少女の話と妖精養蜂 Ⅲ

「ええ、そうなります」

「あのっ、だったら私も連れて行ってもらえない……!?」

「うおっと!?」


 エイルは身を乗り出し、強く訴えてくる。

 急な動きだったためにカドが身を引くと、彼女は我に返って「ごめん……」と眉をハの字にさせて謝った。


「これは最後のチャンスだって思って、つい。カドは〈剥片〉を軽く倒していたし、守護竜様もいる。熟練者に随行して強くなれる機会なんて、ここを逃せばなくなっちゃいそうだったから」

「なるほど」


 弟子入りみたいなもので、先輩冒険者についていって境界主を倒してランクアップするのはよくある話だ。

 しかし、しばらくは涙が止まらないほど痛みを抱えて孤軍奮闘していた彼女である。普通の冒険者と同じことをするのはたしかに難しいだろう。


「エイルの目的はわかりました。僕たちの目的としても相反するわけではないんですけど、一応説明させてもらいます」


 カドは彼女の言葉に納得を示すと、二本の指を立てる。


「僕らには二つの目的があります。まず一つ目に、ドラゴンさんの大切だった人の〈遺物〉――それもクラスⅤの代物に認められる担い手を見つけること。これに関しては僕がなっても構わないので、強くなるために深層を目指しています」


 この旅における最も大切な目的はそれだ。

 強くなるという点では全く同じなのでパーティ加盟を断る理由はない。エイルはそれを聞くと、大きく頷き自らの胸を叩いた。


「私っ! 私が、強くなるよ!? その〈遺物〉の担い手になるために、命を懸けたっていい! 〈剥片〉の主を殺せるくらいに強くなれるなら、願ってもないっ……!」


 生きるのに困らないくらい強くなるだけでは、今のように兄の死を負い目に感じ続けてしまうのだろう。

 エイルはカドに向けて必死な声をぶつけた後、エワズにも視線で強く訴えた。

 まさに願ってもないという言葉そのものなのだろう。


 しかしながらそんな申し出を受けたエワズの表情は浮かない。

 担い手候補に名乗りを上げたのに、こんな反応だ。カドは自分が訴えた時もそうされたことを思い出す。


 大切な人を葬るためとはいえ、別の選択肢もある若人に過酷な道を歩ませるのは気が引けているのだろう。

 カドはそんなエワズの思いを察しつつ、二本目の指を立てる。


「しかしそれを目指す以前の問題もあります。現在の混成冒険者の狩猟スタイルのせいで境界域の環境バランスが崩壊しかかっています。第二層の魔物が境界を越えてこられたのも、そのせいですね。これを防ぐために土着の幻想種を助けて数を増やすことも目的の一つです」


 そんな事を言っていると、飛んできた妖精が指に掴まり、ぶら下がってきた。

 構図で言うと、お父さんの腕につかまってぶら下がる子供だろうか。魔素のおかげで身体能力が上がっているとはいえ、ウサギ相当の物体が次々に掴まってくると流石に重い。

 妖精はどうやら何人まで耐えられるかというのもゲームにしているようである。


「土着の幻想種って言うと、こういう子だよね。でも一体なんで?」


 エイルは首を傾げた。

 彼女の仕草を見た妖精たちはそれを真似して「なんでー?」と揃って顔を向けてくる。

 そろそろ重さが堪えてきたカドは彼らをまとめて宙に放り出してから答えた。


「正確に言うと妖精は本当に保護したい幻想種ではないんですけどね、共生してくれる存在なので手を貸すんです」

「えっと、ごめんね。私には話が見えない……」


 エイルは少し考えた表情になるも、妖精がどんな狙いに繋がるかわからない様子だ。


 まあ、これが回りくどい話なのはカドとしても理解できる。

 自分としての解釈ならともかく、この世界の住人に対してはどう説明するのがいいだろうか。そんな風に悩んでいたところ、エワズが先に口を開いた。


『そも、第二層の存在を通さないはずの境界に異変が起きたのはクラスⅡ以上の冒険者が第一層で力を振るい過ぎたことと、魔素を得るために土着の幻想種が狩られ過ぎた事による。枯れ葉や死骸を、地を這う生物が土に還すのと同じ。深層の魔素をこの地の魔素に還元する生物が多くいたはずなのだ』

「それが、この妖精ってこと?」

「いえ、妖精にそういう幻想種を保護してもらうんです。僕が彼らに養蜂を教えたのも、そこに繋がるんですよ」


 エイルにはまだ話が見えていない様子だ。

 散々説明したはずの妖精も疑問顔で見つめてくるので、カドは改めて答える。


「妖精は幼児みたいな気質に見えますが、見た目以上に生きるのが上手です。人には悪戯好きな隣人としか思われていないですし、魔物や幻想種とも基本的に争わずに生きてます」

「うん。妖精はそういうものだよね」


 小物を隠したりされることはあるが、逆に迷子を家につれて帰ってくれる話もある。図々しくもそれでご褒美を要求してきたりもするが、邪険にされることはない存在なのだ。

 エイルもその辺りはよくわかるらしく、しきりに頷いている。


「距離感を掴むのが上手いんですよ。場合によっては、森の幸なんかを商品に人と商売をする妖精もいます」

「冒険者もお世話になることがあるから、絶対に恨みを買うようなことはするなってお父さんから聞いたことはあるかな」

「ええ。そういう恨みを買っちゃいけない存在なので、養蜂が自然の保護に繋がります」


 周囲で妖精が胸を張っていた。

 カドはそれを横目で見つつ、核心を説明する。


「蜂は半径二キロから五キロ――まあ、森や山なら見渡せる範囲くらいで採蜜するんです。蜜を取るためには花を咲かせる植物が豊かじゃないといけません。そんな場所で冒険者が幻想種狩りの戦闘をすれば自然は荒れてしまいます。そうなったら蜜の収穫量にも影響が出て、ハチミツ大好物な妖精の怒りを買いかねません。とまあこんな感じで妖精にやんわりとした土地の支配者になってもらおうとしています」

「え。でもそれで人が窮屈な思いをするなら流石に争いになるんじゃ……?」

「その辺りは妖精の人心掌握術に期待です。でも、多分、悪い話じゃありません。彼らはハチミツが好きですが、他の甘味や人のお菓子も好きなので争いは嫌います。おまけに、蝋燭とか用途が多彩な蜜蝋に関しては食えないからって価値を見出していないので人にタダ同然であげそうです。自然にも妖精にも、そして人間にも利益がある話になりますよ」


 養蜂自体がハチミツという農畜産物のみならず、農業、その他にも利用される分野なのだ。冒険者のセコイ経験値稼ぎとどちらが大衆の支持を得るかという話である。


 エイルとしてもそこに説得力を見出したのだろう。唖然としながらも納得を示していた。

 これを提案した際、エワズも同じ反応をしていたものだ。

 カドが視線を投げると、彼は改めて感心した様子で唸る。


『うむ、斯様な解決法を見出すとはな。職業適性といい、カドは物事の活かし方が市井の者とは明らかに別次元だ』

「そうですねえ。文字通り別次元にいた存在なのにこちらへ引っ張り込まれたので、活かせるものは活かしていかないとですよね」


 カドは苦笑しながらも称賛と受け取る。


 話を聞いたエイルはまた一つ見直した様子でカドに視線を向けていた。

 彼女はカドの手を両手で包むと、そのまま祈るように面を下げる。


「うん。私には慣れないことだけど、言ってもらえば何でもするし、頑張ってそれを覚えるよ。ねえ、だからお願い。私をついて行かせてっ……!」


 カドはエワズを見た後、思うところがある様子で息を吐く。


「実際、同行することに問題はないです。ドラゴンさんの乗り心地は最悪なんですが、座席にはまだ余裕がありますし」


 カドが腕を組んでいたところ、『カドよ。それは今付け加えるべき情報か』とエワズが言葉を漏らす。

 それをとりあえずなかったことにしつつ、カドは自分からもエイルの手を握り返した。


「でもですね、エイル。残念なことに最後まで同行できるかは不明です。僕も含めてなんですがこの旅には但し書きがありまして、平和に生きられる場所が見つかったらそこでおさらばと言われているんですよね。目的に最後まで付き合わせてくれない辺り、あのドラゴンさんは薄情なわけです! その時は二人で頑張りましょうね……!」


 くっと涙を堪える様子を見せたカドは恨みがましさを全面に出してエワズを見つめた。

 エイルが同行を請うだけだった構図は一転し、支え合う被害者二人と薄情なドラゴンという具合だ。


 どうしてこのようなことになるのかとエワズは酷く物言いたそうにしている。

 けれど下手に言おうものなら、エイルの申し出を断るようにもなりそうで行動に出られないらしい。

 共有化にある意識では、静かな苛立ちのみがカドに伝わってきていた。


 これは潮時である。

 時機を見て取ったカドはエイルの手をパッと放すと、改めて彼女に向き合った。


「はい、というわけで同行すること自体に問題はないです。ただその前に一つ。さっき、何でもするって言いましたよね?」

「へっ!? あ、うん。私にできることなら……」


 二言はないと取ってよろしいかと怪しく見つめるカドに対し、エイルは少しばかり身を縮めながらも肯定した。

 それを認めたカドは深く頷く。


「了解しました。じゃあ臭いので今すぐ風呂ですね。あと服も適当なものを押し付けるので観念してください!」

「……っ!?」


 何に憚ることなくカドが言った途端、エイルは赤面して頷くのだった。

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