ある査問
亀野あゆみ
昔話『浦島太郎』不成立の責任を問う査問会
「なぜ、老人に変身しなかったの?」ラムネ星人の監察官に訊かれて、俺は「煙が出なかったから」と答えた。監察官がメガネの奥から、氷のような視線を投げてくる。
メガネがよく似合う、ちょっと尖った感じのオンナ。オトコ一般から美人と思われるタイプではない。だが、俺は、この手のオンナが好きだ。こういう理知的で高慢なオンナにイジメられ、ヒイヒイ泣かされてみたい。
ふくらみ始めた俺の妄想バブルが、「煙なんか、どぉーでもよかったんだよ」という、太い声で、はじけ飛んだ。「あの浜には、誰も、いなかった。玉手箱から煙が出たか、出なかったか見てる奴は、いなかったんだ」そう吠えたのは、白人の地球人監察官だ。
「じゃあ、俺が爺さんに変身しなかったことも、誰も見てねぇわけだ」俺は、怒鳴り返す。白人監察官は、スーツがいまにもはち切れそうな大男だ。俺は、こういう野郎を見ると、イジメられるより、ブチのめしてやりたくなる。
「『昔話成立判定AI』によると、煙が出ないだけなら、昔話『浦島太郎』はギリギリ成立しますが、浦島太郎が老人に変身しないと、不成立です。それも、『惜しい』レベルでなく、『全然、ダメ』レベルです」怯えたキツネみたいな顔の日本人判定委員が、顔つきと裏腹に、キッパリ言い切る。
「ちょっと待て。そぉ~いうことは、最初に言ってくれ。何はできなくてもOKで、何ができないとダメ。それは、俺たち、昔話を再現するクローン・キャストが、是非とも知ってなきゃいけないことだ」
「それは、『昔話成立判定AI』だけが知っていればいいことです。私たち監察官も、知らされていません」俺好みの女性監察官が投げ出すように言った。ちょっと待て。こんなイイ加減な事を言われては、「イジメられて快感」と言ってるわけに、いかない。
「昔話の成立条件を知らないのに、なんで、俺たちクローン・キャストが適切に行動したかどうかを、判断できるんだ?」
「『昔話成立判定AI』が、昔話再現過程のどこに問題があったか、教えてくれるわ」
「つまり、『浦島太郎』が成立しなかったのは、俺のせいだと、AIが、もう、決めてるわけか。だったら、なんで、査問会なんかやってんだ?」
「あなたが不適切な行動を取った原因を解明し、再発防止につなげるためです」日本人判定委員が、落ち着き払って言う。
ここは、俺たちラムネ星が存在する宇宙と地球が存在する宇宙の中間の暗黒宇宙にある、「日本昔話メンテナンス委員会」の査問室だ。室内の丸テーブルを囲んでいるのは3人。俺と、俺好みのラムネ星人の女性監察官、いけ好かない地球の白人監察官、そして、AIの回し者としか思えない日本人の判定委員だ。
なんで、こんなことになってるかって?長い話を、できるだけ、かいつまんで話そう。日本人の記憶力が急に衰え出し、国土と民族の共有意識である日本昔話の記憶がどんどん失われ始めた。日本政府がひそかに編成した調査委員会が、昔話の70%が日本人の記憶から消えると、日本人と日本の国土が消滅すると予測した。
俺たちのラムネ星と地球がいつから付き合いがあって、どういう取引をしたのか、俺は知らない。俺が知ってるのは、ラムネ星から日本の「むかし、むかし、あるところ」にクローン人間を送り込んで、昔話を繰り返し再現して、日本人の記憶を補強する事業が始まったことだ。この事業を推進するため、ラムネ星に「日本昔話再生支援機構」ができた。
「機構」は、動物に変身できたり、水中で生命維持できたり、子どもや老人に変身できるクローン人間を製造し、日本昔話を再現するクローン・キャストとして育成する。俺は、水中で30日間まで生命維持できるから、竜宮城に行く浦島太郎を演じるわけ。
今回も、昔話どおりに、浜辺でワルガキどもにイジメられてる海亀を助け、そのお礼にと、竜宮城に連れていかれた。竜宮城では乙姫に温かく迎えられ、飲めや歌えやの宴会三昧。
俺が、母親が気になるから帰ると言い、乙姫が絶対に開けてはいけない玉手箱を土産に持たせてくれる。
元々暮らしていた浜に戻った俺は、そこにいたオッサンから、俺の母親がはるか昔に亡くなったと聞かされ、絶望し、玉手箱に手をかける。ここまでは、昔話通り、順調に進んでた。
ところが・・・だ。俺が玉手箱を開けたら、中から白い煙が出てこなかったんだよ。筋書きが崩れた。それで、俺は、老人に変身するのを止めた。
「なぜ、勝手に中止しないで、変身しなかった?そうすれば、ギリギリ、『浦島太郎』は成立していたんだ」白人監察官が吠えた。
「『浦島太郎』には100人以上のクローン・キャストが必要よ。海中には、超豪華な竜宮城のセットを組む。一大プロジェクトなの。そんなことは、浦島太郎を何度もやってきた、あなたが、一番よく知っているはず。それなのに、あなたの身勝手な行動が、すべての労力を台無しにしてくれた」女性監察官が言う。
上から目線だよ。俺をバカにしきった感じだよ。そして、つめたい、つめたい、氷のような口調だ。いいねぇ~、シビレるなぁ~。竜宮城の宴会より、こっちの方が、はるかに楽しいぜ。
「あなたは、途中で何が起ころうと、シナリオ通り、変身すべきだった。ぼてゴロを打ったバッターは、審判がアウトを宣告しない限り、全力で一塁を目指す」オンナ監察官が語気を強めた。
この調子だと、査問会が終わったら、俺は、重罰を課されそうだ。この暗黒宇宙で、死ぬまで、このオンナ監察官にいたぶられるってのは、どうだろう?想像しただけで、全身がとろけそうだ。
「理由を言えと言ってんだよ、このボケナス!」と白人監察官が怒鳴り、「理由をお聞かせいただけますか」と日本人判定委員が慇懃無礼に迫ってきた。
俺を見つめてる3人を、俺は、にらみ返した。
「俺は、変身すべきだった。そぉいうことは、海中で2週間過ごした後に、100歳以上の爺さんに変身する辛さを味わってから、言ってくれ。俺には50年の寿命しか与えられてない。そういう設計だ。それが、その2倍の年齢の老人に変身するんだ。その苦しさといったら、もう、この世の地獄だ。煙が出なかったせいで『浦島太郎』が不成立になるかもしれないのに、そんな苦しい思いができるもんか。それが、俺が変身しなかった理由だよ」
3人の、苦労なしの人間どもが、クローンの俺を軽蔑しきった目で見る。もうひとこと、言ってやる。
「俺は、クローン・キャストなんか、イヤで、イヤで、仕方なかった。俺が、クローン・キャストになるために作られ、そのために訓練された道具みたいなもんだから、クローン・キャストである以外に、俺の存在の仕方がなかったから、仕方なくやってきただけだ。今の、俺の、この言葉は、『日本昔話メンテナンス委員会』の記録に、ちゃんと残るんだろうな」俺は、オンナ監察官をにらんだ。
「あなたの発言は、すべて録音されました。これで、査問会を終わります。あなたの処分は、上司を通じて、追って、通知されます」オンナ監察官が無表情に立ち上がった。白人監察官、日本人判定委員も続いて立ち上がり、3人が査問室から出て行った。
独り取り残された俺は、悔しいことに、自分の頬を生ぬるい液体が流れ落ちてることに気づいちまった。クソッタレ、クローン・キャストなんて、最低、最悪だよ・・・
ある査問 亀野あゆみ @ksnksn7923
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