信頼の牙 Ⅱ

「五大祖の一角とお見受けする。この地に仇なす以上、貴殿の存在は許すことができない」

『そうとも。儂は目的のために踏みにじってきた。貴様らもその一つ。存分に立ちはだかるがいい! 今さら怨嗟の一つや二つ、何するものか。邪魔するというのであれば振り払うのみよ!』


 最早、話でどうにかなる段階ではない。バジリスクが叫ぶと共にその目が怪しく輝いた。


 散々見慣れてきた魔眼の予備動作だ。

 それがフリーデグントに届くことはない。

 この発動の隙こそ牙が掛かる時と学んだのだろう。総身に土砂をまとった石鼬ガーゴイルが横合いからバジリスクに飛び掛かり、魔眼は逸れた。


 その視線の先で石畳が石化の影響で棘状に変異していく中、フリーデグントは果敢に飛び込む。


『チィッ!』


 バジリスクは石鼬を捨て置き、尾を振るってフリーデグントを離そうとした。

 木の幹ほどもある骨の鞭だ。真っ当に受ければ武具も削り、吹っ飛ばされそうなものだろう。


 だが、この世界は何も物理法則のみに従うわけではない。

 普通であれば体重差で受けることなど適わないはずが、フリーデグントの大盾は弾かれもしなかった。

 大盾の下部を地面につけ、勢いを殺した技術も功を奏しているだろうがそれだけではない。魔素は万能の元素。それによって作られた体が不可能を覆す作用を与えている。


 対する人間を簡単に石化せしめ、刃も魔術もほとんど意味をなさない怪物――それと斬り結ぶ姿を願い、彼は得たのだ。そう簡単に打ち負けるはずがない。


「うおおおぉぉぉっ!」


 彼はこちらの番だとでも言うようにフリーデグントは尾を払い飛ばす。

 重厚な装備を身にまとっているとは思えぬ速度で踏み込むと騎士剣を振るい、或いは大盾によるシールドバッシュでバジリスクを押しやった。


 魔術による攻撃があれば後退を余儀なくされるが、生身の攻防ではフリーデグントに軍配が上がり、石化の魔眼は石鼬が防いだ。

 合わせたこともないというのに、何とも見事な連携だ。もうカドが手を出さなくとも一進一退の攻防となっている。


「「はあああぁぁぁっ!」」


 そこへ飛び込み、攻撃を加えるのはトリシアとイーリアスだ。彼女らもまた、同にも耐え凌いでいたらしい。

 二人とも満身創痍といった様子だが、この機に最後の力を振り絞っている。

 それだけではない。周囲の冒険者や自警団も、魔物の対応やこちらの援護、負傷者の救助などで動きを見せていた。


 街を襲った怪物を相手に、諸人が死力を尽くしている。なんとも感動するくらいに英雄譚じみた絵面だ。

 カドは人が一丸となり、脅威に抗う空気を感じる。


「――うん。仲間がいるってのは良いものですね」


 エワズが口を酸っぱくして人の群れに帰れだのと言う意味を何となく実感する。

 一人では何事も限界がある。

 誰かと共にあるということは単に身の安全を確保できて安堵できるだけではない。互いに協力し、困難を切り開けることに妙な昂ぶりを覚えた。


 一人で強くあったところで、感動も何もない。

 かつてのリーシャは欲張ったからこそ命を落としたであろうに、意識の狭間でカドにも欲張れと言ってきた。その矛盾の意味がなんとなく分かる。


 彼女が辿り着けなかった深みまで至り、今なお亡霊として彷徨う彼女を下して弔うなんて前人未到の所業だ。

 そんな困難を成すならば、一人が抱いた幻想ではきっと足りない。

 この境界域は深みに至れば深みに至るほど、物理法則からかけ離れた世界になっていく。そんな世界を切り開くならば夢物語の担い手は多すぎて困ることはない。


「でも、今はまだ僕が信じて力を預けるのはエワズです」


 きっと、探せばこんな窮地も物ともしない英雄というものはいるのだろう。

 だが、カドにとって理不尽を払拭する強さの象徴はそんなものではない。

 それに手を伸ばすためにも素材蒐集の魔本を取り出す。


『小癪、小癪っ! いくらでも時間稼ぎするが良い。大方、先刻と同じくイフリートの骸を〈死体経典〉で利用し、焼き尽くす魂胆であろう!? 精々、力を込めて放つがいい! 再び我が魔術で耐え凌ぎ、貴様を食ろうて終いだ!』


 確かにそれはあり得る。

 あのイフリートの昇熱地獄は味方も巻き込むので必然的に下がらせるし、持続が効かない。もしハルアジスが正気を保ったまま耐え凌いで突破してくれば、無防備なカドが攻撃に晒されて死にかねない。

 ハルアジスとしてはカドと自分の死霊術の競い合いであり、幕引きとしては悪くないのだろう。


 相手もそれを望むならば是非はない。これは命を懸けた勝負なのだ。余計な言葉なんていらなかった。手の内を測り違えるのなら、それは己の責任だ。

 カドは魔本に手をかざし、目的のものを手に取る。

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