第2章2話 脱出ポッドを助けましょう!

 目を覚ますと、そこには不安げな表情をしたフユメとニミー、そして呆れたような表情のシェノが。

 辺りを見渡してみれば、見慣れた殺風景な操縦室が広がっている。


 間違いない。俺はグラットン内で目を覚ましたようだ。


「お前ら! よくもあんなレイシスト惑星に俺を置き去りにしてくれたな!」


 勢いよく上体を起こし、俺は積もり積もったストレスを発散させた。

 これに機嫌を悪くし答えたのはシェノである。


「仕方ないでしょ! どんな仕事でもコターツにこもってたあんたが、まさかグラットンの外にいるなんて思わなかったんだから!」


「いやいや、出発前に確認ぐらいしろよ!」


「どうせコターツの中にいるだろうと思ったの! いつもどんなときもコターツの中にいるあんたが悪い!」


「ふざけんな! 俺もコターツも何も悪くないだろうが!」


「ソラトさん、シェノさん、今は言い争いをしている場合ではないですよ」


「けんか、だめ~」


 もうすぐで取っ組み合い、というところで、フユメとニミーが喧嘩を止めに入った。

 俺もシェノも言いたいことはまだまだあるが、ここは2人に従おう。


 喧嘩を終えると、今度はフユメが俺に話しかけてきた。

 彼女はフロントガラスの向こうに指をさし、震えた声で俺に言う。


「あれを……見てください……」


「なんだ?」


 フロントガラスの向こうに見えるのは、数多の破片に包まれた死の惑星。

 辛うじて球体を維持したその惑星は、皮を剥かれたリンゴのように、地表を完全に削り取られている。

 あの惑星がどうしたというのか。


「惑星ゾザークです。私たちがソラトさんを迎えに来たとき、ゾザークはもうあの状態でした」


「は?」


「ゾザークに、何があったんですか!?」


「俺もあんまりよく覚えてないんだけど……」


 記憶を辿れば、惑星ゾザークが死の星と化した理由にたどり着く。

 エクストリバー帝國のデスプラネット、そこから放たれた『神の雷』が、惑星ゾザークを壊滅させた。それ以外に思い当たる節はない。


 とはいえ、星の地表を丸ごと削り取るような兵器が、この世に存在するのだろうか。

 存在するとすれば、それは一大事。


「たぶん、帝國の仕業だ」


「エクストリバー帝國……」


「なあ、俺は死んだんだよな?」


「はい、ソラトさんはゾザークで死亡したんだと思います」


「死体も残らず吹き飛ばされたはずだけど、よく蘇生できたな」


「え、ええ、まあ……」


 なぜだろう、フユメは顔を赤くし、俺から視線を逸らす。

 俺の何気ない質問に答えを与えてくれたのは、呆れ返ったシェノであった。


「こっちは大変だったんだから。どっかにあんたの髪の毛が落ちてないかって、三人でグラットンを這いつくばったんだからね。それで唯一見つかったのが、あんたの縮れ毛――」


「シェノさん! それ以上は言わなくて良いです!」


「フユメ、なんかごめん……」


 縮れ毛ということは、つまりそういうことなんだろう。

 そんな毛に蘇生魔法を使って、フユメは俺を蘇らせたのだ、

 いやはや、こればっかりは申し訳ないことをしたものである。


「おねえちゃん! おなかすいた~!」


 ミードンを抱きしめたニミーが、腹を豪快に鳴らしながら、マイペースなことを口にする。

 妹が妹なら、姉も姉だ。


「早く仕事終わらせて、ご飯でも食べよう」


 ひとつの惑星が、帝國によって吹き飛ばされたのだ。

 人間を差別していたとはいえ、それが何億というゾザーク人の命を奪う理由にもならない。

 またもエクストリバー帝國の蛮行を、俺たちは目にしたのだ。


 それでもシェノとニミーは、自分たちの仕事を優先する。


 ハル姉妹の言葉は間違っていない。自分たちにできることは限られているのだ。まずは自分たちのことが最優先。これは極限の世界を生きてきたハル姉妹の、ひとつの答え。


 今回ばかりはハル姉妹の言う通り。俺もフユメも、自分たちの仕事を終わらせることを優先しよう。

 シェノは操縦席に座り、グラットンをハイパーウェイに飛び込ませる準備を開始した。

 一方でフユメの心は、静かな怒りに燃えている。


「ひどすぎます。エクストリバー帝國は、魔王と何ら変わらない危険な存在です」


「ああ、俺も同感だ。オークやガーゴイルを従えた、惑星をも破壊する帝國。あいつら、魔王と同じく、いつか俺たちが倒さなきゃならない敵になるかもな」


「そのときは、私も全力でお手伝いします」


 フユメの強い決意と同時、グラットンは自らが作り出したワームホールに飛び込み、ハイパーウェイへと乗り込んだ。

 目的地は、この世界から消え去ったゾザークの鉱石を待つ、とある企業が本拠を構える惑星。

 腹を減らしながらも、俺はコターツに潜り、1時間程度の旅路を寝て過ごす。


    *


 白い光の波を駆け抜けるグラットンは、目的地への到着が近いことを俺たちに知らせた。


 だからと言って、俺たちが何をするわけでもない。

 俺とニミーはコターツに入ったまま、フユメは図鑑を読み、シェノは操縦桿を握る。


「ハイパーウェイ、出るからね。ちょっと揺れるよ」


 気の抜けた声によるシェノの忠告。

 ハイパーウェイ脱出に慣れきった俺たちは、彼女の忠告を聞いたところで何もしない。


 数秒後、白の波は消え失せ、グラットンは凍りつき、すぐさま氷を溶かし、真っ暗な宇宙を漂う。

 仕事場はすぐそこだ。あとは目の前の惑星に着陸し、とある企業に鉱石を手渡すだけ。


 ところが、今日は運が悪いらしい。


「待って。すぐ近くに帝國の艦隊がいる」


「帝國の艦隊? マジかよ」


「おーきなうちゅーせん、いっぱいいる~!」


 肉眼でも確認できるほどの距離に浮かんだ軍艦3隻。

 くさび形の艦体に砲をずらりと並べたその3隻は、間違いなく帝國の軍艦――シュトラール級巡洋艦だ。

 帝國の艦隊が浮かぶ場所に、俺たちはやってきてしまったのである。


 ゾザークの破壊に続いて現れた帝國艦隊に、フユメは表情を強張らせた。


「今度は何を企んでいるんでしょうか……」


「さあね。ただ、艦隊の様子がおかしい。あんまり変な動きはしない方が良いかも」


 慎重にグラットンを飛ばすシェノ。


 言われてみれば確かに、帝國の艦隊の様子がおかしい。

 艦隊の中心に陣取る巡洋艦は、断続的な爆炎を内部から吹き出し、船の破片を飛び散らせているのだ。

 あの巡洋艦が何者かに襲われているのは一目瞭然。


 俺は思わずため息をついてしまう。


「同盟軍と帝國軍の衝突か? また面倒な。シェノ、あの面倒事に巻き込まれないよう気をつけろよ」


「言われなくても分かってる」


 今日の仕事は、ゾザークで回収した鉱石をとある企業に手渡すこと。それ以外の仕事は一銭にもならないのだ。

 やらずに済むことはやりたくない。

 そう願っていたのだが、どうやら面倒事は俺たちを逃してくれないようである。


「うん? これって……」


「どうしたんですか?」


「巡洋艦から脱出ポッドが射出されたんだけど、なんか救難信号を送りながらこっちに向かってきてる」


 レーダーを眺めたシェノの言葉。

 俺とフユメは同時に叫んだ。


「放っとけ!」

「助けましょう!」


 正反対の叫びを聞いて、シェノは一瞬だけたじろぐ。


 フユメが脱出ポッドを助けようと口にするのは、想定の範囲内だ。

 ここまでが想定の範囲内なら、シェノの答えも想定の範囲内のはず。


 金の信望者であるシェノのことである。一銭にもならぬ脱出ポッドの回収など、彼女がするはずがない。

 そう俺は思っていた。だが、シェノは俺の想定していた以上に金の亡者だったらしい。


「帝國の巡洋艦から逃げてきた脱出ポッド、か。エルデリアに渡したら、結構な額になるかもしれない」


「おお~! おねえちゃんの『おかねだいすき』だ~!」


「助けに行こう!」


「シェノさん、さすがです!」


 操縦桿を倒し、グラットンを脱出ポッドのもとまで移動させるシェノ。彼女の瞳は、翼を生やした金塊が飛び回っているかのように、強く輝いていた。

 最悪の展開である。俺はまた、面倒事に巻き込まれようとしているのである。


 ところでフユメ、生気の感じられぬ視線を俺に向けるのはやめてくれないだろうか。


「おっと、あの脱出ポッド、帝國軍の大事なモノ運んでるかも」


「は? なんでそう言える?」


「帝國の無人戦闘機50機が出てきた」


「……逃げよう」


「突っ込む」


「なんとしても、脱出ポッドを助けましょう!」


「むじんせんとーき、わらわら~!」


 もう好きにすれば良い。俺はニミーと一緒に何も考えず、コターツに潜り込むことにした。

 俺がコターツの温かみに癒される間、シェノはニタニタと笑いグラットンを飛ばす。


 脱出ポッドはすぐそこ、50機の無人戦闘機もすぐそこ。

 ゆったりと脱出ポッドを回収している暇など、ありはしない。そんなことをしていれば、無人戦闘機に蜂の巣にされるだけだ。

 だからこそシェノは、一切のスピードを緩めることなく、グラットンを脱出ポッドのもとに突撃させるのだ。


 ただし、シェノはワームホールを作り、ハイパーウェイ突入の準備も行っていた。

 グラットンはワームホールの脇をかすめ、相も変わらずまっすぐと脱出ポッドに接近する。


「シェノさん? ぶつかりますよ? 脱出ポッドにぶつかっちゃいますよ!」


「大丈夫」


 副操縦席に掴みかかるフユメなど気にせず、スロットルレバーを引き、ペダルを踏み、操縦桿を勢いよく傾けたシェノ。

 するとグラットンは、宇宙空間をドリフトし180度回転した。

 先ほどまで正面に向き合っていた脱出ポッドは並走、無人戦闘機は背後に。


 シェノが再びスロットルを全開にすると、エンジンは熱を帯び、グラットンは脱出ポッドを追い越す勢いで加速する。


 脱出ポッドとグラットンの距離は徐々に詰められていった。

 同時に、50機の無人戦闘機から放たれるレーザーがグラットンを襲い、シールド耐久値減少を報せる警報が悲鳴のごとく叫ぶ。


「賑やかだな」


「うん! にぎやか~!」


「どうしてソラトさんとニミーちゃんは、この状況でまったりしてるんですか!?」


 フユメのツッコミが聞こえてきたが、知ったことではない。

 俺とニミーはコターツにうずくまり、フユメの言うこの状況が過ぎ去るのを待つだけである。


 背後から撃たれるレーザーの雨に包まれながら、グラットンはついに脱出ポッドの真上にやってきた。

 船体の後方下部――荷台のすぐ下を飛ぶ脱出ポッド。シェノはモニターを操作する。

 モニター操作の直後だ。脱出ポッドはグラットンに引き寄せられ、見事に荷台に収まった。


「捕まえた!」


 喜びの言葉とともに、目の前で輝くワームホールを正面に見据え、ハイパーウェイ突入のレバーを倒すシェノ。

 ワープ用の燃料が消費され、エンジンは唸り、グラットンは急加速、そのままワームホールに突入した。

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