異世界での診療費徴収法です

 エワズに言われた通り、出立は日の出と共になるように動き出していた。

 と言っても、することといえば仮拠点を崩して自然に還るようにするくらいである。まだまだ暗いうちに終えてしまった。


 しかし指示したエワズ自身はまだ準備ができていない。

 どうも彼は低血圧の人間と同じく朝に弱いらしい。変温動物のごとく体温が上がりきらないのか、焚火の前で伸びをしたり翼を動かしたりと、準備運動で徐々に調子を整えている。

 それが終わるまで、カドらは時間を潰そうとしていた。


「エイルはもう準備万端なんですか?」

「うん。私は着の身着のままだったし……」


 ところで、あなたは一体何を……。と、エイルは複雑そうな面持ちを向けている。


 カドが彼女の前で行っているのは、収納物の最終的な整理だ。

 以前、エワズにもらった魔本は生物以外なら収集できる物品と聞いていた。古い魔術師はこのようなものにいくつもの触媒を収納して持ち運んでいたらしい。

 というわけで、カドはハイ・ブラセルの塔で拾った遺品のみならず、全滅したハチの巣や、その他いくつかの生物の死骸などをわかりやすいように収納している。


 虫の死骸を使われた覚えのあるエイルとしてはまた当時を思い出したのか、ひえと身を引いた。

 そんな彼女はさらに訝しげに、あるものを見つめる。


「ねえ、カド。虫はともかく、その粉みたいなのとか、肉塊とかは一体……?」

「ああ、これですか? 土着の幻想種を治療した際に切除したりしたものですね。例えばこの白い破片は幻想種アルミラージの不正咬合を治すために切った歯です。あとは他の幻想種の体表にできた腫瘍とか、サラちゃんを助けた時のような卵閉塞解除時に摘出した卵とか」


 カドは魔本に収納されたものを一つ一つ指差す。

 するとエイルの表情は徐々に引きつってきた。


「治療はわかるんだけど、なんでそんな物を取っておくの……!?」

「それはほら、竜の牙とか爪みたいなもんですよ。幻想種の肉体って、魔素を含んでいるのでそれだけでも良い触媒になるそうです」

「い、言われてみれば……」


 自分自身の血肉や、幻想種の血肉、角や牙、爪――どれも魔法を強化させる触媒としてはポピュラーなものである。

 方法と部位はともかく、そういう手法で幻想種から触媒を集めているという話となると、まだ理解できるものらしい。


 エイルは「わかるけどこれは……」と、表情をより複雑にしていた。

 カドはそんな彼女に対して指を一本立てて見せる。


「あともう一つ。ドラゴンさんが教えてくれたんですが、死霊術師としては死骸や肉体の一部は触媒以外の活用法もあるらしいんですよね。集めているのはむしろそのためです」


 準備運動を終え、焚火を独占するように体で囲っているエワズにカドは目を向ける。


『うむ。何故、死霊術師が深層の魔物の死骸を持ち帰ろうとするのかもそこに繋がる』

「死霊術師の死体利用? 骨を操ったりするイメージはあるけど、それ以外のこと?」

『その延長であるな。五大祖のハルアジスもそれ故に第四層の難敵、バジリスクの死骸をこの地に持ち帰っていた』


 単なる骨を動かすだけならわざわざ入手難度の高い魔物なんて手に入れる必要はない。牛なり何なり、大動物の骨を自らの魔法で強化、操作すればいいだけである。


『――〈死体経典〉。およそ、我が知る限りでは死霊術師の秘奥と呼べるものであろうな』


 そう言われても、エイルは聞き覚えがないようだ。


 無理はない。死霊術師は数が少ない上に戦闘要員として出てくることも希少だ。外部にはほぼ出回らない話だろう。

 カドはエワズから聞きかじった話をそのまま伝える。


「死骸や肉体の一部に魔法をかければ、その個体が最も得意だった魔法も使えるらしいんです。現状、僕は天啓を全然更新できていないので使えないんですが、いざという時のために品だけは揃えているわけですね」


 慈善活動で幻想種を助けるだけではカドも生活に困り、この先がなくなってしまう。

 日本でも治療費は正当な報酬として受け取ったように、何かしらの実入りがなければいくら境界域の環境保全のためとはいえ、やっていけないのだ。

 カドは魔本から白い破片――切除した歯を取り出すと、エイルに掲げてみせる。


「幻想種は基本的に長生きなので実は病気を持っていたり、動物が突然加護を得て体が変容する過程で生じた思わぬ不具合で苦しんでいたりするので、治療の機会はあるんです。例えばこの白い欠片――不正咬合の話をしましょう。草食動物は植物を歯でゴリゴリとすり潰しながら食べるのは知っていますよね?」

「それはもちろん」


 彼女の目の前では黒山羊が植物をもごもごと反芻している。それはまさに奥歯ですり潰す食べ方であり、見て取りやすかったようだ。

 カドは黒山羊に近づくとその口に手を突っ込み、強引に口を開けさせる。


「草食動物は歯が伸び続けるからよほど高齢でない限りちびてなくなることはないんですけど、噛み合わせ方によっては偏りが出て、徐々に歯が斜めになることがあります。ほらこの臼歯の辺りがハの字のように……って、ああ、伝わらないですか。こう、斜めに削れて尖っていくんですね」

「べっ!? う、うべぇぇぇー。べーえ……」

「うっ、うん。そう、なんだ?」


 犬猫に薬を飲ませたり、口蹄疫に備えて反芻類の舌に異常がないか確認したりなど、診療のために口を開けさせることが多い身として、カドは黒山羊の口を遠慮なく開けている。

 エイルはむしろ黒山羊の嫌がり方の方に気を取られながらそれを見ていた。


「で、それが頬や舌に刺さって口内炎などを起こして食欲が低下することがあるんですね。だから尖った部分を切ったり、削ったりしてあげる必要があるんです。ウサギの症例として有名ですが、飼っている馬でも確認されます」


 カドが手を離すと、黒山羊は顔を大きく振るった。

 よほど嫌だったのだろう。顔を背けると、ずるりと影に沈んでしまった。


「馬に対しては開口機で口を開けさせて、棒ヤスリでゴリゴリ削るんですが、おごごご、あががが!? って、反応を見せてそりゃあもう嫌そうのなんの。でも、口腔や歯の痛みは食欲の低下に直結しますし、歯肉が炎症でグズグズになれば全身の体調不良にも繋がります。長生きをする動物にとってはデンタルケアって凄く大事になりますね」


 カドがそんな事を言いながらエワズに視線を向けると、彼は顔をしかめた。


『竜の我は定期的に歯が生え変わる。そのような研磨など必要のないことだ』

「はい。でも歯周ポケットに溜まった歯垢や歯石除去もやって損はないですし、エワズの牙も生え変わりそうなら素材に出来そうなのでチェックしますよ」

『…………程々にのう』


 つらつらと理由が出ては拒否もしにくい。エワズは険しい顔ながらも拒みはしなかった。

 そんなことをしているうちにカドの整理も完了する。


「よし、ではでは準備完了です。ドラゴンさん、空の旅をお願いします」

『……了解した』


 一人だけいつもの調子なカドに、エワズは低いテンションで答えるのだった。

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