天啓のお時間です Ⅱ
「生理学はもとより、薬理学だとか外科学でも動物を使って実験して、その研究発表をしていることは確かですね。勉強の過程でも、生物の仕組みがわかりやすい実験なんかは実習で行われることがあったし、治療に関しては手術や輸血も異様なものと言われれば納得できます。物作りに関しては、動物専用の器具ってなかなかないので手作りで賄うことが多々あるんですよね。そういう系統かもしれません」
「君、意外と闇が深いのね……?」
「死霊術師が気にするような医療分野だったら、大体の人が似た経験を積んでいるような気もします」
命や薬の関係を理解するために、心臓や筋肉を取り出して薬を投与したり、電気を通したりなんて実験は最早有名どころだ。医学書どころか、生物学で取り扱っていることもある。
生物を治療する手前、その仕組みを理解するなんて綺麗ごとだけでは済まない。
西洋医学の解体新書が受け入れられるまでにひと悶着あったというように、解剖ですら捉え方によっては冒涜的になるだろう。
そんな経験が死霊術師の要素に関わったと言われれば、頷けるところだ。
リリエは少し驚いた様子ながらも、話を聞くにつれて理解をした様子である。
「うん。黄竜のために動こうとしているものね。物が物だけに偏った見方はされるけれど、根が良い人なのはわかるわ。続けるわね?」
彼女は浮かび上がった文字に目を通していく。
掠れてよく見えない文字については読み飛ばし、はっきりと浮かび上がっているものは目を通している。これが習得していないものとしているものの差だろうか。
読み解いた彼女はチョークじみたもので木板にさらさらと書き写していく。
ほんの五分もしないうちに、その確認は終わったようだ。
「ひとまず終わりね。もう手を下げてもらって大丈夫よ。とりあえず家に戻って説明をさせてもらうわね」
「はい、お願いします」
後光と同類なのか、リリエの翼が淡い光を放っていることによって夜の洞窟内でも視界が確保されているが、十分な明るさとは言えない。
ということでログハウスに戻ってきた。
こちらにはぶら下げられたカンテラの中に光る石が入っている。その光が蛍光灯のように照らしてくれるため、ロウソクよりはよほどマシな明るさが確保されていた。
「話によると、あなたがその体になって一日にもならないのよね? ということで適正職に関する技能はほんの五つしかないわ」
リリエは木板をこんこんと指で叩き、示してくる。
確かに書かれているのは五項目だ。それはわかる。
しかしながらこの世界の文字については全く理解がないカドは唸った。
「うーん、すみません。僕はこの世界の文字はまだ勉強していなくて読めないんですよね」
「あっ、ごめんなさい。それなら口頭で説明するわ」
そう言ったリリエは指で示し、一つ一つを確認してくれる。
死霊術師
・
・
・
・
付与術師
・
要約すると、こんな具合のようだ。
「死霊術師の技能というのは私も初めて見たのだけれど、治癒魔法も覚えられるのね。意外だわ」
リリエが言うことはカドとしても理解できる。
治癒魔法といえばやはり聖職者系が取得するものという印象がある。死を司ると言える死霊術師が持つなんてイメージ違いもいいところだろう。
まあ、その点についてはいい。
治癒魔法については非常に興味があるところだ。取得できるというならそれは願ってもない話である。
カドとしては、目にしたこの五つの技能だけでも興味が尽きない。
特に治癒魔法と毒素生成と操作魔糸の三つだ。初期から取得できるくらいに低位であれば大して期待できない能力かもしれないが、工夫次第では医療への応用が利くかもしれない。
胸にうずうずとするものを感じながら、カドは問いかける。
「リリエさん。この魔法はどうやったら使うことができるんですか?」
「呪文を詠唱して、自分の体内魔素を燃料に発動するといった具合ね。使い方については他人に聞くものではないわ。これらはまさしく天啓。あなたがすでに得ている技能を形として教えてくれているに過ぎないもの。思い描いてみて。例えばこの初級治癒魔法を使うには、どうすればいい?」
「と、言われましても……」
問いかけられたカドは困惑した。
なにせ、そんなものを習得した覚えはない。呼吸や歩き方について君は元から知っているでしょう? と問われるようなものだ。
確かに知っているかもしれないが、特殊な呼吸、歩法となれば話は別である。
カドはどうにもリリエの言っている意味がわからず、眉間に皺を寄せた。
初級治癒魔法を使う手順、方法。一体何が必要だろうか。
自分はウサギを捕る際、手の甲を草の葉で切ってしまった。試すなら、これにでもかけてみるべきだろう。
そんなことに思い悩んでいた時、不意に自分の手が動いた。
意識もせずに体が反応してしまうような奇妙さである。
「我が魔素にて、理を統べる。血は巡るべきを巡り、死を忘れよ。
「あら……?」
薄く線を引いた程度の傷だ。
元からないようなものだったが、詠唱と共に光が発生したかと思うと傷は治って――いなかった。特に変わらずに残り続けているように見える。
「えぇ、不発ですか?」
「いいえ。ちゃんと発動はしたと思うわ。もしかしたら仕様が随分違うのかもしれないわ。私も初級治癒魔法は使えるけれど、まずもって詠唱が違うもの」
リリエは手本を見せてくれるのだろう。
先程治癒しなかった手を取ると、彼女の呪文を口ずさむ。
「大いなる慈悲と恵みにて、在りし姿をここに。
そんな呪文が唱えられると、変化はすぐに起こった。
傷はあっという間に消え去り、綺麗な皮膚に戻る。当然、そこにはもう痛みも感じない。
「んんん……? これは一体、どういう?」
「ごめんなさい。それは私にもしっかりしたことは言えないわ。でも考えられるとすれば、方式が違うのかもしれないわね」
「方式?」
「ええ。理論や原理といってもいいかもしれないわね」
例えばと断った彼女は手を広げる。
何事かを口ずさんだ直後、そこには火の塊が生じた。
「こうして火を生み出せたわね? けれどこの火も適正職によって様々なの。無から火を生み出せる魔法使いもいれば、物に触れて状態でしか発火、発熱させられない鍛冶師もいる。剣士では、剣にまとわせることしかできないっていうのもいるわね」
「なるほど。つまり僕の治癒魔法はリリエさんの治癒とはまた違った方式だったから、治ったように見えなかっただけで、何らかの効果はあったかもしれないってことですね?」
「恐らくは」
彼女は頷きを返してくれる。
自分はまだ、魔法というものがよくわかっていないのだ。それを理解するうえでも、自分の技能をしっかり見定めていく必要があるだろう。
探求心が刺激されたカドはぞくぞくとした心地を覚えながら、立ち上がった。
「よし、じゃあ早速練習をします!」
「えっ、今からするの?」
「はい。あまり時間をかけすぎるとドラゴンさんの解呪にも影響が出ちゃいますから」
カドはそう言って庭に飛び出すのだった。
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