第4話 グレイゴースト大解剖
数日後。
空を進むグレイゴーストの前部甲板に立ったバートンは双眼鏡をのぞいていた。
周囲に船舶の姿がないかを確認しているのだが、双眼鏡にうつるのは美しい空の青さとモクモクと高く盛りあがった雲だけだ。
グレイゴーストは現在、指定された浮島にむけて航行している。
荷物でいっぱいの木箱は船の倉庫にびっちりと積まれており、これを無事に運び終えれば依頼は終了だ。
双眼鏡を目から離し、自衛用で設置されている二連装砲塔の横をすり抜けて甲板を後にする。
一時的にだがグレイゴーストの乗組員となったバートンに与えられた仕事は船の周辺警戒や破損部分の修理などである。
前者はこの船の全員が持ち回りでやっていることだが、後者は前の船でメカニック補佐をしていたがゆえの抜擢だった。
といっても手先の器用さを買われてやらされていたに過ぎないことなので別に機械いじりが好きなわけではない。
任命されたのも働かざるもの食うべからずということでシエルの意向によるものだ。
ハッチを開けて船内に入る。
長い通路に人影はなく、バートンがズンズンと廊下を進んでいくと足音が反響してよく聞こえた。
さまざまな噂をもつ伝説の幽霊船、グレイゴースト。
だが蓋を開けてみればただの宙船とそう変わりなく、構造も基本はバートンが前に乗っていた船と大差はない。
だが他の船にはないものをこの船は持っている。
そんなことを考えながら艦内に目を向けながら歩いていると前方からなにかが急に飛び出してきた。
「おっととッ!」
避けようとしてバランスを崩したバートンはそのまま尻餅をつく。
痛みに顔をしかめながらみると、四つ足の小さなロボットがそこにはいた。
「大丈夫か? 気をつけてくれよ」
そういった四つ足ロボットは足のローラーを回転させて通路をバートンが来た方向に進んでいく。
去っていくその姿を見送りながら立ち上がる。
グレイゴーストにだけある特徴。
それは船員がバートンを含めて三人でありながら不自由なく航行できているということだ。
通常、全長が何百メートルはある船を一人で動かすのは物理的に不可能で機関士や航海士などさまざまな分野に長けた人々が必要になる。
でなければ、船の航海スケジュールや航路決定、さらには舵の管理などができず、致命的なエラーが生じるだろう。
だがグレイゴーストではその大部分をヘームルがロボットを使って担っているのだ。
先ほどのロボットもヘームルが操っているもので、用途によって数種類のロボットが使いわけられている。
「バー、トンッ!」
唐突に背後から声とともにシエルがのしかかってきた。
うっとうしさを全面出してニコニコするシエルをみる。
「やめろ、シエルッ。急に抱きつくな」
「えー、なんで? 別にこれくらいいいじゃん」
そういって、抱きしめて頬ずりしたりしてきた。
自分のやっている仕草が男にどれだけの影響を与えているかについては毛ほどにも考えていないようだが、バートンはなにも言わずにされるがままになる。
これは別に彼らがこの数日でそういう関係になったわけではなく、ただシエルの過剰なスキンシップに諦めているだけだ。
ちなみに注意は何度もしているが、一向に治る気配はない。
気のすむまでバートンをベタベタと触って、やっと離れたシエルは彼の全身をまじまじとみつめてから今度はクスクスと笑う。
「……なんだよ。気持ち悪いぞ」
「いやなんでも。そのワッペン似合ってるなと思って」
シエルの指差した肩口には錨と女神の描かれたワッペンに縫いつけられていた。
それはグレイゴーストのクルーになることを了承した後、証としてシエルが勝手に縫いつけたものだ。
「僕は似合ってないと思う」
「ひどッ! 作った本人の前で言うなんて!」
バートンがそっけなくそういうとシエルは子供のようにむくれる。
姿はほとんど大人と変わりないのに中身はぜんぜん子供だ。
内心でため息をつきながら、バートンは面倒くさそうに別の話をふってやる。
「ほらそろそろメシの時間だろ、行こうぜ」
「え、あぁそうだね。うん!」
頷いたシエルはバートンの手を取り、食堂に向かう。
食堂と書かれたネームプレートが掲げられた部屋はすぐそこだった。
足を踏みいれると床に固定された机が整列して並んでおり、厨房には無数のロボットアームがせわしなく動き回っている。
「おかえりシエル。今日は何がいい?」
壁に備えつけられたスピーカーからへームルの声が降ってきてシエルは元気よく答える。
「じゃあ、お魚で!」
「わかった。なら今日は魚のムニエルにしよう」
すると厨房のロボットアームたちが動きを変え、どこからともなく流れてきた魚を解体していく。
もちろんこれもヘームルの手によるものだ。
宙船に搭載された反重力エンジンと同じように、人工知能も旧文明の遺した産物だが、希少価値は反重力エンジンよりも高く、沈む可能性のある宙船に搭載されるようなことない。
しかしこのグレイゴーストには人工知能としてよくできた部類のヘームルが搭載されており、船の制御を一手に引きうけながら、シエルの補佐的な役割を担っている。
つまり彼はこのグレイゴーストと一心同体なのである。
シエルが椅子にちょこんと座り、バートンもそれにならおうとした時、スピーカーから再び声が降ってきた。
「周囲の警戒はどうだった、バートン」
「別になにも、穏やかなものだよ。ただ遠くに積乱雲がみえた。もしかしたら嵐にぶち当たるかもしれない」
「そうか。できるだけこちらで進路を調整はするがすぐ傍を通るかもな。まったく厄介極まりない」
スピーカーからそんな声が降ってくる。
聞いただけで操舵をしながら面倒そうな顔をするヘームルの姿が思い浮かぶ。
まぁ、そんな難しい顔ができるわけではないのだが。
ロボットという単語でさっきぶつかりそうになって四つ足のことを思いだす。
「さっき、ワークロボットとすれ違ったけど、どっか問題があったのか?」
「気にするな。いつもシステムチェックはしているし何かあれば報告する」
自分から話を切るようにそっけなく返されてバートンは口をつぐむしかない。
クルーとしてグレイゴーストの損傷箇所などを修理する仕事を与えられているバートンだったが、残念ながらへームルが事前にそれらを潰してしまうため、ほぼ出番はなかった。
仕方なく席に座り、料理ができるのを待つ。
ふと対面のシエルの顔を横目でみると何故か顔が青ざめていた。
「どうかしたか?」
「え! ううん、なんでもないッ」
ビクッと肩を揺らしたシエルは取りつくろうような笑みではぐらかすとそっぽを向いてしまう。
不自然な態度にバートンは怪訝な表情をしたが、理由がわかるわけもなく途中で思考を放棄して厨房のロボットアームたちが働く様を食事ができるまで観察した。
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