1日目 魔物狩りの成果
リリエが最初に出した課題――魔蛇と剛毛熊を五十体倒せというのは、実のところ駆け出し冒険者にとっては実現不可能なレベルだった。
まず魔蛇は全長十メートルもの大きさのアナコンダと思えばいい。
鱗に関しては特別に硬質でもないが、生命力が非常に高いので頭を落としてもしばらくは獲物を締め付ける特性がある。そのため、第一層で燻っている程度の存在では捕まったら終わり。
その上、魔蛇という名前の通り、石の飛礫を放ったり、足元を泥沼化させたりする魔法を使う。さらには茂みに紛れて待ち伏せをする魔物だ。
魔素を見ることができない近接戦闘職なんて不得手が極まれる敵である。
「魔蛇はそういう認識の敵なの。いいわね?」
「あ、はい」
カドは目の前でその危険度を改めて語ってくれるリリエに対し、正座の姿勢で謹聴していた。
続いて剛毛熊。
こちらは全身の毛が針金なのかと思えるほど強度のあるグリズリーと言っていい。直立時には三メートル近くにもなる巨体だ。
そのごわごわとした体毛に加え、丸みを帯びた形、分厚い筋肉はどれも刃物による斬撃では相性が悪い。どんな状況であろうと刃を立てる方向を適切に計算・実行し、熊の暴走にも巻き込まれない間合いを取れることが重要となる。
これを単独で倒せる剣士は駆け出しから卒業と太鼓判を押されるそうだ。
魔法使いであっても、そのタフネスや機動力を凌駕できれば一定水準の実力として評価されるらしい。
そんな厄介さであるうえに、この熊は魔物なのだ。通常の熊と違って個体数がある程度いる上、無限に自然発生してくる。
境界域の第一層であろうとも、これを上回る魔物は一種や二種ではない。
ここで冒険をするならば、これらを軽く倒せなければ話にならないのだ。
「油断ならないし、攻撃手段を十分に持っていないと相手に出来ないものなの。理解した?」
「凶暴な大蛇と熊っていう時点で脅威ですもんね。成牛だって平然と餌にしそうな時点でその危険度はわかります」
「そうね。しかもカド君は純粋な攻撃魔法というものを覚えていないでしょう。回復魔法や補助魔法では戦えないのよ、普通は」
「はい。先制攻撃が通じなかったら即逃げるつもりでした」
こんな会話をする通り、これは事前のレクチャーではない。事後のお小言である。
けれど叱るという雰囲気ではない。
そう、カドは上手くこなしてしまった。
それ故にリリエは叱れないし、後ろめたい表情まで浮かべている。
「あのね、さっき言った通り私は君が黄竜のためとは言っても危ないことをしそうだから諦めざるを得ない状況にするつもりだったわ。魔蛇に挑んで泥沼に足を取られ、ナイフで滅多刺しにして抵抗するも致命傷には届かず。締め付けられて全身の骨がイカレそうになった辺りで助けに入るつもりだったのよ。そういう魂胆だったから、その……ごめんなさいね。憤ってくれていいわ」
眉をハの字に寄せ、リリエは頭を下げてくる。
しかし、彼女のやり方は強引ではあるが別に悪意があったわけではない。
ギリギリまで助けない宣言はしていたし、カドは人の道を踏み外そうとしている。それを踏み止まらせようという時点で良識があっただろう。
たとえ怪我をしようと、それは身の程を知るというやつである。
だからカドはリリエに反感なんて持たない。
「謝る必要なんかないですよ。覚悟と手段があれば実現の可能性も残してくれている時点で、むしろ感謝しなきゃいけないくらいです。リリエさんは優しい人……ああ、いや、天使ですよ」
人と称するのも正解なのかどうかよくわからないので、そう付け加える。
けれどもリリエはまだ少々眉を寄せたままだ。慈愛に満ちている天使だからこそ、こういう背信的な行為を気にして――。
そこまで考えた時、カドは字面が似ているだけに天使は背徳的なことが好きとの竜の言葉を思い出した。
もしやここは強気に「本当に酷いものです。怪我をしていたらどうするつもりだったんですか?」と言いつつ顎をクイッとするのが最適解だったのだろうか?
……今までの反応を見るに、怒られるのは明白なのでやめておく。殴られるのは竜だけで十分だ。
「それにしても、よく倒したものね」
脱線した考えに耽っていると、リリエは周囲を見回した。
周囲には吸収しきれずに霧散した魔素が漂い、濃度が一層濃くなっている。その現象こそ、カドが魔蛇と剛毛熊を大量に倒した証拠と言っていい。
数は正確には覚えていないが、一分で一、二体ずつ仕留めていたのは確かだ。
「僕としては魔素を見ればどこにいるかわかりましたし、木から飛びかかって血流操作で先手さえ打てば一発で昏倒させられたので幸いでした。そこで疑問なんですけど、魔力による抵抗値ってないんですか?」
魔蛇と剛毛熊は本当に充分な脅威だった。しかしながら血流操作はどの個体にもあっさりと通じてしまったのである。
その結果、触れれば即試合は終了。あとは魔素吸収とナイフ、どちらでトドメを刺すかというだけだった。
それを問いかけてみると、リリエは悩ましそうにする。
「あるにはあるわ。魔法とは魔素による干渉だもの。けれど、君の魔力は第五層の質。よほど魔力量に差がなければ第三層くらいまでは一方的になるでしょうね」
これもまた創意工夫と強さではあると認めてくれたのだろうか。彼女はため息を吐くと膝を折り、頭を撫でてきた。
「無理を言ったけれど、文句なしで合格よ」
「ありがとうございます」
お辞儀をしていると、彼女は手を差し出してくる。
カドがその手を握るとすぐに引っ張り立たされた。
「三日だけしかないから時間も惜しまれるわ。とりあえず新たに習得できる魔法や技能もあるでしょうし、石碑で天啓を確認してから忌み子の討伐に向かいましょう」
「わかりました。ところで何度かその単語を耳にしたんですけど、忌み子って何ですか?」
「簡単に言うと、幻想種に寄生された人間ね。<遺物>の迷宮に挑んだ冒険者や、駆け出しの冒険者、それに口減らしで山に捨てられた子供の成れの果てよ」
それを口にするリリエの表情は暗い。
魔物を狩ってレベルアップを図った次の目標に彼女が用意したのだ。討伐と言ったことからしても、元人間を殺す――ということになるのだろう。
これについて深く問うのが憚られたカドは意識で繋がりのある竜に問いかける。
『ドラゴンさん。あなた自身やリリエさんも幻想種なんですよね。寄生なんてよくあることなんですか?』
『通常はない。我らは加護持ち。幻想種として、確固たる存在を勝ち得た者だ。しかし、それに至らぬ存在の方が多い。魔物との差異も少ない有象無象の場合、生きるのにも難儀しておるのだよ。だから瀕死の人間や弱い人間に憑りつき、その体を隠れ蓑としつつ生きながらえるのだ』
例えばペガサスやグリフォンもそうだが、名前がパッと思いつくくらいに有名な幻想種は須らく加護を持っているらしい。
各種ステータスの増強、固有の魔法や技能の取得などがあるために強い場合が多いそうだ。
しかしそれらはあくまでエリート。そうとは言えず、どんな種と断じることもできないものの方がむしろ多いらしい。
『待ってください。でも瀕死の人や子供にも憑りついて生き延びさせるならむしろお互いに利益のある共生じゃありませんか? 栄養だけ奪って次々に乗り換えるわけではないんですよね?』
『そうである者もいる。だが、共生してもそれが穏便に続くとは限らぬ。なにせ別種の生命体ぞ? それが無理やりに固着し、宿主を生かそうと力を寄こしもするのだ。均衡が崩壊し、人とも幻想種とも呼べぬ怪物に成り果てることが多い。故に忌み子なのだ。人の成りをしていても、いつかは災いをもたらす。冒険者は魔物同様にそれを殺しておるよ』
それを聞かされて、カドは理解した。
道理でリリエの表情が暗くなるはずである。
弱い人の味方をする以上、その討伐は彼女にとって避けられない仕事なのだろう。
□
石碑で再確認した結果から言うと、魔法はいくつか習得できていた。
再編した魔法も含めると、以下のような具合だ。
第一位階魔術
・初級肉体補完:魔素によって欠損した肉体を補完。
・血流操作:血液の流れをある程度操作する。
・死者の手:周囲の魔素を手として具現化する。
第二位階魔術
・従者契約:幻想種を使役する代わり、魔力を分け与える契約。
・使い魔創造:自らの魔力を糧に、使い魔を創造する。
・毒霧散布:精製、複製した毒素を広範囲に散布する。
・腐敗:対象を腐らせる。
・病魔招来:限定的に病原体の精製、複製が可能。
本当に死霊術師らしい構成なのでカドは「うわぁ……」という感想を禁じえなかった。
尤も、それぞれが試し甲斐のありそうな魔法なので期待は大きい。
死者の手なんて、手術に利用すれば助手の手を借りるよりもよほど良い働きをしてくれそうな魔法ではなかろうか。
その他にも、天啓は自動的に発動する技能も与えてくれるらしい。
・一意専心:集中力の向上。
・生体把握:対象の筋肉、骨格の構造から能力・状態を把握する。対象への理解が深いほど、情報精度が高まる。
・解体術:対象の構造を理解するほど、的確な解体を実行可能。
これらは普段の自分でも自覚なく行っていることがもう少し具体的になったとでも思えばいいらしい。一つ一つの性能は大したものでもないが、数が揃えば便利になる――そういう認識のものだそうだ。
これら取得した天啓のみを羊皮紙に記してもらい、細かな説明は例の忌み子とやらの居場所に向かう途中に説明された。
ちなみに移動はリリエによるお姫様抱っこと飛行である。
それに対する拒否権は無論、与えられないのだった。
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