。


 ただし、その銃声はボスの持つ銃から放たれたものではない。

 ボスは今、赤のレーザーに頭を撃ち抜かれ、血しぶきを撒き散らし、ゆっくりと地面に倒れたのだ。


 一切の躊躇も容赦も情もなく、あっさりとボスの命をあの世に送ったのは、空間の入り口に立つシェノであった。

 彼女は、背後に立つベス・グループの兵士たちとともに、次々とゴロツキどもを撃ち殺す。


 一方的な攻撃が一段落すると、空間の床はゴロツキどもの亡骸に覆われていた。


「ソラトさん!」


 命を狙う者が消え失せ、フユメはようやく俺の胸に手を当てる。

 俺の胸に空いた穴は、フユメの治癒魔法によって完治した。

 続けてシェノが俺に言う。


「まだ動けそう?」


「当たり前だ。むしろ、ようやく動けるようになったんだ」


「そう。あたしはこのクソったれ組織を潰してるから、あんたは奴隷でも解放してて」


「はいはい、任せろ」


 刃物のように鋭い瞳を光らせたシェノは、兵士を連れて基地の奥へ。

 ショートヘアを揺らす彼女の背中を眺めながら、俺はフユメとメイティ、ケイナに伝えた。


「3人とも、ついてこい。奴隷を解放するぞ」


「メイティちゃんとケイナさんも連れていくんですか!?」


「見てみろ。グノスの死体がどこにもない」


「あ、確かに」


「グノスがまだ生きてる以上、メイティとケイナをここに置いていくわけにはいかないだろ」


「分かりました。メイティちゃん、ケイナさん、ソラトさんから離れないでくださいね」


 一度納得したフユメは行動が早い。

 銃を手に震えるメイティと、絶望し虚ろなケイナを、フユメは支えてくれた。

 俺は来た道を戻り、奴隷が閉じ込められる倉庫へと向かう。

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