天使の沙汰も可愛さ次第 Ⅱ

 リリエは街を歩いている際、よく話しかけられた。

 良い酒があると言ってくる酒場のマスターや、頑丈な武器があるという鍛冶屋。おまけに「姐さん、姐さん!」などと声を上げる冒険者と――遠巻きにこちらを見る子供や若い冒険者たち。


 ……何故だ。何故に反応の仕方が偏るのか。


「リリエハイム様は人気者ですね!」


 ちやほやされるのはいいが、微妙に喜べない。そんな気持ちの一部を笑顔に混ぜているとギルド職員が尊敬の眼差しを向けてきた。


 若く麗しい受付嬢の彼女とて人気者だ。

 駆け出しの冒険者から初恋相手のように声をかけられたり、中堅冒険者に口説かれたり。


 ……この差は何だ。

 本人は素直な尊敬を向けてくるものの、こちらこそ扱いが羨ましい。


「ありがとう。私はほら、この道が長いからね」


 まあ、そんなことは口に出せるわけもない。苦笑混じりに返し、会議の場に向かった。


 到着すると、部屋にはすでに各派閥が揃っていた。

 まずこの街の労働力たるギルドからは剣と魔術師の一派がいる。


 それぞれ〈刃境の女王〉、〈灰を踏む者〉との異名を誇ったクラスⅣの冒険者だ。四十代、七十代となったために一線を退き、当主となったらしい。

 冒険者の進む道を切り開く二大勢力なだけあって、その身に秘めた迫力は本物だ。


「若い頃にどつき回したからって、そんな目で見なくてもいいじゃない」


 境界域で最も頼れる存在と不動でありたい彼らからすれば、弱者の味方としてふらふらしている自分の存在は目の上のたんこぶだろう。


 もっとも、市民を率い、守る者としてどちらが定着しているかと言えばもちろん彼らだ。卑下する必要なんて微塵もない。

 小さく嘆息をしつつ、別を見回した。


 冒険者という制度の下支えやサポート、渉外的な役割を担う者として治癒師と錬金術師の一派もいる。

 錬金術師の当主に関しては〈黄金卿〉との通り名がついた金属錬成のスペシャリストで、他にもホムンクルスの製造においても才能がある人物と聞く。


 しかし治癒師に関しては何だったか。

 お人形だの、聖女だのと聞いたような気がするが、カドの実力と今後の成長を考えると、見劣りする何かだった気もする。

 銀髪に赤い目とアルビノに近い様子の彼女は十代後半と当主にしてはあまりに若く、冒険者と見るのにも不安なほど華奢だ。傍に本来当主であるべき四十ほどの男性が付き添っていることからしても、随分と訳ありげである。


 まあ、ギルド職員と同じく好意的な目を向けてくれているのでさしたる問題は感じない。

 冒険者の天啓を与かる天使についても、同族としてよく援助してやっているので同様だ。


「あとは……。死霊術士に関しては降格ね」


 リリエはお偉いさんが並ぶ円卓に、一つ空席を見つけた。

 本来、ここに並ぶはずだった死霊術師のハルアジスは失脚しているため、最高位の弟子が後方で立っている。

 しかも空席の近くに立っているのではない。治癒師と錬金術師の後方だ。彼らが後見を務めるという名目で吸収合併させられたのだろうか。


 この他、商人、冒険者を取り締まる司法局からも人が派遣されていた。

 この街は五大祖が花形となるものの、彼らの働きもまたなくてはならない。特に司法局は近年、大きく成長している。

 この司法局とは自警団の延長の延長。自治組織である。


 五大祖を中心とする冒険者がまずこの境界域を開拓した。

 冒険者の経済規模が大きくなるにつれ、その活動を効率的に処理する管理局が必要とされた。

 そして冒険者一強で無法状態になりかけたのを耐えかねた市民が、冒険者を取り締まる冒険者を雇ったのが始まり。


 冒険者は管理局が不可欠で、管理局からすれば自分が恨まれずに秩序が保たれるのが望ましい。故に司法局は市民、管理局に後押しされ、ようやく権力に拮抗が取れてきたのである。

 冒険者、経済業界、法律。

 五代祖とその他は大雑把に言うと、この三つの勢力に分かれてくる。


 どこがどのようなことを言ってくるかを想定したリリエはその堅苦しさにため息を吐いた。


「いっそ、一人ずつ殴って終わらせられないかしら」

「それでは此度の会議を始めさせて頂きたく思います」


 リリエが独り言を呟いたその時、管理局の役人が声を上げた。

 議題は一つではない。この境界域の運営に関する議論が二つ、三つと語られていく。

 それらについて無関係のリリエは、あくびを噛み殺しながら聞き流していた。


「では最後に、ここ一年ほど続いている境界の異変と、〈魔の月涙〉について。大蝦蟇は依然として第二層入り口に居座ったまま。冒険者の帰還も派遣もままならない。深層での魔素回収も滞り、混成冒険者の生成に影響が出ようとしている。これを退けるためにも、攻勢に出る必要があり――」

「ああ、はいはい。それを実行に移す実力の証明として、私がいろいろこき使われたのよ。もう話してもいい? いいわよね?」


 流石に長い話は飽きたリリエは場の空気を読まないで手を上げる。

 元から邪険にされている一角にはまた刺々しい視線を向けられたが構いはしない。


「廃墟の英霊はお望み通り倒してきてあげた。その商人はあなたたちが用意したギルド職員ね」


 リリエが手で示すと、彼女は大いに頷いてその事実を認める。

 周囲もそれ自体は疑っていない様子だった。


「でもね、第二層に居座る大蝦蟇についてはやってみないとわからないというのが正直なところよ」


 クラスⅥの存在ですら勝てるとは明言しない。そんな事態にどことも知れず、どよめきが生まれた。

 多少、誤解もあることだろう。リリエはそれについてもう少し説明を続ける。


「あれは間違いなくクラスⅡの化け物。クラス差から私の攻撃は通じると思うのよ。けれど大きさは武器ね。山一つにも相当する体だもの。攻撃を仕掛けた時の暴走を考えたら、私一人でどうにかできるかわからない。最悪、境界に流れ弾が飛ぶこともあるかもしれないわ。それを防ぐためにも、火力は必要という話」


 基本的に魔力容量は体の大きさと相関があると言われている。

 例えば脂肪を絞って筋肉を増やしたスポーツマンは常人よりも重い。それと同じで同じ人間でも魔力量には差が出る。


 しかも生来、魔素を肉体に宿す幻想種や魔物の方が魔力容量が大きいため、巨大であるほど差が如実となってくるのだ。


「というわけで、対処の具体案と要求を出させてもらうわ。まず、あなたたちもご存知の黄竜。あれを私の補助に回すこと。それに加え、先日の事件にも関わっていた死霊術師の少年。彼ら二人への敵対をやめて公認の存在にすること。これが条件ね」

「秩序を乱す大罪人を公認せよと? 何を馬鹿なことを」


 剣士の当主、〈刃境〉は端から否定的だ。

 まあ、それは予想済みなことである。力の象徴である剣士や魔術師としては自分たちの道を譲っている時点で面白くはないだろう。

 仲間にすべきは他の勢力である。


「でも、実力的にはそうなるのよ。別にあなたたちでもいいのだけれど、大蝦蟇相手に圧倒できる火力を提供できるかしら?」


 問いかけてみても反論が生まれることはなかった。

 当然だ。そんなものがあるのなら黄竜がやって来た時に制圧できていなければおかしい。彼らは見事にあしらわれたし、搦め手でしか勝負できなかった。それに尽きる。


 すると、今度は魔術師の当主〈灰を踏む者〉が声を上げた。


「戦力として評価するのは理解できる。だが、少年まで公認せよという意図は何じゃ?」


 〈灰を踏む者〉は元より細い目をさらに狭めてこちらを睨んできた。

 何か裏でもあると思っているらしい。

 しかしリリエにはそんなもの、一切ない。彼女は胸を張って答える。


「それはもちろん彼が可愛いからよ。彼、私がお腹を痛めて産んだんじゃないかと思えるくらいに可愛いからってことに尽きるわ!」


 断言してみると、どうだろう。妙な沈黙が生じてしまった。

 リリエはこほりと咳払いをして仕切り直す。

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