後編
数日後。
旅人は国を出るために荷物をまとめていました。
荷物をまとめ、車庫に入っている自分のバイクの後部部分に縛り付けます。
段取りを終えた旅人は最後に国の中をぶらりと散歩し始めました。
しかし、通りを歩いていると国は数日前とはまったく様子が異なっていました。
通りの歩く人々はまばらで、歩いている人たちも表情はどこか虚ろで服は汚れ、疲れ切っています。
あらゆる家の窓という窓は閉ざされ、歩いている人がいなければ廃墟のように思えたでしょう。
そのまましばらく歩いていると、国の中心にある大きな広場にやってきていました。
広場の中心には人が列をなして密集しており、列に並んでいる人たちはそれぞれにボトルのようなものを持ち、順番が来るとボトルを大きなタンクにつながれた蛇口のところへ持っていき、透明な液体を注いで列から離れていきます。
「旅人さん」
背後から声がかかって旅人が振り返ると、そこにいたのはこの国で初めて出会ったあの少女でした。
「もう、行っちゃうの?」
「あぁ、ひとつの国にあんまり長くは滞在しないようにしてるんだ」
旅人は淡白な調子で答えます。
少女はそんな旅人に、まるで生徒が先生に相談事をするかのように控えめに呟きました。
「やっぱり、私のせいなのかな」
「? 何の話だい?」
「私がお願いしたせいでこんな風になっちゃったのかな?」
広場に並ぶ人たちを見て旅人もその視線を追いかけます。
彼らがボトルに詰めているのはなんの変哲もない水です。
ここ数日の日照りによって、この国は深刻な水不足に陥ってしまっていました。
それもそのはずで、この国はいままで雨が常に降り続けるのがありふれた日常であり、太陽の拝むことは一生をかけてもほとんどありませんでいた。
しかし、そんな場所であろうと国は機能していました。
では、なぜそんな国が数日の日照りで壊滅的な被害を受けているのかと言うと、いままで彼らが水に困窮するということがなかったからです。
雨の降り続くこの国では、水は自然と降って溜まるものでした。
つまるところ、国民に雨水を溜めておくという発想がなかったのです。
そんな国が水を得られなくなれば、どういうことになるかは想像に難くありません。
雨が降らなくなり、自分たちの使う水が無くなってしまった国は機能不全寸前でした。
「確かに、君が晴れの空を願わなければこんなことにならなかったかもしれない」
旅人が静かにそう言うと、少女は肩をビクッと震わせて俯きます。
「やっぱり、そうだよね……」
「でもぼくは、君の願いによって引き起こされたこの事態は悪いことだけじゃないと思うよ」
「え?」
旅人は続けます。
「僕はいろんな国を見てきた。
ある砂漠の国では人々は水を得るために必死で、得られたときは神々に感謝して宴を催していたよ。
彼らには水のない暑さと砂埃の舞う光景が日常で、水を得られるというのはまさに奇跡のようなことだ。
この国も同じだよ。
長年、この国は常に雨とともにあった。でもそれによって水がどれだけ生活に大事なものかを理解できていなかった。
でも今回の一件で彼らも自分の身近にあるものがどれだけ大切か理解できただろう。
そう考えれば、これは悪いことだけじゃないさ」
さらさらと自分の意見を述べた旅人を少女はただ呆けたように見ていました。
そして旅人をまっすぐに見据えて口を開きます。
「私の願いごと取り消してもらっていいですか?」
「いいのかい? ぼくが君の願いを取り消せば、せっかく君の望んだあの青空は見えなくなるよ」
少女は首を縦に振りました。
「パパやママ。町の人たちが不幸になるよりはいいです。それに――」
「それに?」
「青空は、ここから以外なら見えるから」
そう言った少女の顔には、もう青空への憧れはありませんでした。
代わりに、なにかに一生懸命に取り組む人間のような熱い光をその目に宿していました。
旅人は面食らったような顔をしましたが、やがて腹を抱えて笑い出しました。
「これはいい。いままで君と同じくらいでそんなことを言った人はいなかったよ」
そんなことを呟いて、旅人はいままでで一番の明快な笑顔を見せます。
「分かった。君の願いを取り消そう。
でも、またぼくに借りを作るのだからひとつだけ条件がある」
旅人はそういうと、しゃがんで視線を少女の同じ位置に持ってきました。
「将来、一度でいいから旅に出てみること。
もしそれで気が向いたら旅を続けてみてくれ。
そして世界の広さを知ってほしい」
「それだけでいいの?」
拍子抜けとばかりに少女が聞くと、旅人は首肯しました。
「あぁ、そして今度はぼくじゃなくて君がこの国に晴れをもたらしてくれ」
「……わかった。絶対にその約束守るから」
「楽しみにしているよ」
旅人はそういうと、立ち上がってきた道をまっすぐに戻っていこうとします。
少女は再びその背中を呼び止めました。
「また……、旅に出たら会えますか?」
少女がそう聞くと、旅人は踵を返して少女の頭に手を置いて軽く撫でます。
「君がそう望むのなら、その時は会えるよ」
そう言ってかすかな微笑を浮かべると旅人は広場から、そして少女の視界から去っていきました。
◆◆◆◆◆
最終話まで読んでいただきありがとうございます!
純粋少女いいね!
旅人が不思議な雰囲気を纏ってて好き!
絵本みたいで読みやすかった!
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そして、よろしければもう一作!
戦う迷彩小説家――森川蓮二の小説を読んでいただけるととても嬉しいです!
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