サラマンダー 卵閉塞 Ⅰ
サラマンダーというと、ゲームの影響もあってサンショウウオの形をした炎の精霊のイメージが強い。
だが実際はトカゲに近い見かけだったり、場合によってはファイアードレイクという蛇やワイバーンと混同されたりとバラバラだ。
目の前にいるサラマンダーに関してはオオサンショウウオに代表するような水棲のそれの見かけも近いが、むしろ陸生の有尾類とトカゲの中間といった特徴だ。
カドはそのどちら付かずの特徴に首を捻る。
すると見かねた竜が口を開いた。
『恐らくそれは半陸生のサンショウウオがサラマンダーとしての加護を得たからこそ、こうなっているのであろうな』
「え。動物種が違っても加護の影響で姿形が変わることもあるんですか?」
『あり得る。様々な加護を得た結果のキメラもいれば、馬が加護を手に入れた結果のペガサスや、竜の加護をもらう例もある』
「へえ。となるとそういう生物は体の中身も普通の動物とは別に考えないといけませんね」
ふむとカドが考え込んでいるとリリエはつと竜に視線を送っていた。
一体彼女が何を考えて竜を見たのかは知らないが、とりあえずカドは目の前のサラマンダーに集中する。
「なるほど。カエルとかサンショウウオみたいな両生類って水の中や水辺で柔らかい卵を産んだり、卵胎生だったりするから鳥やトカゲ、亀みたいに卵詰まりをするかどうかよくわからなかったんですよね。もしかして卵巣癌とかも考えましたが、そう聞いてみると納得です」
もしかすると、両生類としての体が爬虫類じみた体に変異して、適応しきれなかったから病気になった――こんなこともあるのかもしれない。
自分も人から人の身に変じたから良かったものの、動物の身に変じていたら何かしらの変化に戸惑っていてもおかしくはなかった。
納得したカドは腹回りの様子をもっと見ようと、サラマンダーに向かって手を伸ばす。
『カドよ、迂闊に触れるでないぞ。そのサラマンダーは火こそ出さぬが、熱を操る』
「触ったら熱いとか、熱風を吹きかけられるってことですか?」
『触れた指が沸騰する』
「何それ怖っ!?」
竜の言葉で警戒したカドは大きく後退した。
咄嗟のことで後方にいたリリエにぶつかりそうになったのだが、彼女は背を手で受け止めてくれた。
「このタイプはね、一定範囲内の熱を操るのよ。これも呪詛みたいなもので、一定範囲内の魔素を強制的に発熱させるものだから魔力が強ければ抵抗はできるわ。カド君の質と魔力量でも、熱いと思って手を引けば火傷止まりで終わると思うわよ」
「敵を問答無用で沸騰させるとか、ある意味では本当の炎より恐ろしいじゃないですか!」
ひええとカドはこのサラマンダーを畏怖の瞳で見つめる。
サンショウウオの系統と言えば体表には毒腺を持つものも少なくない。
見た目はトカゲを緩くした感じであろうとも、一癖二癖のある生態を持った生物だ。
驚かされはしたものの、その能力を知ったカドはこのサラマンダーに興味を抱いた。
それにもう一つ気になることがあるのだ。
サラマンダーの体表は粘液によってぬらぬらとしているが、苦しんでのたうった際に接触したであろう地面などに付いた粘液は固まっていた。
乾燥したという様子ではない。
カドはその塊の一つを摘まみ上げた。
塗りたくるようにして落ちた粘液なので量はそれほど多くない。五センチほどの板状になっている。
それはしげしげと見つめたカドはますます興味を深める。何せこの固まった粘液はプラスチックのように一定の強度を持っているのだ。
その関心を見て取ったリリエは、補足をしてくれる。
「サラマンダーたちは魔素で粘液を作ることもできるのよ。高温では粘液の状態だけど、冷えればそんな風に固まる代物ね。それを吹きつけて敵の行動を奪うこともあるわ」
「へえ、それはまた凄いですね!」
幻想種としてはそれほど厄介でもなければ、他に類を見ない特性とも言えない。
固まった粘液の強度も精々プラスチック程度なので、もっと強力な行動阻害の手段を持った幻想種なんてゴマンといる。
リリエは解説こそしたものの、特別視する様子は全くない。
しかしながらカドは冗談抜きで称賛していた。そんな様子にリリエのみならず、竜も面食らった顔をしている。
「決めました。できるなら相棒はこんな子が良いですね。ドラゴンさん、多少痛いことをするけど治療をするから従者契約をしてくれって持ち掛けてもらえませんか?」
『それは良いが、それほど簡単に決めて良いのか? 時間が限られているとはいえ、探そうと思えばまだ機会はあるぞ』
「いえ、この子が良いんです」
『左様か』
そこまで言うならばと竜はこれ以上の問答はせずにサラマンダーとの意思疎通を始めてくれた。
同じ幻想集同士、カドが直接やり取りをするよりも話が早いだろう。
途中、サラマンダーのくりくりとした目がこちらを向いたくらいで大きな動きもない。
しばらくすると話が終わったらしく、竜がこちらに目を向けてくる。
『死ぬほど苦しい。このままでは魔物にも食い殺されかねない。だから求めるのであれば応じる気はあるとのことだ。ただし――』
「しっかり治せということですね」
『肯定しよう』
「わかりました。それじゃあ最善を尽くしましょう!」
頷いたカドは再度、サラマンダーの腹に目を向けた。
本当はレントゲンか、次点でエコーでもあれば腹部に卵があるかないかだけでも確かめられただろう。
こんな検査機器の代替も必要か――なんて腕組みをして悩んでいたところ、竜の言葉を思い出す。
そういえば竜はこのサラマンダーの魔素が乱れていると言っていた。
卵はもう親の体の一部というよりは別種の生物である。ならばそれは固有の魔素を有していないだろうか?
そんな思い付きで魔素を目で見定めてみれば、大当たりだ。
サラマンダーの体内で一定の流れをもって渦を巻いている魔素に、卵状の魔素の塊が何個も連なって見える。
レントゲンで卵詰まりを見たかのように透視することができて幸いだ。
確信を持ったカドは、早速準備に取り掛かる。
「ドラゴンさん、先日みたく火を熾してください。リリエさんはそれをくべるための簡易かまどを作ってもらえますか? 僕は麻酔の準備とかをしますので」
「ええ、わかったわ」
竜にもらった魔本から兜を取り出し、そこにこれから使用するであろう刃物やピッキングツールを入れる。これを煮沸消毒してもらうのだ。
頭を守りもせず、鍋代わりに使い続けている兜には申し訳ないが、他に器具がないので仕方ない。
カドは続いてサラマンダーの背に回ると、脊椎の位置を指圧して確かめ始めた。
「症状とは関係ない部位よね。それは何をしているの?」
卵を産む経路である総排泄腔を揉み解すのであればまだ理解できただろう。
しかし、全く関係ない場所のマッサージをカドが始めたことが不思議だったらしい。リリエは小首を傾げている。
「これからお腹を開いて卵を取り出すことになるので、化け猫にやったみたいに局所麻酔程度では痛みを排除しきれないんです。だからもっと神経の大元で麻酔を掛けて痛みを感じないようにするんです」
実例で言えば、人の無痛分娩だ。
牛の帝王切開でも起立させたまま、硬膜外麻酔を施して行う。
普通の動物では暴れるために全身麻酔以外の選択肢がなくなってしまうが、動かない場合であればこのような手段も取れるのだ。
カドは綺麗な布でサラマンダーの背を拭い、毒素生成で作った麻酔を硬膜外に投与する。
本来であれば硬膜外針という注射器のようなものを使う。
脊柱管内は陰圧となっているので、実際に針がそこに到達した際は音でわかったりするのだが、現在の方法ではそんな指標もないので慎重そのものだ。
そんなひと仕事を終えたカドは、麻酔が作用するまでの時間で竜とリリエの疑問に満ちた視線と向かい合う。
「卵詰まりって、どうして起こるかといえば日光浴やカルシウム不足からの卵の軟化、卵の奇形や、卵を押し出すための筋肉の異常なんかで起こります。だから急を要しない時はカルシウムを上げて、卵が固くなったら押し出すとかの手段を取るんですけど……この卵がどういう栄養で固くなっているかもわからない現状だと、摘出くらいしかないよなってことでこれから処置をするわけです」
「わかるようでわからないというか……奥深いのね」
リリエは聞くだけで頭が痛くなりそうと表情で語る。竜なんて眉間に皺を寄せたまま黙りこくっている。難しい話をされた老人がこんな様子になるだろうか。
それを苦笑気味に見ていると、煮沸消毒も程よくなり、麻酔も効いてきた様子だ。
カドは改めてサラマンダーに向き直り、処置を開始するのだった。
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