信頼の牙 Ⅰ
クラスⅤの肉体というものはポテンシャルだけは並々ならぬものだ。
カドはハルアジスが宿るバジリスクと泥仕合を繰り広げていたが、次第に目が慣れてきた。
魔法のぶつかり合いでは勝負にならないが、わざと反らせばどうとでもなる。その機を見極めるだけの身体能力が備わっているだけでも非常にありがたい。
「おっと。痛ててて」
まるで意志を持った有刺鉄線――いや、比較するのも生易しいか。
〈影槍〉と〈影刃〉のさらに上位魔術と思われる刃の茨が無数に向けられたが、カドはそれを左右に躱し、避けきれなければ自ら〈影槍〉を放って逃げる隙間を作る。
あるいはその〈影槍〉が伸長するのを利用し、猿の如く避けて回った。
迫りくる刃の茨を凝視し、皮一枚で避けていくなんて生前では到底不可能な芸当だろう。多少皮膚が削られようとも全く動じない胆力なんて自分でも驚きなくらいだ。
そして魔術が止めばこちらの番と〈死者の手〉で以って殴りかかりに行く。
近づけば石化の魔眼の餌食であっただろうが、周囲の土砂をゴーレムの如くまとって戦う石鼬が壁となって防いでくれていた。
この立ち合いはすでにほぼ互角と言える。
すると互いに攻撃の手を全く緩めないながらも、会話が生まれた。
『カドよ。貴様は何故、逃げぬ? 貴様は儂に劣る。まともにぶつかるのは愚策とわかっておろうが』
それを侮りと思い、怒りとしてぶつけてくるでもない。こんな戦闘中とは思えぬほど平坦な声で問いかけてくる。
「それがお利口ですけど、周囲は魔物の群れです。僕一人が逃げることくらいしかできないですよ。助けてと言われた以上、それは最終手段です。逆にあなたこそどうなんですか。僕を確実に殺すというより、完勝を目指してわざと手段を選んでいますよね」
今とてそうだ。
〈血命の盃〉で新たな身を授かった石鼬一匹で形勢はそこそこ安定した。そこにフリーデグントが加われば決定的に傾きかねない。
このやり取りも時間稼ぎとわかりきっているだろうに、がむしゃらに攻撃してこない点が明らかにおかしい。
『ふん、ただの気紛れよ。今に尽きるこの命、心の赴くままに使っておるだけだ』
「悔いが残らないように、ですか」
『そうだとも。我が求道、素質の上では勝る貴様を完膚なきまで叩き潰してこそ価値が証明されるというものだ!』
こうして会話をしていてわかる。
召喚されてすぐに耳にしたハルアジスの声は成果に焦り、五大祖における立場に悩まされ続けていた。それがどうだ。目標が絞られた今は幾分晴れやかだ。
悩むことさえなかったのなら、彼はこうでいられたのかもしれない。
尤も、敵は敵だ。互いに手を緩めることはない。
バジリスクの巨躯を活かして間合いに踏み込んだカドを押し潰そうとしてきた。
無論、そんなものを受ければひとたまりもないので後退しようとしたのだが、足が地面に縫い付けられたかのようにぐいと引っかかる。
油断した。大技ばかりと思いきや、無詠唱の小さな〈死者の手〉という搦め手まで使ってきた。
肉というものがほとんどないバジリスクでは表情もロクに作れないだろうに、にぃと邪悪に口元を緩められた気がする。
「求道って言った直後にこんなセコイ手を使ってくるとか汚いっ!」
『戯けが。これで終わるならば、貴様がそれだけの存在だったということよ』
互いのしがらみが薄れたように叫び、笑われる中、バジリスクの前脚が重く叩きつけられた。
それだけでも砂埃が巻き上がる通り、並みの戦士でも耐えるのは厳しい攻撃である。
「すまない、カド殿。待たせた」
だが、攻撃が直撃することはない。叩きつけられる瞬間に躍り出てきたフリーデグントが大盾で受け止めたのだ。
ちらとこちらに視線をくれたのでバイザー越しに顔が見える。〈血命の盃〉を使う以前より、少し若返った姿だろうか。口調からしても人格ははっきりしているようだ。
彼は身の丈がずっと大きなバジリスクをものともせずに弾き飛ばし、間合いを取らせる。
「今この時より、貴殿の盾になろう。して、あれを打倒する術はあるだろうか?」
「ええ、はい。時間さえ稼いでもらえばとっておきがありますよ」
「心得た」
元より壁がいればどうにかなると踏んでいた。黒山羊を壁にせずに戦えるのであればエルタンハスの人間の治癒にも当てはある。
頷いて返すとフリーデグントは騎士剣を構えた。
まさにその恰好らしく正道を突き進む騎士然として彼はバジリスクを睨む。
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