目的地まで二山マラソン。危険生物注意
とりあえずカドと竜はハイ・ブラセルの塔と呼ばれるダンジョンを発ち、次なる目的地を目指してアツィルト境界域第一層の空を飛行していた。
次なる目的と言えば、天啓、神殿、天使。この三つがキーワードである。
あ、またこれ新情報じゃん。頭痛い。なんて思っていたのだが、一度理解してしまえば把握は容易だった。
要するに、神様が努力や才能に見合った技能をくれる。
その取得方法の説明が天啓であり、天使が仲介して教えてくれるもの。
それが行える場所は霊験あらたかな神殿。
そういうことらしい。ゲームの知識と置き換えてみれば、魔法や転職をどこかの施設でまとめて執り行うという形式に近いだろうか。
その情報を得るまでに竜と数分も言葉を交わしたカドは眉間に皺を寄せる。
「ドラゴンさん。口調が小難しすぎて意思疎通に難ありですよ」
頭痛の原因は竜の堅苦しい口調にある。現代風のわかりやすい口調で話してくれたなら、もう数倍は理解が速まっていたことだろう。
そう思って口にしたところ、首を横に振って返された。
『互いの認識範囲の違いが主因であろう。我にとっては汝の知識も大差ない』
これは医療談議に対する意趣返しらしい。
なるほど、その辺りの自覚はあるカドは素直に頷きを返した。
「そうですね、それは確かに。ちなみに僕がドラゴンさん以外と話すとしても、やっぱり違和感を持たれたりしそうですか?」
今まではハルアジスの独り言を聞いてきただけ。たまにそのお弟子たちの愚痴が耳に入ったくらいである。
真っ当なコミュニケーションを取った覚えがないカドとしてはその点を危ぶんでいた。
『十分にあり得るだろう。なに、些細な事であれば手助けはする。汝の身には我の血も含まれておるのは覚えていよう? 意識の共有は距離をおいても可能だ』
「おお、それはありがたいですね。頭の中で常に助言があれば――」
『どうとでもなるとは思わぬことだ』
まだ何とかなりそうと言おうとしたところ、不安を口にされてしまった。
『そも、汝が我と意思疎通できているのは意識共有あってのもの。汝がいつから死霊術師の屋敷にいたかは知らぬ。だが、この地の言語や文字についての理解まで追いついておるか?』
「うん、それについては知識を吐き出す装置を目指して弄られた影響ですかね。なんとなく頭に入っています」
日本で使うのに、日本語の音声認識ができない案内ロボットなんて作るはずがないのと同じだ。
少なくとも、ハルアジスが主に使う言語だけはインストールされているのだろう。
記憶を始めとして、弄られた証拠が思い浮かぶのは大変不快である。
絶対許さないポイントを一点追加として、心のノートに書き記しておく。
『左様か。ならば不安要素は減るだろうが、慣れは必要だ。その意味合いでも、天使の胸を借りると良い』
「気になります。天使天使って言っていますけど、どんな存在なんですか?」
天使と言えば、下半身丸出しの子供から、女神チックな翼の美女。
果ては聖人に取っ組み合いを挑み、勝てないと見るや下段に蹴りを入れて勝利しようとする者まで様々だ。
果たして、この世界における天使とやらはどんな存在なのか、事前に知っておくのは大切なことだろう。
すると、竜は唸った。
後ろめたさが残るこの反応は何だろう。嫌な予感しかしない。
『あれは、外見的には翼を持った人間と例えるのが近かろう。自称神の御使いであり、神の言葉を唯一読み解いて人に天啓を与える幻想種だ。基本的に善意に溢れ、高潔なる精神や成熟した文化を貴ぶ。しかし個体数が少ない故に文明を保てないことから、太古から人に寄り添うことを選んだ種族だ。元は異界でも深層の存在だったらしいが、大半は人間に毛が生えた程度に弱体化したと言われている』
これはまた想像以上に天使らしい説明である。
しかも人間の文化を好んで寄り添っているとは驚きだ。
そういえば、アッシャーの街でも冒険者と共に歩いたり、神官じみた格好をした有翼人を何度か見た覚えがある。それが件の天使なのだろう。
「ははあ、それはあまり想像から違わないですね。どこに唸る要素があるんです?」
『奴らは性格に難があるのだ』
「え。善人なんですよね?」
『ああ、凡そ善人だとも。悪意と呼べるものは持たない。弱者は守り、規律を順守する。社会の中では模範的存在であるな』
問いかけてみれば、竜は頷く。
その応答はどこか矛盾していやしないだろうか。
『しかし、それ故に自分に出来ぬことに焦がれておってのう。人間の蛮勇、淫蕩――それらが作る背徳感が奴ら最大の好物だ』
「うわぁ、もういっそ堕天しちゃえばいいものを……」
つまり、紳士淑女だが、ドロドロの昼ドラを見ると涎を流すように楽しむ。そんな人種らしい。
人畜無害なのだろうが、一歩間違えば変態さんの集団。そう捉えると確かに面倒そうだ。
「これから会う天使の相手って――」
『無論、汝一人であるとも。奴は人里の離れに住んでいるが、それでも我が近づいて良い場所ではない。加えて、その天使以外に汝と我が繋がっていることを知られるのも今後にとっては懸念材料としかなり得ぬ』
少しの会話で十分以上に不安は煽られた。
尤も、この竜がそれでも縁を残している相手なのだ。天使という種族のとおり、悪い相手ではないのだろう。
扱いにだけは気をつけようと、カドは密かに決意する。
そうして考えているうちに竜は飛行高度を落としてきた。どうやら目的地が近いらしい。
ばさばさとはためいて勢いを殺しながら着地する。
この場所は――
「全然、民家が確認できない山中なんですけど」
『話したではないか。近場に降りることは適わぬ。故にここからは汝の足だ。なに、山二つも越えはせぬよ』
言われ、カドは竜が見つめる方向を見やる。
紛うことなき山だ。
標高千メートルには届かない上に傾斜も緩やかなので、単に越えるだけなら問題はないだろう。
「ちなみに、道中に熊とか危ない野生動物って出ます?」
『いない地はないと思うが良かろうな』
手つかずの自然とくればやはりそうだろう。
迷子と野生動物。不安は残るが、竜の案内があればまだいけるだろうかと見やった。
『しかし、汝が真に気を付けるべきは魔物や幻想種だ。それについて語る前に、汝の素養がどの程度なのか改める。適当に殴りかかってくるがいい』
魔法さえぶっ放す竜が普通に存在してしまう世界である。野生動物なんて危険度で言えばないに等しい方なのだろう。
力強く立ち、好きに掛かってこいと堂々たる姿勢を見せる竜。
それを前にカドは頭を抱えるのだった。
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