1日目 魔物狩り

 魔物とは魔素が形を持ち、自己存続のために同じく魔素を持つものを襲う存在のことを指す。


 故にどれだけ倒そうとも生態系の破壊にはならない。それどころか、土着の生物を守るためには間引く必要がある存在だ。


 ということで、カドは気兼ねなく倒すことにしている。




 近隣の獣道を散策していると、早速ゴブリンとコボルトを発見した。この二体はどうも飢えて魔物同士の共食いをしようとしていたところらしい。


 彼らは基本的に真正面から突っ込んでくる脳しかない。獣らしさも、人間じみた知能もない中途半端な存在だ。


 よって、操作魔糸によるトラップがとてもよくハマる。




 まずブービートラップのように足元に仕掛け、そこから後退して彼らの首辺りが触れる高さにこれを仕掛ける。


 ちょうど、リレーのゴールテープのように樹と樹の間に張ったわけだ。




「よいしょっと」




 こうして準備を終えたところで、彼らの注意を引くために投石をする。


 コントロールが良かったらしく、それが頭側部にヒットしたゴブリンはその場にすっ転んだ。




 普通の動物なら、こんな乱入があれば驚いて逃げたことだろう。しかしコボルトはこちらを見るやいきり立って襲い掛かってくる。


 恐らくはゴブリンより魔素が濃厚なため、食いでがあると思ったのだろう。




 しかし、哀れ低知能。四足歩行で猛ダッシュを仕掛けてきたコボルトは案の定、操作魔糸に足を取られてすっ転んだ。


 横倒しになったところで体に圧し掛かり、逆手では頭を押さえ込む。あとはナイフで首を掻っ捌けば終わり――なのだが、カドは手を止めた。




 命を奪うことを躊躇ったか?


 いや、それは全くない。農作物被害を減らすために害獣を狩りつつ、糧も得る。そんな猟師よりもさらに気兼ねなくやってもいい関係なのだ。


 必要な時に命を奪うことは躊躇わない。そんな心のスイッチは生前から備わっていたようである。




 気にしたのは倒し方だ。カドはナイフをしまい、コボルトの首を右手で掴む。




「我が手は汝が姿を許さず。其の形に終わりを齎す。<魔素吸収>」




 呪文を唱え終えると効果が発現し、コボルトの首筋に指が埋まる。


 まるでホログラフィックから色を奪うかのようだ。


 コボルトの色は首を中心に薄まり、そして激しく苦しみ悶えて抵抗してきた。もっとも、それもほんの数秒のことである。


 限界を迎えたコボルトの抵抗はぱたりと止まり、全身が一気に魔素へと還った。




「ふむふむ。最大限当て続けると消耗より回復できるっぽいですね。体が軽い雰囲気です」




 空気に霧散しようとする魔素を余さず吸収しつつ、ゴブリンを見やる。


 あれもようやく起き上がり、こちらへ二足歩行で走ってくるところだ。




 そして何の芸もなく操作魔糸にかかって仰向けに倒れる。


 それを馬乗りになって押さえ込んでしまえばこっちのものだ。


 狼人間じみたコボルトより細く、餓鬼じみた外見のとおりゴブリンの身体能力はそれほど高くない。押さえ込んでしまえば、ゲギャゲギャと呻かれるのみである。




「いや、そもそも僕がこういう風に押さえ込まれたら負ける相手を想定すべきですよね」




 トドメを考え直したカドは拘束を解くと同時に飛びのく。


 まだ試していない魔法があるのだ。そちらを行使する。




 ゴブリンは怒りもあるのか、ギギャーッ! と先程よりも猛った様子で迫ってきた。


 そんな動きもカドはしっかりと見定めた。ガントレットで払うように受け流しつつ、背後を取る――が、そこで顔をしかめる。




「しまった。こうして避けたながら魔法を当てられたらよかったんですけど、それって予想外に難しいですね」




 まだまだだなと猛省。


 そして再度向かってくるゴブリンをまた同じように捌く。




「あ、待てよ。後衛職としてはこんな風に前衛を張るより、奇襲か本格的な後衛としての術を磨くべきですよね」




 慣れない戦闘とあって、考えはころころと変わってしまう。


 思い直したカドは避けると同時に次なる魔法の詠唱をおこなった。




「制約の糸よ、戒めを。<操作魔糸>」




 ゴブリンの後方に位置する枝に絡め、思い切り引き絞ると共に収縮させる。それによって折れた枝がゴブリンの後頭部を強打し、怯ませた。


 カドはその隙を狙って接敵する。




 これから試すのは他でもない、初級治癒魔法だ。


 その詠唱をしつつ近づき、発動と同時にゴブリンの頭に触れる。




 今まで試行した結果、どうもこの魔法だけ消耗が著しく激しいのである。それはまるで竜から聞いた身体強化術式のようだ。


 確かに傷を魔素によって埋める効果と、血流の操作。少なくともこの二つの魔法は持っていた。つまりは身体強化術式のように複数の魔法が組み合わさってできているから消耗も激しいのではないかと考えたのだ。




 だから、血流の操作だけを意識して行使してみたのである。


 頭部の血圧が急に下がったのだろう。ゴブリンは急に昏倒し、すぐに顔が青ざめ、唇の色も変わっていく。




「ふむ。やっぱり血流操作のみに集中すると消耗は少ないですね」




 今まで感じていた気怠さがないのだ。手を開閉してその感覚を確かめていたカドは、とりあえずゴブリンにナイフでトドメを刺す。


 すると、上空から見守っていたリリエが降りてきた。




 ちなみに彼女はやはり今回も翼を羽ばたいていない。




「重力に逆らう変態?」


「~~……っ!」




 不意に脳裏に過ったことを口にしてしまった。


 ほら、蝶が羽化することを学術的には『変態』と称する。それが微妙に影響した結果、こうなっただけだ。


 リリエは何やら別の方向に視線を移した後、怒気を露わにしている。もしやこれも竜の発言と誤解しているのかもしれない。




 殴打が一発から二発に増えるかもしれないが、この辺りは穏便に済ませるためにも見なかったことにした。


 ごめんなさい、ドラゴンさん。これに関しては割と悪く思っています。




「カド君。君はもしかしてどこかで戦闘経験があるの?」


「昨日生まれたばっかりです。生前に何か経験があったかもしれないですけど、主に生物の構造について熟知しているだけですよ」




 そんなことを言っていると、ゴブリンの体は完全に魔素に還った。


 神経という全ての動作の連絡回路を守ること、動くための柔軟性を維持すること。


 生物はこの二つを両立するため、外骨格か節構造の骨を持っている。もしくは捨て身の軟体動物になるかだ。




 魔物に関してもその点は変わらないので、脊髄を断つことにも知識を活用できた。


 それを伝えてみると、リリエは納得した様子である。




「そうよね。狙いは的確だけど、動きはまだ素人だわ」


「はい! それよりリリエさんに聞きたいことが二つあるんですけど、良いですか?」




 改めて正座となり、挙手で発言の許可を願う。教えを授かる身として謙虚は大切だ。


 リリエはそんな様子に合わせて同じく正座になり、どうぞと促してくれる。




「その翼でどうやって浮いているんですか?」


「……その、ね。話をあらぬ方向にぶん投げるのはやめてね?」




 だって、翼を動かす胸筋もなければ羽ばたいてすらいない未知の産物である。同種の魔物がいた時、この仕組み――もとい常識がなければ生き抜けないかもしれないのだ。




 まあ、そんな建前は置いておく。


 どうやらこの翼は半重力装置的な器官らしい。その着脱については、竜の体躯が変わったのとほぼ同じ仕組みだそうだ。


 確か、人にとっての天啓と同じ。幻想種の加護とか言ったか。




「じゃあ、その翼は――」


「この話題についてはまた暇な時に。いいこと?」




 そちらにのめり込んで質問攻めにしようとしたところ、顔をがしりと掴まえられた。


 両頬がミシミシといっているので、これは無言の圧力とか呼ばれるコミュニケーションだと思われる。




「残る質問です。リリエさん、僕の魔法に関して誤訳していませんか? まず、同じ初級治癒魔法に関してもリリエさんのとは働き方が違います。死霊術師の初級治癒魔法に関しては魔素による肉体補完が微弱に。血流操作が主って感じで、少なくとも二つの複合術式っぽいんですよね」




 やたらに燃費が悪い原因はこれだろう。


 その証拠に、血流操作のみと意識的に調節したところ、消耗は少なかったのだ。


 伝えてみると、リリエは悩ましそうな顔になる。




「あり得るわ。天使というものも天啓を完全に読み解いたわけではないの。伝聞や経験からそう判断しているけれど、魔法によっては同じはずが別の機序ということもあり得る。混成冒険者が増えたから目立たないけれど、純系冒険者ばかりだった時代はそんな話もあったわ」


「ん? ふと気になったんですけど、リリエさんは何歳なんですか?」


「ふと気にしなくていいの。乙女にその話題は駄目だし、伴侶がどうとかいうのも駄目。いいこと?」




 無言の圧力、その二である。


 今度は両頬にねじり込みが加わって若干の圧力の増加も認められた。これ以上の刺激は顎の骨がこきんこきんと言ってしまう領域なので大人しく閉口する。




 リリエは再び監視員に戻る気らしく、身を離した。




「君が戦えることはわかったわ。この調子で魔蛇や剛毛熊にも挑戦してもらいたいのだけれど、大丈夫そう?」


「これからは不意打ちに徹したいと思うのでもう少し上手くはできると思います」


「そう、それは良かった。でも、一つだけ警告よ。私は君を預かった以上、命は保証するわ。看病もしてあげる。けれど大怪我をしそうでも、止めには入らない。命を守るだけ。だって君は黄竜の仲間をしようだなんて、下手をすれば人全てを敵に回すことをしているもの。それよりは大怪我をした方がマシだから止めない。厳しいお姉さんでごめんね?」




 見かけ的には十代半ばと、二十代という具合だ。


 両者ともに中身の年齢はともかく、彼女は年長者然として頭にぽんと手を置いてくる。




「わかりました。肝に銘じておきます」


「よろしい。それとね、第二位階魔術を覚えるには、もっと早くたくさん、しかも大物を倒さないといけないわ。でも、それができてもまだ半ば。実現には怪しいの。だからこの砂時計が落ち切るまでに魔蛇と剛毛熊を五十体倒しなさい。それができたら次の課題をあげる」




 リリエが見せてくるのは三、四時間ほどで落ち切りそうな砂時計だ。


 太陽がない世界なので時間管理はこんな砂時計が中心なのかもしれない。




「次の課題について、触りだけでも聞いてもいいですか?」


「ええ。ちょっと離れたところで忌み子の討伐ね。君では逆立ちしても勝てない相手だけれど、魔物の討伐をこなせたらお膳立てをしてあげる。だから頑張ってね」


「はい、わかりました。折角なので自分の解釈として魔法を再編しつつ、こなしてみせます!」




 試行錯誤する事への好奇心と、目標への意気込みも合わさっている。


 カドは、むんと気合の入った返事をするのだった。

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