天啓のお時間です Ⅰ
とりあえず完全に陽が落ちる前に獲物を得ようと、カドは森を散策した。
その結果見つけたのは、何かの動物の小さな巣穴である。ここに燃える薪と葉でも入れ、獲物を燻し出して捕えるかと方策を決めた。
ナイフで木を加工し、棒と板を擦り合わせる摩擦熱で火を確保して実行に移すまでにかかった時間は約三十分。陽は暮れてしまったが、ウサギを獲物として確保することはできた。
それを土産にログハウスへ戻ってみると、ドアの前で天使が待っていた。
先程とはまるで違う。
ぼさっとしていた髪の毛も翼も綺麗に整えており、しゃらんと綺麗な効果音まで聞こえそうな佇まいだ。
「さっきはごめんなさいね。疲れているでしょう? さ、どうぞ上がって」
彼女は余裕たっぷりの大人の女性という雰囲気を完璧に演じながらドアを開けた。
中でぶっ倒れていたはずの村娘はもういない。
生前より性能が良くなった鼻で嗅げばわかる。どうやら彼女らはもうこの家の中にはいないようだ。
『あれの飛行速度であれば村まで優に往復はできる。放り出してきたのであろうな』
とは、竜の言葉だ。
誰が倒れていようと別に構わないのだが、綺麗に整った部屋からも察するに彼女は先程の出来事をなかったことにしたいようだ。
それならそれに合わせるだけだと、カドはもうその点については触れない心積もりである。
そういう話題は避けたい意向もあるのだろう。カドが入室すると、部屋の雰囲気をロクに見回す間も与えずに彼女は話しかけてきた。
「近隣の村の冒険者ってところかしら。見たところ、よほど危ない橋を渡って……んん?」
見たところと語った辺りから彼女は怪訝そうに目を細め、近づいてくる。
まじまじと見つめながら、正面から後ろまでぐるりと回って確かめた彼女は最後にカドの手を掴み上げ、くんくんと鼻を鳴らした。
「なるほど、真っ当な存在じゃない訳アリの子ね。エワ――いえ。黄竜はどこ?」
これはこちらの素性をズバリ当てたと見ていいだろう。魔素の色合いと、体に残る匂いから判別したに違いない。
「すみません、質問に答える前に確認させてください。ドラゴンさんとはお知り合いなんですか?」
問いかけると、彼女は頷く。
「ええ、自己紹介が遅れたわね。私はリリエハイム。見てのとおり、天使として境界域内の人助けをしている変わり者ね。あの黄色っぽい竜とは古い馴染みよ。だから君をここに向かわせたのだろうしね?」
心の中でドラゴンに確認してみると、『仔細ない。事情を話すが良い』と返される。
信用できる人物と見ていいようだ。
「そうですか。答えるのが遅れてすみません。僕はカドと名乗っています。ご存知のドラゴンさんに命を助けられてお世話になっています。その説明がてら、このウサギを捌かせてもらいたいんですけど、良いですか?」
「ええ、ええ、それはもちろん! もしかしてご馳走してくれるの?」
それは嬉しいわと彼女は盛大に喜ぶ。
はしゃぐ彼女に背を押されて家の外に出ると、五右衛門風呂と見えられる施設の横に簡易的な調理場があった。
このような血抜きしきれていない獲物を捌くための施設だろう。
腹部正中に刃を通し、皮のみを切る。
筋肉質なウサギは引き剥がすようにすれば簡単に剝皮できてしまうため、その他の動物のように皮下に丁寧な刃入れをする必要もない。
肉が少ないし、関節の切開も楽ということで前肢は手根骨、後肢は膝関節で切り落とす。後は肩肉、腿肉などを食べやすいように切り分けるだけだ。
解体は手際よく、あっという間だ。
杖にされたことから今に至るまでと、今も残っている獣医としての記憶を話しきる頃には片付けも終わり、調理に入っていた。
ウサギ肉のスープ、炒め物、つくねなどをテーブルに並べ終えると、ようやく彼女を尋ねた要件に入ることができる。
「なるほど。つまりその体になって間もなくて天啓についてもわからないから尋ねてきたと。人間社会に戻るためにも、私のような仲介がいた方が便利よね」
「いえ、ドラゴンさんの呪詛を解くために人と事を構える恐れもあるのでリリエさんにお世話になるのは最低限で大丈夫です」
「いいのよ。人に持たれる敵意くらい自分で払えるし、何よりこんな可愛げのある子が一人で危ない橋を渡るなんて見ていられないもの!」
つくねを頬張る彼女は強く言葉にしている。
例の塔で受け継ぐこととなった容姿の良さは早速こんなところでも効力を発揮してくれているらしい。それとも、元からこのような世話好きなのだろうか。
振る舞った料理も、誰かが作ってくれる料理だからこそ美味しいのだといって本当に嬉しそうに平らげていた。
「さて、それではやれることは早めにやってしまいましょう。夜だけれど、祭壇は滝壺の裏でとても近くにあるから安全よ」
そんな休憩が終わると、善は急げということなのだろう。リリエは要件を消化してしまおうと動いてくれた。
滝壺をぐるりと回ると、滝はせり出した崖から流れ落ちていることがわかる。
その先にはほんの二十メートルほどの深さの洞窟があった。
最奥には確かに祭壇らしきものが見える。
苔むした遺跡と、ぼろぼろになった何らかの碑文だ。
リリエはその横に立つと、碑文の前に立つようにと手招きをしてきた。
「では、読み解くわね。まずは碑文に触れてくれる?」
「はいはい、了解です」
リリエの指示通り、碑文に触れてみる。
すると、光が迸った。まずは碑文に触れた面。そこから周囲に広がって碑文の文字が光を放つ。
その後、光が宙にまで浮かび上がり、文字の羅列を作った。
リリエはそれに目を走らせている。恐らくはこの浮かび上がった文字が天啓とやらなのだろう。
「何が書いてあるんですか?」
「まずは職業適性ね。……珍しい。あなたは二重の適性があるわね」
リリエは強く感心した様子でそれを読み解く。
「一つは死霊術師ネクロマンサー。もう一つは付与術師エンチャンターね」
「死霊術師って……」
どう考えてもそれはハルアジスの影響だ。
カドは適性があると言われても、嫌な思い出のせいで全く喜べない。
身の上話をしたこともあり、リリエはその心境を察した様子だ。しかしながら彼女は「それは違うわ」とさらに突っ込んでくる。
「多少の影響はあったかもしれない。けれど、あなたはあの家の魂を鋳型に作られたのではないもの。これはあなた自身の経験と適性が強く反映されたものよ。だってそうでなければ同じく混ざったはずの剣士やドラゴンといった要素がないもの」
「……」
なるほど、一理あるとは思えた。
影響から言えば容姿にも出ている点であの塔の存在が最も強くあるはずだ。にも拘らずその反応が見られないということはリリエの説明通りと見ていいのかもしれない。
彼女は重ねて問いかけてくる。
「死霊術師の適性というのも稀有なのだけれどね。……君、命を冒涜的に研究したとか、死体埋葬が生業だったとかはある? 付与術師に関してはそうね、物作りとか?」
そう尋ねられ、カドは思い当たる点を口にした。
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