第2章3話 おっきなミードンだ~!

 レーザー飛び交う景色は消え失せ、白の波が踊る空間が俺たちの視界に映る。

 どうやら俺たちは、無事に脱出ポッドを確保し、帝國の追撃からも逃れられたようだ。


「すごいです! やりましたね、シェノさん!」


「これで同盟軍への借金も大幅に減額……フフフ」


 純粋な正義感を前面に出すフユメと、金のことしか頭にないシェノの2人は、操縦席で小さな勝利を祝う。

 素直に喜べないのは、この俺だ。脱出ポッド回収が、より大きな面倒事を招かなければ良いのだが……。


「おねえちゃん、さっきのおにもつ、なあに?」


「さあ、知らない」


「ニミー、きになる! おにもつ、なあに?」


「とりあえず、どっかの惑星に着陸しようか。荷物の中身はそこで確認」


「やった~!」


 ニミーが抱いた好奇心は、シェノの好奇心と同じもの。

 操縦席前のモニターで地図を確認したシェノは、4番目に近い惑星を目的地に選んだ。


 目的地はすぐそこ。グラットンは早々にハイパーウェイを抜け出し、適当に選ばれた惑星へと降り立つ。

 貝殻のような丘が重なり合った地表にグラットンの降着装置が接触すると、俺たちは好奇心に従いグラットンの外に出た。


 船体後方に回り荷台を確認すれば、レーザーに焼かれた脱出ポッドがぶら下がっている。


「おねえちゃん! はやくはやく!」


「はいはい」


 ミードンを頭に乗せて目を輝かせるニミーのため、シェノは荷台のスイッチを操作。

 すると、脱出ポッドはゆっくりと荷台を離れ、地上に置かれた。


 まるで卵のような形をした脱出ポッドは、人が乗るにはちょうど良いサイズ。


「もし、人が乗ってたら?」


「その人は私たちが救った命、ということになりますね」


「ああ、そう。じゃあ、是非とも感謝してほしいもんだな。ラーヴ・ヴェッセル」


 念のための備えは必要だ。脱出ポッドを開けた途端に凶暴なエイリアンが飛び出してくる、という可能性だってあり得るのだ。

 フユメもそれを理解してか、治癒・蘇生魔法の準備。シェノも銃を片手に、ニミーを背中に隠している。


 好奇心と警戒感を同居させながら、シェノは慎重に脱出ポッドの開閉スイッチに触れた。

 スイッチに触れたと同時、蒸気を発し仰々しい音を立てた密閉扉が開かれ、ついに脱出ポッドの中身があらわになる。


「これは……」

「これって……」

「こいつ……」

「おお~! ミードンだ~! おっきなミードンだ~!」


 蒸気の向こう側にいたのは、まさしくニミーの言葉通り。

 フユメよりも小さな体。猫のような耳と尻尾。ふわふわのシルバーヘア。まるでミードンを擬人化したような小さな女の子が、脱出ポッドの中で丸まっていたのである。


「女の子だ」


「普通の女の子じゃない。この子、ニャアヤだよ」


「シェノ、この子を知ってるのか?」


「この子は知らないけど、この子の種族ニャアヤは知ってる。何百年も前に故郷を失って、宇宙を流浪する希少種として有名だからね」


「なるほど、希少種の女の子が帝國の巡洋艦から脱出か。面倒事の権化みたいな話だ」


 思わずため息が出る。もしかすると、俺たちはとんでもないことに巻き込まれてしまったのではないだろうか。

 仕事が忙しく魔法修行もできていないというのに、これ以上の面倒事は勘弁してほしい。


 そんな俺の思いとは対照的に、フユメとニミーは胸を高鳴らせていた。二人とも夢心地な表情をして、ニャアヤの女の子に駆け寄る。


「かわいい! なんですかこの娘! かわいすぎます!」


「おっきなミードン! ニミー、おっきなミードン、ぎゅーってしたい!」


「あの、お名前を教えてください!」


 犯人を取り調べ中の鬼刑事よりも凄まじい圧で、女の子に迫るフユメとニミー。

 脱出ポッドの中で丸まっていた女の子は、突然のことにびっくりした様子。


 迫り来るフユメとニミーを前にして、女の子は脱出ポッドの壁際に追い詰められる。事ここに至り、ついに女の子は観念したか、小さな猫口をおそるおそる開いた。


「……わたし……メイティ……メイティ=ミードニア……」


「みーどにあ? ミードンだ~! やっぱりミードンだ~!」


「ふわ~名前もかわいいです~」


 あの2人はもはや手遅れだ。あの2人は、メイティと名乗った女の子に心を奪われてしまったのだ。

 困り果てたメイティのためにも、俺とシェノはメイティを連れ、グラットン船内に戻る。


 とりあえずメイティをコターツに入れると、彼女は脱出ポッドの中にいたときと同じように、小さく丸まった。

 気持ち良さそうなメイティを見ていたら、俺も自然とコターツの中に誘われてしまう。


 俺とフユメ、ニミー、メイティがコターツに入ったところで、本題といこう。


「なあメイティー、お前はどうして帝國の巡洋艦なんかに?」


「…………」


「もし嫌な思い出だったら、答えなくても大丈夫ですよ」


「…………」


「巡洋艦から逃げ出した理由は?」


「…………」


「何も答えないね。どうする?」


「無理に聞き出す必要はないと思います。その方が、メイティちゃんのためかと」


「同感だ。とりあえず休ませておけ」


 自分の名を口にして以来、少しも口を動かさぬメイティ。

 もともと無口な印象の彼女ではあるが、突然のことに混乱し、余計に喋り辛くなっているのだろう。

 気持ちが落ち着くまで、メイティは自由にさせた方が良い。


「ねえねえ、おにんぎょうあそび、しよ~!」


「……うん……」


 幸い、メイティにはニミーと遊ぶだけの余裕がある。

 今の仕事を終える頃には、メイティから話を聞くこともできそうだ。


 などと思っていたのだが、その仕事が、唐突に終わりを迎えてしまった。

 仕事の終わりを告げたのは、無線機を通して俺たちに話しかけてきたエルデリアである。


《シェノさん? 聞こえるッスか?》


「聞こえてる。どうしたの?」


《緊急報告ッス。今の仕事はキャンセル、エルイークに戻ってきてほしいッス》


「はあ!? いきなり何言ってんの!?」


《あれ、もしかして知らないんスか》


「何を?」


《帝國が銀河連合に宣戦布告、戦争がはじまったことッス》


「えっ……」


 ちょっと待てくれ。俺はエルデリアの言葉が理解できない。

 確かに、帝國は惑星ゾザークを壊滅させた。あれは明らかに戦争行為だ。とはいえ、帝國側から銀河連合に宣戦布告?


 降って湧いたかのような銀河戦争のはじまりに、俺は現実味が持てないでいた。

 フユメも俺と同じように、エルデリアの言葉が信じられない様子。

 完全に言葉を失った俺たちだが、エルデリアの報告は続く。


《銀河連合に参加する惑星は、みんな戦時体制へ移行ッス。仕事がキャンセルされたのは、それが理由ッスよ。だから、こればっかりはボクに文句を言われても困るッス》


「はあ……で、報酬はどうなるの?」


《なしッスよ》


「報酬なし!? ふざけないでよ! あたしたちは報酬のために、差別にも耐えて――」


《じゃ、じゃあ、待ってるッスね!》


 戦争がはじまろうと金の心配しかしないシェノは、それはそれで彼女らしい。

 エルデリアはシェノの不満から逃げるかのように、通信を切ってしまった。


 ストレートに吐き出されたシェノの不平不満は空気に溶けていき、続けて漏らされたシェノのため息が、操縦席を行くあてもなく彷徨う。


 グラットン船内に訪れた沈黙。


「……エルイークに帰る」


 諦めたシェノの呟き。

 銀河戦争がはじまった現在、俺たちにできることはそれしかないのだ。

 起きてしまった大災害の中で、雑草のひとつでしかない俺たちは、流れに身を任せるしかないのだ。


 メイティという新たな乗員と、帝國の脱出ポッドをぶら下げ、グラットンは地上を離れた。

 仕事をなくした俺たちが向かうのは、俺たちの本拠地があるエルイークである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る