第3話 浮島の駆け引き

 ザザッ、ザザっと波が打ちつける音が心地よく耳を抜けていく。

 空とは違うしょっぱい潮風を受けながらバートンは海をみていた。


 バートンたちは海の上にちょこんと浮かぶ浮島にいる。

 海面上昇で陸地を失ったこの星ではこうした浮島が人間の住まう唯一の場所となっており、同時に宙船乗りたちが足を休める場所でもあった。


 現に後ろにはグレイゴーストが平然と停泊している。

 幽霊船だなんだと言われていたグレイゴーストもこうしてみると他の宙船をそう変わりはない。


 再び海に視線を戻す。

 地平線まで続く青は美しくずっと見惚れていたくなる光景だったが、一歩間違えば自分もこの海の藻屑になっていたのかと思うと複雑な気持ちにならざるおえない。

 しかしそんなバートンの感傷を邪魔するように体を揺さぶる存在がいた。


「どうしてッ、どうして行っちゃうのーッ!」

「あーもう、うるせぇ!」

「いてッ!」


 怒声と共にバートンは腰にすがりついていたシエルの頭を軽く小突く。

 よろよろと離れ、涙目でうらめしそうにこちらを見てくるシエルにため息が出る。


 先日、グレイゴーストの船員になるという取引を断ってからずっとこの調子なのでさすがにうっとうしかった。


「何度も言ったように僕はもう宙船に乗るつもりはない」

「どうしてですか?」

「どうしてって、空であんな思いをしてそれでも乗っていたいと思うか?」


 薄い空気に乾きと飢え。そして不安定な足場。

 ひとつ間違えば死んでいった仲間たちと同じ運命を辿っていたかもしれない。


 自分が助かったのは運でしかないのだ。

 キッとシエルを睨むとしょんぼりと口を噤む。


「かといって行くあてがあるのか」


 そう声が重ねられ顔をあげる。

 見るとヘームルがグレイゴーストから降りてくるところだった。


「別にお前をここで降ろすことは構わない。だが困るのはお前だろう」

「なに?」


 胡乱げな表情をするバートンに対し、へームルは続ける。


「いまのお前はなんの後ろ盾も持たないタダのガキだ。そんな人間がたまたま降りた浮島で暮らしていけると思うのか。いつまでもガキみたいな文句を言うな」

「余計なお世話だ。僕は他の奴らとは違う」


 そう強がるバートンだったが、実際はその通りだった。


 食糧や服、日常生活で必要なもの。

 浮島にしか生活圏がない人間にとって、それらを日々安定して確保することはとても難しいことだ。

 ましてや家族などの後ろ盾のないバートンにとっては浮島で仕事を見つけることすらできるかどうかわからない。


 へームルの単眼がジッとこちらを見つめる。まるでバートンがどこを突かれると痛いか理解した指摘だ。

 無言で睨みあう二人だったが、シエルが間に割って入ったことでそれも長くは続かなかった。


「お願い。私にはあなたの力が必要なの」


 そう頭を下げられ、バートンは居心地悪そうに視線を逸らす。

 そして逡巡の末、長いため息を吐いた。


「チッ、わかったよ。でも次の食い扶持が見つかるまでだ」



 ―――――



「なるほど。つまり私の荷物はすべて無駄になったということだな」


 そう白髪の老人がバートンたちの前で呟く。


 浮島の中心部。

 広大な土地をもつ一件の邸宅にいた。


 敷地の広さもさることながら宙船で暮らしているならありえないであろう広大な部屋に絵画や彫刻などの調度品が並べられている。

 老人は部屋の豪華さに負けない威厳ある雰囲気で中央にあるソファに座っていた。


「残念ながらそういうことになります」


 そんな老人と対面でソファに座ったシエルは堂々とした仕草で告げる。


 老人はこの浮島の支配する権力者で、彼なしにはここはすべての物事が進まない。

 そんな人物に物怖じしないシエルはさっきまで拳骨を喰らって恨めしそうにこちらを見ていた人物と同一とは思えない。

 へームルとともに彼女の背後に控えながら、バートンは話の続きを見届ける。


「海賊に襲われたようですが、船の動力炉が襲撃の際に傷つき、爆発したようです」

「積荷は奪われずに済んだということか。ならいい。堕ちた船の乗組員は不憫だがな」


 背もたれに体を預けながら老人はいったが、不憫と口にした割にはその言葉にはなんの感情も読み取れなかった。

 バートンもそんな冷淡な老人の反応に憎しみや恨みといった感情は湧かない。


 雑用係兼メカニック補佐という下っ端だったのでバートンも依頼主の顔をみるのは初めてなのだ。

 故に老人もバートンが生き残りであることには気づかず話を進める。


「では君たちに新たな依頼をしたい。運搬に失敗した積荷を再度運んで欲しい」


 その言葉にバートンは怪訝な表情で老人を見た。

 シエルも同じような顔をしてから口を開く。


「それは構いませんが積荷は海に――」

「あれは一部にすぎん。同じものがまだここにある。それを同じ場所、同じルートで運んで欲しい。簡単な仕事だろう?」

「ですが安全に積荷を運ぶなら海賊の出没したルートは避けるべきでは? 私のほうで手に入れた情報でも、あの場所は頻繁に海賊被害を話を耳にします」


 シエルのいうことはもっともだ。


 荷物の運搬。確かにそれは簡単な仕事だが、バートンのいた船が海賊に襲われていることを聞いておきながら、わざわざ海賊が潜んでいるであろう場所を通る意味がわからなかった。

 老人は背もたれから体をおこして答える。


「時間がないのだよ。それに寄せ集めの海賊なぞ敵でもないだろう。幽霊船と呼ばれる君たちの船なら」


 そう言って挑発するようにニヤリを笑ってみせる老人。

 お前たちはこんな簡単なこともできないのかと、明らかにこちらを見下した態度だった。

 バートンは思わず足を前に出すが、隣にいたヘームルがそれを止める。


「わかりました。引き受けましょう」


 凛とした声が響く。

 シエルは背筋を伸ばして答え、そこから先は荷物の量と航行ルート、必要な報酬といった話がトントン拍子に進み、バートンたちは二日後には出港することとなった。

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