第2章10話 どうすれば魔法が使えるようになるんだろうな
氷魔法を使い体を冷やしながら、俺たちはマグマの川に沿って山を登った。
数千の火山から立ち上る煙によって空は覆い尽くされ、薄暗いファロウの景色。それを、マグマがオレンジ色に照らし出す。
この幻想的な世界に時折降るマグマの雨は、分厚い氷の傘でなければ防ぐことができない。
額を伝う汗が不快かどうかなど些細な問題だ。ファロウはまさしく地獄である。
登山の最中、噴石とマグマの雨により二度死んだことは、なかったことにしよう。俺たちは
「疲れた……」
「治癒魔法で疲れを取りましょうか?」
「いや、いい。どうせすぐ死ぬし」
火山の噴火に飛び込むために、俺とメイティはここに来たのだ。
だが、フユメに死なれては困る。
俺は氷魔法を使って、豆腐のような見た目の芸のない要塞を作り、その中にフユメを押し込めた。
これで噴火からフユメを守ることができるだろう。
数歩踏み出せば火口に落ちるような場所に立った俺とメイティは、噴火を待ち続けた。
「メイティは、こんな火山に近いところに来るの、はじめてか?」
「……うん……」
「俺もだ。フユメが蘇生魔法持ちじゃなけりゃ、間違いなくこんな場所には来なかった」
「……わたし、ここに来られて、良かった……」
「お? それはどういう意味だ?」
「……綺麗な景色、見られたから……」
「なるほど、確かにな。まあ、その綺麗な景色にこれから殺されるんだけど」
「……死ぬの、怖くない……」
火口を包み込む、幻想的なオレンジ色の光に瞳を輝かせながら、同時に生気を感じられぬ表情をするメイティ。
今にも消えてしまいそうな儚い彼女を見ていると、俺の心に不安が募る。
自暴自棄に陥った人間は、いつ世界から消えてしまってもおかしくはないからだ。あのときのように。
いつかの記憶を呼び起こせば、俺の不安は大きくなるばかり。
「噴火まで30秒です!」
氷の要塞から聞こえてくるフユメの大声。
シェノから伝えられた情報をもとに噴火を予測する彼女の言葉は事実のようだ。
大釜で沸騰したシチューのようなマグマは、大空に飛び立とうと、うごめきはじめている。
「あと10秒!」
地面は揺れ動き、大地が悲鳴をあげた。
惑星の奥深くから、膨大な量のマグマが湧き上がってきているのだ。
「あと5秒です!」
「メイティ! 俺の手をしっかり掴んでろ!」
俺の叫びに従い、メイティは小さな手で俺の左手を掴んだ。
並行して、俺は右手を火口とは逆の方向に伸ばし、風魔法を発動。
どこからともなく吹き付けた突風は、俺たちを宙に飛ばし、火口の真上に連れていく。
ふわりと浮いた体は重力を無視、俺とメイティの眼下にマグマの湖が広がった。
わずか数秒の空中浮遊。
次の瞬間、火山は噴火し、突き上げられたマグマの柱が俺たちを飲み込む。
凄まじい噴煙、おぞましい数の噴石、惑星の中心から吹き出すマグマに包まれ、噴火の勢いとともに、俺とメイティの意識は遥か彼方の上空へ。
この一瞬の間に、一体どれだけの感覚が五感に刻み込まれたのだろうか。
再び意識を取り戻すと、目の前には汗と冷や汗、水でびっしょりのフユメの姿が。
「ソ、ソソソ、ソラトさん! 氷が溶けちゃいます! このままだと私も死んじゃいます!」
「え? あ、ああ! ちょっと待ってろ!」
俺は勢いよく立ち上がり、今にもマグマに溶かされそうになっていた氷の要塞を修復した。
修復後、フユメは安堵した表情でメイティの蘇生を開始する。
フユメはメイティの髪の毛を地面に置き、手を当て、目を瞑った。
すると、緑色の仄かな光が、髪の毛を暖かく包み込む。その光は徐々に人の形となり、10秒もしないうちに、メイティの体が蘇った。
緑の光がメイティの体に入り込むと、メイティの丸い目が開かれる。
「蘇生完了です。何か違和感とか、ありませんか?」
首を横に振るメイティ。優しく微笑むフユメ。
フユメが蘇生魔法を使うとき、俺はいつも死んでいた。だから、蘇生魔法を目にしたのはこれがはじめてだ。
あまりに神秘的かつ、神にも等しい
自然の摂理をいとも容易く飛び越えた光景に、俺の理解が追いつかない。
さりとて、すでに何度も蘇生魔法で蘇っている俺がそんな反応を示すのは、今更というものだろう。
「ええと……噴火魔法が使えるかどうか、ちょっと試してみる」
氷の一部を溶かし、氷の要塞の外に向かって、俺は両腕を突き出した。
あとはいつもの通り。五感の記憶を呼び起こし、小さな噴火を頭の中に思い浮かべるだけ。
果たして夜の闇にも似た溶岩の地面からマグマが吹き出し、数多の噴石が銃弾のごとく飛び散った。
小さな噴火を作り出すことに、俺は成功したのである。
「これが噴火魔法か。想像力次第で、大規模な噴火も起こせそうだ」
「もう少し開けた場所なら、大規模な噴火が起こせるかどうか、試せますね」
「よし、移動するか」
「待ってください。その前に、メイティちゃんが噴火魔法を覚えたかどうか、確かめないと」
「あ、忘れてた」
今の俺は、孤高の修験者ではなく伝説のマスターなのだ。弟子の修行を手伝わなければならなかったのだ。
魔法の使い方を説明するのははじめてだが、やってみよう。
「メイティ、さっきの俺みたいに、あの辺に向かって腕を突き出してみろ」
黙ったまま、メイティは俺の言葉に従う。
俺は説明を続けた。
「次に、火山の噴火に飛び込んだときを思い出すんだ。思い出すのは、感想じゃなくて感覚の方な。目を瞑った方が集中できるぞ。慣れるまでは急がなくて良いからな」
やはり黙ったまま、俺の言葉に従うメイティ。
数秒して、俺は説明の続きを口にする。
「感覚を思い出したら、同時に、腕を突き出した先で小さな火山が噴火してる場面を想像するんだ。ちょっと難しいかもしれないが、この辺は俺もテキトーにやってるんで、悪いが詳しい説明はできない。頑張ってくれ」
伝説のマスターとして、こんな曖昧な説明が許されるのだろうか。
たぶん許されるだろう。多くの伝説のマスターは、大事なところを隠して教える意地悪なヤツらが多いからな。
さて、メイティは俺の説明を聞いて、魔法を使えるようになるのだろうか。
数十秒が経過した。何も起きない。
数分が経過した。何も起きない。
メイティは目を瞑り、魔法を使おうと努力しているが、やはり何も起きない。
少しやり方を変えるため、今度はフユメがメイティに言った。
「メイティちゃん、炎魔法を使ってみましょう」
「……うん……」
ぺこりとうなずき、人差し指を立てたメイティ。
今度は数秒もしないうち、メイティの人差し指の先に小さな炎が揺れた。
間違いない。メイティは魔法を使える。それもごく自然にだ。
フユメは言葉を続ける。
「すごいです、メイティちゃん! では、今の炎魔法を使った感覚で、噴火魔法を使ってみましょう」
集中し、腕を突き出し、目を瞑るメイティ。
数秒が経過した。何も起きない。
数十秒が経過した。何も起きない。
数分が経過した。何も起きない。
残念ながら、結果は同じであったのだ。
「ダメか。どうすれば魔法が使えるようになるんだろうな」
「……ごめんなさい……」
「大丈夫ですよ。魔法はすぐに使えるようになるものじゃないですから」
「俺はすぐに使えるようになったぞ」
「それはソラトさんが変人だったからです」
マグマすらも冷やしてしまいそうな冷たい口調、どんな岩でも砕いてしまう
なぜか申し訳なさでいっぱいになった俺は、黙り込む他なかった。
この間に、フユメは優しく笑ってメイティに言う。
「とりあえず経験を重ねてみましょう。そうすれば、想像力も育つかもしれません」
「……噴火、待つの……?」
「いいえ、ソラトさんに魔法を使ってもらいます。ソラトさんが噴火魔法を使って、メイティちゃんにたくさん噴火を経験させれば良いんです」
つまりメイティが魔法を使えるよう、俺が何度も噴火魔法でメイティを殺せ、ということ。
優しい笑みを浮かべるフユメだが、言っていることは悪魔のようだ。自然の摂理から外れた『プリムス』の価値観は、なかなかに狂っている。
しかし、他に方法がないのも事実。俺はフユメの言う通りにした。
それからの数時間は、凄まじい数時間である。
俺は何度も噴火魔法によってメイティの命を奪い、その度にフユメがメイティを蘇生させ、それでもメイティが魔法を使えない、という時間が、数時間も続いたのだ。
メイティは表情ひとつ変えることなく、真面目に魔法修行に勤しんでいた。
対してメイティを噴火魔法で吹き飛ばし続けた俺は、だんだんと気が滅入ってくる。
蘇生魔法をやり続けるフユメは、メイティを蘇生するたびに「かわいい」とつぶやくが、それが俺には狂気的に見えてきた。
結局、この狂った修行によって得られたものはあったのか。
数時間の修行の末、メイティは魔法を使うことができなかった。
時間の無駄だったとは思いたくないが、俺の心は正直である。
「今日の修行はここまでだ。これ以上、死んだり生き返ったりを繰り返しても意味ないだろ」
「……そうかもしれませんね」
俺の意見に同意してくれたフユメ。
彼女はメイティの頭を撫でながら、優しく微笑む。
「メイティちゃん、今日の魔法修行は終わりです。お疲れさまでした」
ぺこりとうなずいたメイティは、フユメと手をつなぎ、火山を下りはじめる。
目的地はシェノとの合流地点である街だ。俺もフユメとメイティの後を追った。
なお、街に向かう途中、俺は遠くの平地に向かって本気の噴火魔法を試してみる。
結果、遠くの平地はマグマの湖と化し、噴煙が空を覆い、新たなマグマの川が出来上がり、某企業に迷惑をかけたというのは、また別の話である。
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