月夜のヤドカリ

んが

第1話月夜のヤドカリ

 あるところに小さな小さなヤドカリがすんでいました。

 ヤドカリは、小さいので他のヤドカリにいじめられていつも泣いていました。

 ある日、ヤドカリはお母さんに怒られました。

「お前は毎日泣いてばかりで一体どうしたんだい」

「僕が小さいから、他のヤドカリたちに馬鹿にされるんだよ」

 ヤドカリはめそめそ泣きました。

「小さいからってバカにされるいわれはないよ。お前は何も悪くないのだから、堂々とおし」

 そういわれても、とヤドカリはさらにわんわん泣きました。

「だけど、母さん。体の貝を無理やりはがされたり、新しい殻に移ろうとしているときに奪われたりするんだよ。この間なんて裸にされてしまったんだ」

 ヤドカリは、泣いて訴えました。

「そうなのかい」

 ヤドカリのお母さんは、胸がチリリと痛みました。

「そうさ」

 そういうと、ヤドカリは目にたまった涙をハサミで落としました。

「これからどうやって生きていけばいいのか、僕にはわからないよ。バカにされてばっかりだし。どうしたらいいの」

 ヤドカリはそれだけの事を言うのがやっとでした。

「どうしたらいいのも何も、お母さんだってわからないよ。とにかく、そんなお前をいじめるヤドカリがいたら、お母さんがやっつけてあげるよ」

 お母さんは、ヤドカリの殻をこんこんたたきました。

「お母さんにはやっつけられないよ。だって逃げ足が速いのだもの」

「お母さんだって昔はヤドカリ徒競走で優勝したことがあるんだよ」

 ヤドカリのお母さんは、胸を張りました。

「だけど、勝てっこないさ」

 小さなヤドカリは、殻にシュッと閉じこもってしまいました。


 同じ年なのに体の大きなヤドカリを見ると、羨ましく思いました。

 だけど、台風で荒れ狂う海の中、一生懸命産んでくれたお母さんを責めるわけにはいきません。

 小さく生まれたって、命があればいい、今まではそう思っていました。

「お母さんには感謝しているけど、僕はこれからどうやって生きていけばいいのだろう」

 ヤドカリは、そう思うと不安に思いました。

「大きいヤドカリは僕をいじめてくるし……エサだってすぐに奪われてしまう。このままでは、お嫁さんだってもらえるかどうかわからない」

 将来の事を考えると、ずっと殻の中にもぐっていたいとさえ思いました。

 それでも、おなかはすきました。

 小さなヤドカリの餌なんて、ほんの少しでよいものでした。

 海藻を石から削って食べようかと思いましたが、ハサミが小さいのでうまく食べられませんでした。

 ヤドカリは、うろうろと砂浜を歩きました。

 死んだ魚でも落ちていないかと探しましたが、見当たりません。

 人間が落としたパンがありましたが、大きなヤドカリがさっと現れて持って行ってしまいました。

 空を見上げるとまあるいお月様が出ていました。

 十五夜お月さんです。

 

 お月さまの下では、ウサギたちが一生懸命何かをしていました。

 月の光でウサギたちは黄色く光って見えました。

(こんな夜の海にウサギ)

 小さなヤドカリは、不思議に思って近づいてみることにしました。

 よく見ると、ウサギは本当に黄色いウサギでした。

 体全体が黄色く光っています。

「今日は晴れてよかったね」

 ウサギたちはひそひそと話しながら、砂団子を作ってお皿に盛っていました。

「うん。お団子もよく固まるね」

「月見日和だね」

 ウサギたちは、にこにこして嬉しそうでした。

「十五夜の月明かりは特別だからね」

 砂団子は五つお皿に盛られました。

 お皿は金色に光って見えます。

 その時、雨のようなものがパラパラと落ちて来ました。

 同時に小さなヤドカリのお腹が「ぐうっ」と鳴りました。

 雨かと思ったら、金の砂でした。

 その音に気付いたウサギがはっと後ろを振り向きます。

「誰かいるの?」

 ヤドカリは、貝殻の中に潜り込みます。

「月光の音だよ」

 茶色い目のウサギが言いました。

「お月様が金の砂を降らせてくれたのさ」

 赤い目のウサギは、「それだけじゃない気がする」と辺りを見回しました。

 赤い目をしたウサギがヤドカリの近くまで歩いてきました。

 ヤドカリは胸がどきどきして殻から逃げ出したいほどでした。

 殻の奥まで体を引っ込めました。

 ウサギは、砂浜に転がっているつぶ貝の表面をこんこんとたたきました。

「だれか入ってますか?」

「つぶ貝しか入っていません」

 つぶ貝が答えました。

 赤い目のウサギは、岩にくっついているマツバガイの表面をたたきました。

「だれか入っていますか」

「わたしゃ見ての通りマツバガイだよ。他に誰かなんているもんか」

 マツバガイは少しだけ顔を出しました。

 赤い目のウサギは、ヤドカリの殻をこんこんこんと三回たたきました。

「だれかおなかがすいている貝はいますか?」

「貝はいませんが、おなかがすいているヤドカリならいます」

 小さなヤドカリは、うっかり答えてしまいました。

「ヤドカリだった」

 ウサギたちは、くすくす笑いながらヤドカリの周りに集まりました。

「かわいいヤドカリさん。一緒にお月見しよう」

 紫色の目をしたウサギが、殻の中をのぞき込んで言いました。

 黄色いウサギたちは、ヤドカリの周りを輪になって踊りました。

 ヤドカリはそうっと殻から顔を出しました。

 ウサギたちは、笑いながらヤドカリの周りを楽しそうに踊っています。

「ヤドカリさんも一緒に踊ろうよ」

 赤い目のウサギが、ヤドカリを耳の間に乗せました。

「落ちないようにしっかりつかまっていてね」

 ヤドカリとウサギは、団子の周りをぐるぐると回りながら踊りました。

 ウサギたちは月に届きそうなくらい高く飛び跳ねます。

 ヤドカリは振り落とされないように、うさぎの耳にしっかりとつかまりました。

 月の近くまで来ると、ウサギがヤドカリを空高く放り投げました。

 ヤドカリは、お月さまにちょんとさわってウサギの頭に戻りました。 

「楽しかったねえ」

「そろそろお団子食べよう」

 黄色いウサギたちは、お団子の近くに集まりました。

 静かにお月さまの歌を歌います。

 ヤドカリも途中から一緒に歌いました。

 お皿の上の砂団子は、金色に輝くお団子に変わっていました。

「おいしいねえ」

 小さなヤドカリとウサギたちは、おいしいおいしいと金色のお団子を食べました。

 ウサギの体も金色に染まっていきます。

 お団子はひとつ食べると、ひとつ増えていました。

お皿の上には常に五つお団子が盛られていました。

 終わりにみんなでサンゴジュースを飲みました。

 不思議な夜でした。

 

 ヤドカリは、お母さんにお団子を持って帰りました。

「おや、おいしいね。塩味がきいている」

 お母さんは、言いました。

「これは、ウサギのお団子だね」

 ヤドカリのお母さんは、ハサミについた金の砂を見て言いました。

「ウサギさんとね、一緒に歌って踊ったんだ」

 小さなヤドカリは、嬉しそうに話しました。

「僕ね、ウサギさんに放り投げてもらって月にも触ったんだよ」

 へえ、とお母さんは言いました。

「どうりで嬉しそうな顔をしていると思った」

 お母さんは、子の目を見て言いました。

「ウサギの団子を食べると、願いが叶うと言われているよ」

「へえ、そうなんだ」

「母さんの母さんから聞いたことがあるよ」

 ヤドカリのお母さんが小さなヤドカリの目をじっと見つめました。

「ウサギがお団子作っているとき、金の雨が降らなかったかい?」

 お母さんは、金の砂に触りました。

「降った。その時ちょうど僕のおなかもぐうってなったんだよ」

 小さなヤドカリは、おなかに手をあてました。

「それで、ウサギが僕に気づいたんだ」

「幸運だったね」

 お母さんは言いました。

「このお団子、食べても食べても減らなかったんだよ。不思議なお団子なんだ」

 小さなヤドカリの目がキラキラと光りました。

「願いが叶うなら、もしかして、すごく足が速くなるかな」

 ヤドカリは、お母さんの前を走ってみました。

「お前がそう願うのならかなうかもしれないよ」

 ヤドカリのお母さんは、にっこり笑いました。

「明日になったらすごく強いヤドカリになってたりして」

 ヤドカリは、むんとハサミを振り上げました。

「お前がそう思うなら、そうなっているかもしれないよ」

 ヤドカリの殻がキラキラと輝きだしました。

「でも、何にも変わっていないかもしれない」

ヤドカリははあっとため息をつきました。

「それはそれでいいんだよ」

 お母さんは、子どもの頭をハサミでちょんとさわりました。

「だけど、今日はとても楽しかったよ」

ヤドカリはピカピカと月明かりに照らされて光っていました。

 お月様の中では金色のウサギが踊りながら、地面に金の砂を降らしていました。

 

 

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月夜のヤドカリ んが @konnga

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