第9話 優しい水兵さん

「ぼくは、英雄『しろたか』だー! くらえー、必殺船割りー!」

「やーらーれーたー……次は、ぼくが『しろたか』ね!」

「うん!」


 白いバスタオルをマントがわりに、子供たちが無邪気に英雄『白鷹』ごっこをして遊んでいる。


「懐かしいなあ、ヒーローごっこ。僕たちも昔は良くやってましたよね」

「……」

「まあ、もっともヒーロー役は姫ばっかりで、僕はもっぱら悪役だったんですけどね」

「……」


 日が傾きかけたサン・カリブ島の商店街を少し離れた路地を行く少年水兵と少女。

 先を行くチョップから少し離れた後ろの白いワンピース少女、マルガリータは空気の抜けた風船のように、見るからにしょんぼりとした様子でとぼとぼ歩いている。


「えーと、そろそろ元気を出してもらえないですか?」

「……」


 感情表現が豊かなマルガリータは、落ち込む時はとことん落ち込む。

 分かりやすい性格なのは悪いことではないのだが。


「気にしないでください、僕は別に大丈夫ですよ」

「でも……、わたし、チョップくんに嫌な事を思い出させちゃった」

「僕は全然平気ですよ。ほら、このとおり」


 チョップはドンと胸を叩いて、無理矢理な笑顔とガッツポーズを見せるが。


「ううん、一番傷ついているのはチョップくんなのに、わたしは傷口にアンデスの塩を塗るようなマネをしちゃったから……」


 そう言って、またふさぎ込むマルガリータ。

 チョップはため息をつきながら、何か気を紛らわせるようなものは無いかと周りをキョロキョロ見回すと。


「あっ、あそこに宝石店がありますよ。行ってみましょう」


 チョップは左手でマルガリータの手を引いて、黒いじゅうたんの露店へと赴いた。


「いらっしゃい、異国から行商に来た宝石店ネー。珍しい宝石がたくさんあるネー」


 髪の毛をレゲエの人のように編み込んだ、見るからに怪しげな店主が迎えてくれる。

 香を焚いているのか、オリエンタルな香りに包まれて、その店は独特な雰囲気を醸していた。


「二人は恋人同士? 手繋いじゃって、仲良いネー」

「あっ……、すいません」


 何気に手を握っていた事に気付き、パッと手を離すチョップ。

 マルガリータは名残惜しそうにチョップの左手を見ると、余計な事を言った店主を軽くにらむ。


「ハハハー、お邪魔してごめんネー。おまけするから、見てってネー」


 宝石店の店主がニコッと愛嬌を見せるが、歯が一本抜けていたため余計に胡散臭くなる。

 その姿がなんだか可笑しくて、肩の力が抜けたマルガリータは、ちりばめられた宝石に目を向ける。

 定番のダイヤ、サファイア、ルビー、エメラルドの指輪やイヤリング、お手頃な所でアメジストやめのうや琥珀こはくなど、色とりどりの装飾品が並ぶ。

 その中の、一つのネックレスにマルガリータの目が止まった。


「これ、かわいい……」


 それは小さな五枚の花びらを模してカットされた、薄いピンク色に輝く宝石の真ん中に、一粒の真珠をあしらったネックレス。


「オー、お姉さんお目が高いネー。それは、黄金の国に咲くという『サクラ』という花をモチーフにした逸品ネー」

「サクラ……、かわいい名前のお花ね。わたし、これほしいな……」


 マルガリータはネックレスの値札を見て、自分の財布の中を覗き見て、ガックリと肩を落とす。


「全然たりない……」

「お姉さんかわいいし、さっきのおわびも兼ねて半額にしてもいいネー」

「それでも、全然足りない……」

「お姫様なのに、お金持ってないんですか?」


 王女に向かって、なかなか失礼な事を言うチョップ。


「さっきワンピースと帽子を買っちゃったから、今月のおこづかいがなくなっちゃった。残念だけど、次の機会にするわ」

「お姫様なのに、おこづかい制なんですか?」

「オー、それ極東からの品だから、現品限りで今日買わないともう二度と手に入らないネー」

「そっかあ。そうなのね……」


 と、後ろ髪を引かれるかのように、ピンクの花を撫でるマルガリータ。

 チョップはその姿を見て、突き動かされたように。


「じゃあ、僕が買います。これください」

「え? いいよいいよ。これ、半額でも結構な値段するよ?」


 マルガリータは慌てたように手を振るが。


「いえ、僕も水兵団の端くれですから、一応お給料も貰ってますし、このくらいなんて事ないです。むしろ、お金の使いみちが無くて困ってるぐらいなんで」


 と言いつつ、チョップはマルガリータに背を向ける。


「さすが、彼氏さんネー。ほい、毎度ありネー」


 チョップは宝石商からネックレスを受けとると、マルガリータに手渡す。


「ありがとう……。着けてもいい?」

「あ、はい。どうぞ」


 うなじの後ろに手を回し、金具を止めると、マルガリータの白い胸元で桜色の花がキラキラと揺れる。


「すてき……。ありがとう、一生大事にするね」

「いや、そんな大げさな」

「お姉さん、優しい彼氏さんで良かったですネー」

「あ、僕は彼氏なんかじゃ……」

「うん! そうなの、とっても優しいの!」


 良いものを見せてもらったとばかりに、ニヤニヤする宝石商。

 チョップは気恥ずかしさを感じるものの、笑顔が戻ったマルガリータを見てホッとする。


また来てネーアミーゴ・グラシャース


 胡散臭いが陽気な店主に見送られながら、二人は宝石店を後にした。



 *



 先ほどまでの落ち込み具合はどこへやら、スキップしながら前を行くマルガリータ。嬉しさに胸をはずませ、実際に胸が弾んでいる。

 チョップはお喜びのところ申し訳ないと思いつつも、一応釘をさしておこうと。


「そろそろ帰らないと、執事長ケイマンさん心配してないですか?」

「うーん、日没まで時間あるし。わたし、もうちょっと遊びたいなー」

「もう、完全に視察の事は忘却の彼方ですね」


 マルガリータはくるっとチョップに振り向くと。


「久しぶりなんだから、もう少し一緒にいようよ。また次いつ会えるか分からないんだし」


 満面の笑顔でそう言うと、少し照れたように前を向くマルガリータ。チョップは肯定も否定もせずに、ただ困ったように彼女の後ろをついていくが。


「…………?」


 やにわに目をつぶり、耳をすませるチョップ。


「チョップくん、どうしたの?」

「姫、こっちへ」


 チョップは左手でマルガリータの手を引いて、ホテル街へと入って行く。


「チョップくん……、意外と大胆だね。でも、こういう事もあろうかと、勝負下着を着けて来てて良かったわ」

「何の話ですか?」


 ホテル街をスルーし、もじもじしている姫君の戯れ言もスルーする。

 チョップはもう一度目をつぶって耳を澄まし、少し奥まった路地へ入ると、そこにいたのは泣いている三歳くらいの、おかっぱ頭の女の子だった。


「えーん、えーん!」

「この子は……、迷子?」

「みたいですね。えーと、お嬢さんはどこから来たのですか?」


 女の子の前でしゃがみ込んで目線を合わせ、チョップは優しく問いかけてみるが。


「うえーん、うえーん!」

「あらら、ぜんぜん泣き止まないね」

「このままではラチが開かないな……。しかたない、奥の手です」


 チョップは「みにょにょにょにょーん!」と言いながら、ビロビローンと顔を上下左右に伸ばして、思いっきり変顔をして見せる。


「あっはっはっはっ、おもしろーい」


 と、笑ったのはマルガリータ。


「いや、姫が笑ってどうするんですか」

「ひーひー、次は水兵団名物『はだか踊り』をやったら?」

「何でそれ知ってるんですか? やりませんよ」

「えー、見たいのに。じゃあ、わたしがやるー」


 そう言って、マルガリータはワンピースの肩をはだけようとするが。


「王女がそんな事やったらダメです。はいはい、じゃあ僕がやります」

「あ、どうぞどうぞ」

「なんなんですか、このノリは?」

「あははははっ。お兄ちゃんたち、おもしろーい」


 二人の夫婦漫才でようやく女の子は泣き止み、笑顔を見せる。

 チョップとマルガリータは、よっしゃあとガッツポーズをしたあと、イエーイとハイタッチを交わした。


「よかったです。お嬢さん、お名前は?」

「あたし、ロアたん!」


 少女はおそらく『ロアちゃん』と言っているのだろうが、舌足らずなので『ロアたん』になってしまっている。あるいは元々そう呼ばれているのか。


「かわいいー、ロアたんだって」

「ロアたんは一人ですか? 大人の人と一緒じゃないのですか?」

「お母さんと一緒に買い物に来たけど、いなくなっちゃったの。お母さんに会いたいよう……、うえーん」

「だいじょうぶですよ。お兄さんたちがロアたんをお母さんの所に連れてってあげますからね」

「ほんと……?」


 再び泣きそうになる少女にチョップは力強く答え、マルガリータもコクンとうなずく。ひとまず、三人は人目の付く中央通りに移動した。


「この子のお母さんを知りませんかー」


 チョップはロアたんを肩車して、道行く人々に声をかけながら女の子の母親を探して歩く。目立つのはあまりよろしくないが、マルガリータもその後ろをついて行く。

 彼女は、なんだか照れてれしながら。


「ねえ、わたしたちって、こうしていたら夫婦に見られたりするのかな?」

「うーん? 僕が水兵服を着てるから、そうは見えないんじゃないですか」


 ちぇー、ノリが悪いなあと口を尖らせるマルガリータ。


「黄色い服を着た、子供を探している若いお母さんを、誰か知りませんかー」

「おー、ポンコツ水兵じゃないか。その女の人なら、南通りの方に向かってたぞ」


 知り合いから有力な情報を得て、三人は南通りに向かう。


「おう、ポンコツ太郎じゃあないか。そんな感じの人なら北通りに行くって言ってたぞ」


 さらなる情報をゲットした三人は、北通りへと足を運ぶ。


「ポンコツ大明神! その子にそっくりなお母さんなら、中央通りを探しに行ったようだぞ」


 チョップとマルガリータとロアたんは、中央通りへと歩を進めた。


「……って、ぐるぐる回って結局元の所へ戻っちゃったじゃない。RPGのおつかいイベントじゃあるまいし」

「うーん、このままじゃ堂々巡りになりそうですね」

「あたし、お母さんにもう会えないの……?」


 またグズりだすロアたんに、チョップは慌てず騒がず、優しく答える。


「大丈夫ですよ。僕はロアたんをお母さんのところに連れていくと言いましたから、約束は……、必ず守ります」

「そうね、わたしも約束は守るよ」

「……うん!」


 チョップたちの言葉を聞いて、ロアたんは安心した笑顔を見せる。

 ロアたんのお母さんが中央→南→北→中央とまわっていると読み、チョップたちは逆をついて北通りへと向かう。

 すると。


「……お母さん!」

「ロアたん!」


 まもなく、ロアたんの母親と鉢合わせし、無事に二人は再会することができた。

 しばし抱き合って、涙にくれるロアたんとお母さん。マルガリータも思わずもらい泣きをする。


「この面白い顔のお兄ちゃんときれいなお姉ちゃんが、優しくしてくれたのー」

「この子がお世話になってありがとうごさいます」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、どうもありがとー」

「いえ、水兵団の任務の一環ですから、お気になさらず」

「ロアたん、お母さんに会えて良かったね」

「うん!」


 チョップとマルガリータは、ロアたんと母親の謝辞を照れながら受けとる。


「さよーならー、面白い顔のお兄ちゃんと、きれいなお姉ちゃーん!」


 何度も何度も頭を下げながら、遠ざかって行く二人。

 両親がすでにいないチョップと、母親を早くに亡くしたマルガリータは、感慨にふけりながら笑顔で手を振った。


「姫、すいません。貴重な時間を使ってしまって」

「ううん、全然いいよ。ロアたんとっても嬉しそうだったし、良いことしたなって思うし」

「そう言っていただけたら助かります」


 すると、マルガリータはチョップを熱い視線で見つめながら。


「チョップくんは、本当に優しいね……」

「いえ、水兵団の教え『人には優しくすべし、特に女性と子供は守るべき国の宝なり』に従ったまでです」

「ううん、そうじゃなくって……。チョップくんは昔から、ずっと変わらず優しいよ」

「別に……、僕は、そんなこと……」

「このネックレスも無理して買ってくれたみたいだし、ね?」

「え? いや、そんな、ことは、無いですよ?」


 と、胸元のネックレスをつまんで揺らしながら、いたずらな笑顔を見せるマルガリータと、図星を突かれてぷいっとそっぽを向きながら、ぎこちなく否定するチョップ。


「わたし、チョップくんのそういう優しいところ、好きだよ」


 それを聞いて、チョップはマルガリータに背を向けて。


「……ほめても、もう何も出ませんよ」

「ちぇー」


 みえみえの照れ隠しで足早に歩くチョップを、マルガリータは少し離れた後から眺め、桜のネックレスを握り締めながら、ポツリとつぶやく。


「本当に……、大好きだよ、チョップくん……」


 彼女がついてきていない事に気付き、チョップはくるりと振り向くと。


「どうしました? なんか言いましたか?」

「ううん、何でもないの。行こっ」


 マルガリータは、チョップの腕を取ると、ギュッと胸の内で抱き締める。


「わっ、またそんな事を」

「いいじゃない、減るもんじゃなし」

「僕の神経がすり減りますよ」


 チョップとマルガリータは軽口をたたき合いながら、再び城下町の散策を続けた。

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