第2章15話 俺はお前を助けない
俺は来た道を戻り、奴隷が閉じ込められる倉庫へと向かう。
基地の奥からは、にわか雨のような銃撃音が鳴り響き、その度にゴロツキたちがこの世を去っているのだろう。
奴隷を酷使し他人の命を踏みにじってきた者たちは、他人の命を奪い金を稼ぐ外道たちによって、人生最期の時を過ごしているのである。
エレベーターの軽快な音楽を聞き流し倉庫にやってきた俺は、奴隷を閉じ込める陰惨な鉄の林を眺めた。
ここは生物の居場所ではない。
生物である以上、彼らはここから解放されなければならない。
銃声に怯える奴隷たちに、俺は呼びかけた。
「この地獄から抜け出したいヤツは、檻から離れろ!」
奴隷たちが呼びかけに応じてくれたかは不明だ。
だが、知らん。
俺は床に両手をつき、ドゥーリオの地下世界で凍えた経験を呼び起こし、想像する。
刹那、冷たい岩の床はさらに凍てつき、床全体が氷に覆われていった。
檻の根元にまで広がった氷は、その檻を這い上がり、鉄棒を芯まで冷やし尽くすのだ。
全ての檻が凍りつき冷え切ったのを確認すると、俺は両腕を檻に向け突き出す。
「これで自由だ」
突き出した両腕から放たれたのは、魔法によって生み出された赤のレーザーの束。
赤のレーザーが檻に直撃すると、寒さに凍え本来の強度を失った鉄棒たちは、弱々しい小枝のごとく折られ、粉砕されていった。
鉄の林は枯れ果て、奴隷たちを閉じ込めるものはもうない。
「みなさんを閉じ込めた組織は、私たちが潰しました! みなさんは、もう自由ですよ!」
大声で解放を伝えたのはフユメであった。
しかし、奴隷たちにこれといった反応はない。
きっと彼らは、突然の解放に困惑し、どこの馬の骨とも分からぬ俺たちの言葉を果たして信用して良いのか、判断がつかぬのだろう。
加えて、奴隷から解放されたところで、何もかもを失った彼らに行き場はない。
奴隷として生活する道を選ぶ、という者がいても不思議ではないだろう。
自由を与えたのだから、あとは好きにしろ、というのも酷な話か。
「僕の奴隷たちに、勝手なことをするな!」
背後から聞こえてきた虚しい声。
振り返るとそこには、腹から血を流し、ケイナに銃口を向け、充血した目で俺たちを睨むグノスの姿が。
「ケイナさん!」
銃口を向けられたケイナを心配するフユメだが、俺はグノスを鼻で笑った。
「どこまでもクズ野郎だな、お前は。僕の奴隷だと? ボスが死んだ途端、組織を乗っ取るつもりか?」
「ボスは僕をファミリーに加えてくれたんだ! だから、ボスが死んだ今、この組織は僕のものだ!」
「じゃあどうしてケイナに銃を向ける? もうケイナを殺す必要はないだろ」
「僕がここから逃げるために、ケイナには手伝ってもらいたいことがあるからさ」
「今度は人質として協力してくれ、ってことか。自分を愛してくれた人に、よくもまあ……」
心に湧き出る感情は、怒りでも哀れみでもない。これは無だ。
グノスという救いようのない男がどうなろうと、もはや俺にはどうでもいいこと。
だが、ケイナにとっては大切なこと。
「……ねえグノス、教えて? あなたに、何があったの?」
せめて自分を納得させるため、幼馴染みの身に何が起きたのかを知ろうとするケイナ。
やや沈黙したグノスは、血が滲むほどに唇を噛み、過去を吐き出す。
「数年前、父さんの会社が帝國に襲われた。家族はみんな死んだよ。生き残ったのは僕1人。約束された将来を失った僕は、1人で街を彷徨って、人生のどん底にいた。でもある日、僕はボスに拾われた。恩返しのために、僕は一生懸命、ボスに尽くした」
忌々しい過去を語るグノスは、唐突に落ち着き払った声音で続けた。
「ボスのために働くことで、僕は気づいたんだよ。人生はやり直せるんだって。ボスに尽くせば、失ったものを取り直せるんだって」
爽やかな笑みを浮かべるグノス。
「あの奴隷たちも同じさ。ボスに尽くせば失ったものを取り戻せる。それまでの苦しみは、試練みたいなものなんだ。不屈の精神とボスへの忠誠心で苦しみに耐え抜けば、誰だって人生をやり直せるんだ」
「なら、どうしてグノスは……奴隷の命を……」
「言っただろ。不屈の精神とボスへの忠誠心が大事なんだよ。これがないヤツに、人生をやり直すチャンスはない。そんなヤツは不良品だ。不良品は処分するのが当然だろ」
もう、グノスを見つめるケイナの瞳に、グノスの姿は映っていなかった。
自分の知るグノスは、とうの昔に死んだのだと、ケイナは悟った。
この胸糞悪い時間も終わりにしよう。
「辛い過去があったのは同情する。だけど、自分の不幸を隠した幻想で、他人の命を選別するお前のやり方は、ボスは許しても、俺は許さない。俺はお前を助けない」
思ったことをありのままに口にすると同時、グノスの背後にシェノたちが現れた。
シェノたちに銃を向けられ、いよいよグノスは狼狽する。
「ち、近づくな! ケイナを撃つぞ! 本当に撃つぞ!」
「悪いなケイナ、グノスとはお別れだ」
「……お別れなら、遠い昔に済ませています」
「そうか」
俺は氷魔法を使い、銃を持つグノスの右腕を凍りつかせた。
唯一の武器を失ったグノスは、慌てふためく。
彼の眉間には、すでにシェノの銃口が向けられていた。
「僕は……不幸な者たちにチャンスを……!」
感情なき銃声と赤のレーザーが、グノスの眉間に突き刺さる。
グノスは死んだ。
そんなグノスの死に対し、ケイナは頬に涙を伝わせ、1人でうずくまる。
俺もフユメもシェノも、彼女にかける言葉がない。
ただ1人、メイティだけが、ケイナの隣でしゃがみ、彼女の背中をさするのであった。
*
基地内にいたゴロツキどもは全滅。
今は、いつの間にやってきていたベス・グループの大型商船が、解放された奴隷たちを回収している最中だ。
ここからはベス・グループの仕事。俺たちにやることはない。
「敵対組織の壊滅を手伝ってくれて感謝する、ってヒュージーンが言ってたよ」
基地の外、空を支配する巨大なガス惑星を眺めていた俺に、シェノはそう伝えた。
俺は思わず苦笑する。
「おいおい、敵対組織の壊滅なんて、今はじめて聞いたぞ。初耳の仕事を手伝って感謝されてもな……」
「仕方ないでしょ、あたしも詳しいことは聞いてなかったんだから」
「マジか。もしかして、報酬だけで仕事を引き受けたのか?」
「うっ……ま、まあね」
「いくらだ?」
「デスプラネットの設計図の3倍」
「ワオ」
宇宙船も家も買えるような報酬、シェノが飛びつくのも無理はないだろう。
とにもかくにも、ヒュージーンの目的は達成され、シェノの仕事は終わったのだ。本来ならば喜んでも良い場面である。
しかし俺たちは、素直に喜べない。
シェノは視線を落とし、どこか気が咎めたように言葉を引っ張り出した。
「それで、ケイナとメイティは大丈夫?」
今回の件で幼馴染みの蛮行、そしてその死を目にしたケイナ。
今回の件でケイナを救おうとし、だが自らの力では救えなかったメイティ。
「ケイナはフユメが慰めてるところだ。メイティは……あそこでずっと遠くを眺めてる」
「あっそう。なんかごめんね。基地が奴隷の倉庫で、グノスがイカれたヤツだって知ってたら、あの2人を仕事に参加させなかったのに」
「なんで俺に謝る? その謝罪は、ケイナとメイティに直接伝えろよ」
「無理。あたし、あの2人に嫌われてるだろうし」
「へえ~、シェノもたまには人間らしいことを言うんだな」
「ちょっと! それってどういう意味!?」
「そのまんまの意味だ」
「はぁ……あんたに謝罪したあたしがバカだった……」
己の言動に深く後悔したシェノは、俺の前から逃げるように去っていった。
再び1人になった俺は、遠くを眺めるメイティの小さな背中を見て、彼女のもとに歩み寄る。
青のリボンを風にそよがせ、地面に座り、尻尾を丸め、猫耳を垂らし、無表情に沈むメイティ。
伝説のマスターとして、俺は彼女に言葉をかけるべきか、放っておいてあげるべきか。
悩んでいると、メイティは消え入りそうな声で言う。
「……ごめんなさい……」
それが何に対する謝罪なのかは分かっている。
俺はメイティの隣に座り、彼女の謝罪に本音で回答した。
「誰かの命を助けるのは簡単なことじゃない。あの状況でケイナを守ろうと銃を取っただけでも、メイティは頑張ったよ」
「……だけど……」
「シェノが到着するまでの時間稼ぎぐらいにはなったさ。あんまり気にしすぎるな」
反省点については、わざわざ俺が指摘しなくとも、メイティは理解している。
伝説のマスターがやるべきことは、メイティが自信を失ってしまうのを避けることだ。
メイティはしばし沈黙し、ゆっくりと口を開く。
「……わたし、ケイナを、守りたかった……わたし……昔……」
それからメイティが語ったのは、自らの過去について。
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